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31.あ、はい

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 状況が逼迫している割に冷静な俺が、面倒だとか兄共について没落未来しか想像できねぇなとか思っていると、大浴場の扉から盛大な破壊音が鳴った。
 扉が半壊して開いた向こうから、表情を失くしたアクス兄貴が現れる。
 暴行の現行犯共は勿論だが、俺だって恐怖で思わず固まった。
 え、うん。
 こいつら別に怖くなかったけど。今怖い。マジで。
 兄貴どうしたの?
「なんで…」
「切れたんじゃ…」
 いや、俺は自粛してただけだよ。てか、お前らがアクス兄貴にびびってたのってまさかと思うが公爵家とか云々じゃなくてあのアクス兄貴を知ってたからなのか。
「ルイ」
「ふぁご」
 はい、って返事をしたつもりだったんだけど。まぁ、叫べもしないのに返事だけできるとかないよね。手足も口も自由にされているので、俺は慌てて口の中から布を取り出しにかかったんだが。
 その目の前でアクス兄貴が基本一発で全員沈めている。
 え、喧嘩強いとか、聞いてない。
「ルイ」
「あ、はい」
 もう一度名前を呼ばれて慌てて返事をすると、がばっと抱き締められた。正直びびり過ぎてて助けられてるのにマジでちびりそう。
「あの、先輩」
「無事で良かった」
「あ、はい。全然大丈夫です。ありがとうございました」
 だからそろそろ力を緩めてください背中が折れそうです。
 声には出せなかったが、察してくれたのだろう。アクス先輩は俺を解放してくれた。だが、ひょいと横抱きに抱え上げられてしまう。
「ちょ、先輩」
「このままここにいる訳にいかないだろ」
 いや、それはそうなんですが。
 あ、ちょっと、なんでニアさんがここに?
 いや、親指立ててないで助けてもらえませんか。
「部屋はどこだ?」
「え、二階の端ですけど」
「解った」
 俺はそのまま笑顔のニアさんに見送られて部屋に連れて来られる。ワンルームな部屋で、俺をベッドに載せた先輩は、盛大な溜息を吐いて自分の前髪をぐしゃぐしゃと掻き回している。
「クルスに聞いた」
 何を?
 あ、声に出てなかった。
「勘違いなんかじゃない。昔、俺に会ってノーセと名乗っただろう」
「………え? いや、え! だって、全然違う」
 その名前は確かに覚えがある。勝手に街を歩きまわってた時に前世の名前を文字った偽名を名乗りはしたが、黒髪のお坊ちゃんだったぞ。全然アクス兄貴とは違う感じだったはず。
「あの頃は母親が俺の髪色を嫌って染めさせられてたんだ」
 え、兄貴にもなんか切な気な過去があるんですか。
「だから、俺が好きなのはお前で間違いないんだ」
 あ、まずい。うっかり過去話にときめきかけてた。そんな場合じゃなかった。真面目に聞かなくては。
「好きだ。ルイ」
 いや、そんな。
「俺のものになってくれ」
「あ、はい」
 わぁ、兄貴でも、ものになってくれなんて貴族の坊ちゃんみたいな強引な告白するんだなぁ。って、貴族なんだからそりゃそうか。
 あれ?
 てか、俺、今頷いた?
 いや、あの、そんな嬉しそうにしないで下さい。違うんです。あの、俺。
「ルイ」
「はい」
 名前を呼ばれてそっと優しく触れるだけのキスをされながら、俺は色々固まっていた。
 俺も好きですよ。間違いなく。でもそれとこれとは違うんだよ!
 なんていうか、アクス兄貴の幸せは望ましくて、マジで幸せになって欲しくて、イチャラブしててもらって嬉しいんだけど。そうじゃなくて、なんだ、この気持ち、どう表せば良いんだろう。
 そうだ、壁になりたい。

□fin
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