(株)よつめやくのいち

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第二章:彼女達の事情

四話:ペニバン(上)

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 この世界の常識には囚われない、革新的な意見で悩みを解決してくれる。
 オズという稀人の噂が人口に膾炙し始めた頃。
(ん?)
 ウメノの来訪を待っていたオズの耳に、何やら言い争うような声が届いた。
(喧嘩とか、珍しいな)
 完全なる興味本位からオズはその声へ近付いていく。そして気付いた。言い争い、ではなく、どうやら一方的に絡まれているらしい。ウメノが、老婆に。
「あの、どうしました!?」
 これは大変だ、何とか仲裁を、と駆け出したオズだったが。
 振り向いたウメノがこっちに来てはいけません、という表情と身振りをした。
(あ、まずい)
 老婆は一瞬目を見開き、すぐに爛と輝かせた。
(っても、人間急には止まれません~)
 結局、困った顔をするウメノに見守られながら、老婆の額を足元に感じながら縋り付かれる事になる。
(なるほど…私に会わせろ、手続きがあります、問答だったわけか)
 皺とシミの目立つ手に、もう本当に皮と骨だけなのではと思う細い手首、そうであるのに老婆の力強さは一体何なのか。オズは自分の左足にがっちりと張り付いた老婆の扱いに困り、天を仰いだ。
「有り難や有り難や。誠に御柱様の如き御姿であらせられる」
「いや、あの、そんな仰々しい者ではないので、その、お顔を上げて頂けませんか」
「我の如き卑賎の身に何たる御厚情。有り難や有り難や」
「いえ、ですから、顔を」
「有り難や有り難や」
「えー…」
 振り返れば時間にして十分ほどだろうか、老婆は一頻りオズを拝み倒し御柱様への感謝を述べ、ようやく離れてくれた。
 ちなみに、老婆がオズの元へやって来たのは、自身の店の娘をまともにして欲しい、という願いの為だ。
「御陰様で白天国に店を構えて百三十年。六代目楼主として店を何とか盛り立てて参りましたが。この度どうした訳かどうにも手に負えぬ娘に悩まされておりまして」
 ウメノから色々注釈を入れてもらいつつ、何とか理解した。
 老婆は白天国にある遊郭街、国で公的に認められている歓楽街で、紅花楼という店を切り盛りしているらしい。
 一口に遊郭といっても、江戸時代のようなものではない。オズの知識で代わるものを挙げるなら、クラブ、スナック、キャバレー、ソープ、ヘルス等だろうか。とにかく、店毎にその趣向は様々だ。
 紅花楼は、キャバレーとヘルスの合体店というべきか。
 基本的には、お酒とお料理の出る宴席を提供するのが主な仕事で、楼主である老婆が娘と呼んでいるのは、宴席の場でお酌をしたり、芸事を披露してお金をもらうという、芸者やコンパニオンの役割を担っている人の事であるらしい。
 そして、基本とは違うヘルスの部分の仕事内容というのが、そうした宴席にやって来た女性経験の浅い男性に性交の方法を指導する、というものだ。
(あくまで本番は無しというのが何とも面白いよなぁ。江戸時代の介添システムみたいで)
 紅花楼では、このヘルスの部分の仕事も娘が担っており、老婆の相談事もここに関係している。
(お店の従業員さんの指導についてはお店が責任を持ってやるべきだと思うんだけどなぁ)
 そうは思う。
 が、長旅が老婆にとってどれほど大変な事なのか、ウメノからも切々と訴えがあった。
「一度許せば、後も続くかもしれません、ただ、ここまで懸命にオズ様へ頼りに来た者の心を、お汲みいただければ」
 それに、さめざめと目の前で老婆に泣かれて、お断りします、と言える性格を、オズはしていない。
「お力に、成れるかは、解りませんが…私でよければ、お会いするくらいは」
 責任が重いと感じつつ肯けば、連れて参ります、と返事があった。
(あ、一緒に来てたんだ…)
 老婆が件の娘を連れてくる間に、もう少し詳しくウメノから話を聞いた。
 紅花楼のような場所で、芸事を披露する遊女は、芸事が出来るから雇われている外者と楼で芸事を教えてもらう内者の二通りである。今回の娘は、紅花楼にて子供の頃からお金をかけて育てて来たらしい。
(芸能事務所とタレントさんみたいなもんかな? うーん? 芸能関係はよく解らんな。普通はタレントさん側がお金払うのかな?)
 もちろん単純にお金を払っている訳ではない。外者と内者では、店と店員の取り分に差があるらしいし、一人前になって数年、契約内容によっては一生、その店で働くという条件もあるそうだ。
 店の色、というか、方針も内者の方が解っているので、お店としては内者を結構大切にする。だから、今回も問題を抱えた娘を手放す事はせず、何とかしたいと思ったそうだ。
(っても、接客態度の問題って私が相談受けて解決できる事なん? 全然そんな気しないけど…)
 ウメノには居て欲しかったのだが、彼女には彼女でこの尼寺での仕事がある。
 ちなみに、老婆も別室で待つと言うので、オズは初対面の娘と二人きりで対面していた。
「みどもの楼主が、ご迷惑な用を持ち込みまして、誠に申し訳もございません」
 そう言って、美しい所作で礼をしたのは、おそらく二十歳になるかならないかというほどの娘だった。栗色の豊かな髪と明るい緑色の目をして、日焼けではない褐色の肌をした、すらっと長身の美女である。
(えー! この人とお酒飲めるなら私だって通う! マジか! お酌してくれるのか! 舞ってくれたりするのか!)
 オズは一人内心で舞い上がった。
「あーいえいえ、そんな迷惑なんて事無いですよ。というか、私別にそんな大層なもんじゃ無いんで、あの全然、顔上げてください」
「あ、そう?」
 けろっと、さっきまでの美しい微笑と居姿を崩して、彼女は顔を上げた。
「ウチ、コマコって言うの、よろしく」
「…もうちょっと夢見てたかった」
「え?」
「何でもありません」
 オズは少し悲しげに笑って、コマコから事情を聴くべく姿勢を正した。
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