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徐々にやっていきましょう
63.なんか
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かぶっているのですか、とは言葉にできなかった。
(ば、馬鹿なの、私…馬鹿だわ。間違いなく…)
出て行った言葉はもう戻せない。
解ってはいるが手で口を押えて、ファランは唇を震わせた。
(クライフさんが若禿に悩んでたらどうするのよ馬鹿ぁ!)
植毛も増毛もないのだ、それどころか育毛の考え方すらない。つまり、この世界で禿を隠す選択肢は、カツラしかないのだ。
(よりによって一番デリケートな問題に何でつるっと踏み込んだのよ…最悪だわ…私、もしかしてはしゃいでる? 全然舞い上がっちゃってる? イケメンとお話しできて調子乗ってしまってますかぁ?!)
見るからに尋ねた事を後悔しているファランだったが、クライフは驚きはしたものの、特に気にした様子もなく言葉を返す。
「申し訳ありません。騙そうとかそうした意図ではなかったのです。補佐人という立場上目立ちたくなかったもので」
「え…」
(ああ確かに…こんな美形の金髪はきっと目立つ)
この国で金髪は人口全体の二割ほどである。貴族だけをみればもう少し多いかもしれないが、それでも三割には満たない。大半を占めているのは茶髪なのだ。ちなみに、近年明るさを増しているが、王族の赤髪も茶髪扱いだ。
「ああ、なるほど…良かった」
繊細かつ重要な問題に土足で踏み込んだ訳では無いと解り、ファランは胸を撫で下ろした。
そんな様子を見てクライフは首を傾げている。
「あ、いえ、その…何と言いますか、よんどころないご事情があってそうしている可能性もあったのに、不用意に尋ねてしまって、良くなかったなぁ、と反省したもので」
「事情?」
「あ、いえ、それは大丈夫です。こっちの話で…。いやぁでも、そういう事だったのですね! クライフさんの睫毛が金色なので、不思議だなとは思っていたのですが!」
おほほ、と不自然に笑って誤魔化そうとしたところで、カトレアが目を見開いて立っているのが見えた。
「あ、ちょうど、カフスが届きましたね!」
早速着けて、確認してみましょう、とファランは言った。
が、幾つかカフスを乗せた台を机に置いたカトレアは、ガシッとクライフの肩を掴んでその顔を見つめる。
「カトレア? どうしたの?」
その睨んでいるような姿にファランが戸惑っていると、くるりと首が振り向いた。
真剣な表情のカトレアが、少し怖い。
「つまり、クライフさんは本来金髪という事ですね?」
「はい」
どうやら睫毛の色を確認していたらしいカトレアは、クライフの返事に頷くと、掴んでいた肩を放して叫んだ。
「それならそうと仰ってください! 全てやり直しです!」
「え? どうしたのカトレア?」
かつて見た事の無いテンションのカトレアにファランは困惑しているのだが、カトレアはいつも通りの微笑みを浮かべた。
「補佐人というお立場ならば、目立たぬようにする事も肯けます。しかしながら、今回の舞踏会はむしろ目立つ事が大切です。ご主人様だけでなくクライフさんにも、最大限目立っていただかなくては!」
なるほど、理屈は解った。
そう思ったファランだが、問題がある。
「でもカトレア、もう明後日だし」
今更『全てやり直し』というのは、ただのデスマのスタート合図に聞こえる。
「ご安心ください。間に合わせてみせます!」
しかし、カトレアは力強く胸を叩いて見せた。何と頼もしい姿だろう。
「でもクライフさんの都合もあるのだし」
「私でお役に立つのでしたら」
かまいませんよ、とクライフは笑った。こちらも負けずに頼もしい。
「では、さっそく!」
「………」
引き留めようと、僅かに浮かせた手が、虚しく空をかく。ファランが戸惑いから戻る前にカトレアは、クライフを引き連れて去ってしまった。
(え…これ、私どうしたら…?)
心臓やら脳に過負荷はかかったが、一応昨日だけで、踊れる事は確認できている。しかし、慣れが必要だと思っての連日練習だったわけだが、相手が連れ去られてしまった。
(………別に、良いけど。独りで練習するから…良いけどさぁ)
時間を無駄にするものでもないと思い、ファランはシャドー練習のためにつらら振り子に手を伸ばした。
「何…?」
だが、振り子に触れる前に、窓から何やら言い争いをしている光景が目に付く。
「厨房に入った見習いのメイズですねぇ」
ファランが窓の外を見て固まった事に気付いたニーアが、後ろから近付いて呟いた。
メイズの事は、ファランも解る。問題は、彼と対峙している平民らしい女性が地面に跪いて何やら懇願している様子な事だ。しかも、傍らには四つほどだろうか、幼い女の子の姿もある。
「痴情の縺れですかねぇ」
確かにそんな風に見えなくもない。
だが。
「メイズって十四歳でしょう?」
同じく見習いで雇い入れたもう一人は、前職がレストラン勤務で、二十歳だったが、彼は十四歳になったばかりのはずだ。
「そうでしたぁ。じゃあ、あれ何でしょうかぁ?」
よくは解らない。だが、ファランには、何だか外聞が悪くなりそうな事態を放置しておくという考えはない。マーヴェラス家の評判は上昇させねばならないのだ、特にここしばらくは絶対に。
「解らないわ。でも、行きましょう」
「えぇ? 行くんですかぁ?」
「少なくとも使用人が一人困っているのだから、雇用主として私は助けなくてはならないわ」
「解りましたぁ」
お供します、というニーアを引き連れて、ファランは階段へ向かう。
現在進行形で、何やら起きているらしい、倉庫へ向かう裏手の勝手口へ急ぐのだった。
(ば、馬鹿なの、私…馬鹿だわ。間違いなく…)
出て行った言葉はもう戻せない。
解ってはいるが手で口を押えて、ファランは唇を震わせた。
(クライフさんが若禿に悩んでたらどうするのよ馬鹿ぁ!)
植毛も増毛もないのだ、それどころか育毛の考え方すらない。つまり、この世界で禿を隠す選択肢は、カツラしかないのだ。
(よりによって一番デリケートな問題に何でつるっと踏み込んだのよ…最悪だわ…私、もしかしてはしゃいでる? 全然舞い上がっちゃってる? イケメンとお話しできて調子乗ってしまってますかぁ?!)
見るからに尋ねた事を後悔しているファランだったが、クライフは驚きはしたものの、特に気にした様子もなく言葉を返す。
「申し訳ありません。騙そうとかそうした意図ではなかったのです。補佐人という立場上目立ちたくなかったもので」
「え…」
(ああ確かに…こんな美形の金髪はきっと目立つ)
この国で金髪は人口全体の二割ほどである。貴族だけをみればもう少し多いかもしれないが、それでも三割には満たない。大半を占めているのは茶髪なのだ。ちなみに、近年明るさを増しているが、王族の赤髪も茶髪扱いだ。
「ああ、なるほど…良かった」
繊細かつ重要な問題に土足で踏み込んだ訳では無いと解り、ファランは胸を撫で下ろした。
そんな様子を見てクライフは首を傾げている。
「あ、いえ、その…何と言いますか、よんどころないご事情があってそうしている可能性もあったのに、不用意に尋ねてしまって、良くなかったなぁ、と反省したもので」
「事情?」
「あ、いえ、それは大丈夫です。こっちの話で…。いやぁでも、そういう事だったのですね! クライフさんの睫毛が金色なので、不思議だなとは思っていたのですが!」
おほほ、と不自然に笑って誤魔化そうとしたところで、カトレアが目を見開いて立っているのが見えた。
「あ、ちょうど、カフスが届きましたね!」
早速着けて、確認してみましょう、とファランは言った。
が、幾つかカフスを乗せた台を机に置いたカトレアは、ガシッとクライフの肩を掴んでその顔を見つめる。
「カトレア? どうしたの?」
その睨んでいるような姿にファランが戸惑っていると、くるりと首が振り向いた。
真剣な表情のカトレアが、少し怖い。
「つまり、クライフさんは本来金髪という事ですね?」
「はい」
どうやら睫毛の色を確認していたらしいカトレアは、クライフの返事に頷くと、掴んでいた肩を放して叫んだ。
「それならそうと仰ってください! 全てやり直しです!」
「え? どうしたのカトレア?」
かつて見た事の無いテンションのカトレアにファランは困惑しているのだが、カトレアはいつも通りの微笑みを浮かべた。
「補佐人というお立場ならば、目立たぬようにする事も肯けます。しかしながら、今回の舞踏会はむしろ目立つ事が大切です。ご主人様だけでなくクライフさんにも、最大限目立っていただかなくては!」
なるほど、理屈は解った。
そう思ったファランだが、問題がある。
「でもカトレア、もう明後日だし」
今更『全てやり直し』というのは、ただのデスマのスタート合図に聞こえる。
「ご安心ください。間に合わせてみせます!」
しかし、カトレアは力強く胸を叩いて見せた。何と頼もしい姿だろう。
「でもクライフさんの都合もあるのだし」
「私でお役に立つのでしたら」
かまいませんよ、とクライフは笑った。こちらも負けずに頼もしい。
「では、さっそく!」
「………」
引き留めようと、僅かに浮かせた手が、虚しく空をかく。ファランが戸惑いから戻る前にカトレアは、クライフを引き連れて去ってしまった。
(え…これ、私どうしたら…?)
心臓やら脳に過負荷はかかったが、一応昨日だけで、踊れる事は確認できている。しかし、慣れが必要だと思っての連日練習だったわけだが、相手が連れ去られてしまった。
(………別に、良いけど。独りで練習するから…良いけどさぁ)
時間を無駄にするものでもないと思い、ファランはシャドー練習のためにつらら振り子に手を伸ばした。
「何…?」
だが、振り子に触れる前に、窓から何やら言い争いをしている光景が目に付く。
「厨房に入った見習いのメイズですねぇ」
ファランが窓の外を見て固まった事に気付いたニーアが、後ろから近付いて呟いた。
メイズの事は、ファランも解る。問題は、彼と対峙している平民らしい女性が地面に跪いて何やら懇願している様子な事だ。しかも、傍らには四つほどだろうか、幼い女の子の姿もある。
「痴情の縺れですかねぇ」
確かにそんな風に見えなくもない。
だが。
「メイズって十四歳でしょう?」
同じく見習いで雇い入れたもう一人は、前職がレストラン勤務で、二十歳だったが、彼は十四歳になったばかりのはずだ。
「そうでしたぁ。じゃあ、あれ何でしょうかぁ?」
よくは解らない。だが、ファランには、何だか外聞が悪くなりそうな事態を放置しておくという考えはない。マーヴェラス家の評判は上昇させねばならないのだ、特にここしばらくは絶対に。
「解らないわ。でも、行きましょう」
「えぇ? 行くんですかぁ?」
「少なくとも使用人が一人困っているのだから、雇用主として私は助けなくてはならないわ」
「解りましたぁ」
お供します、というニーアを引き連れて、ファランは階段へ向かう。
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