17 / 21
第4章:改めまして
1.伯爵の事情
しおりを挟む
大陸の中で、リブラ王国ほど多くの国と国境を接している国はない。
小さな国も含めれば、五十二ある国の内、二十三もの国と接しているのだ。大陸の中程である事もあり、この国ではその勃興期から貿易というものが国の経済に深く関わっているし、貴族達の多くは商業的な経済基盤を持っていた。
国内でほどほどな中堅の位置にいるオークラント伯爵家も、例には漏れず。伯爵は代々キュリオス商会の会頭も務めている事が多かった。無論絶対ではなく。伯爵は伯爵、兄弟姉妹や親戚が会頭、というように分かれる事もあった。
そして、現在。
実はオークラント伯爵は、妻と一人娘しかいない身の上にも関わらずキュリオス商会の会頭を務めていない。
(何故だ…)
それは彼にどうしようもない難癖があるためだ。
時に貴族の離婚理由になり、廃嫡理由になり、家を没落させる理由ともなる癖。
浪費癖だ。
彼の父であり先々代の伯爵は、長子である彼が成人する前に嫡子を彼の弟と定めた。
彼にとっては到底飲み込めない事態だった。だが、抗議の声は浪費癖というあまりに説得力の強い理由を前には通らなかった。どんな公的な訴えを起こしても絶対に勝てないだろうという事は、彼に自覚はなかったが、誰に相談しても同じ答えが返ってくる事で知れた。
(何故だ)
彼は忸怩たる思いを押し殺し、弟が伯爵となるのを見ていることしかできなかった。だから、弟が不慮の事故で亡くなった時。彼は悼む思いと同時に晴れやかな期待が湧き上がるのを止める事はできなかった。
しかしながら、事は彼の望む通りには進まなかった。
まだ存命だった父は、弟の一歳にもならない娘を嫡子とする事を定め、彼に姪を己の籍に実子として迎えその後見をするならば爵位を仮継承させると言ったのだ。条件を飲み込めないのならば勘当するとまで言われ、彼は不承不承ながら頷いた。
仮だろうと、継いでしまえば実績を作れる。一歳に満たぬの姪の後見としてならば十年以上も実績を重ねる事になる。父も自分を見直すに違いない。
彼なりの思惑は、全て上手く運ばなかった。
実績を重ねるつもりだった彼だが、実務は全て父が執り行った。
姪は、幼い頃から父が選び抜いた家庭教師に教えられ、齢十を数える頃には父から実務を手伝うよう言われるほどに優秀だった。
(何故…)
何もかも上手くいかない。
何一つ彼の思う通りにはならない。
彼の苦悩は誰にも理解されぬまま募っていった。
そんな彼の前に一筋の光明が見えた。
今は娘となっている姪が成人する直前。父が亡くなったのだ。
「やっとだ」
第三者が父の意を受けて姪を顧問に据えたキュリオス商会は手に入らなかったが、彼はようやく念願のオークラント伯爵という地位を正式なものとして継いだのだった。
小さな国も含めれば、五十二ある国の内、二十三もの国と接しているのだ。大陸の中程である事もあり、この国ではその勃興期から貿易というものが国の経済に深く関わっているし、貴族達の多くは商業的な経済基盤を持っていた。
国内でほどほどな中堅の位置にいるオークラント伯爵家も、例には漏れず。伯爵は代々キュリオス商会の会頭も務めている事が多かった。無論絶対ではなく。伯爵は伯爵、兄弟姉妹や親戚が会頭、というように分かれる事もあった。
そして、現在。
実はオークラント伯爵は、妻と一人娘しかいない身の上にも関わらずキュリオス商会の会頭を務めていない。
(何故だ…)
それは彼にどうしようもない難癖があるためだ。
時に貴族の離婚理由になり、廃嫡理由になり、家を没落させる理由ともなる癖。
浪費癖だ。
彼の父であり先々代の伯爵は、長子である彼が成人する前に嫡子を彼の弟と定めた。
彼にとっては到底飲み込めない事態だった。だが、抗議の声は浪費癖というあまりに説得力の強い理由を前には通らなかった。どんな公的な訴えを起こしても絶対に勝てないだろうという事は、彼に自覚はなかったが、誰に相談しても同じ答えが返ってくる事で知れた。
(何故だ)
彼は忸怩たる思いを押し殺し、弟が伯爵となるのを見ていることしかできなかった。だから、弟が不慮の事故で亡くなった時。彼は悼む思いと同時に晴れやかな期待が湧き上がるのを止める事はできなかった。
しかしながら、事は彼の望む通りには進まなかった。
まだ存命だった父は、弟の一歳にもならない娘を嫡子とする事を定め、彼に姪を己の籍に実子として迎えその後見をするならば爵位を仮継承させると言ったのだ。条件を飲み込めないのならば勘当するとまで言われ、彼は不承不承ながら頷いた。
仮だろうと、継いでしまえば実績を作れる。一歳に満たぬの姪の後見としてならば十年以上も実績を重ねる事になる。父も自分を見直すに違いない。
彼なりの思惑は、全て上手く運ばなかった。
実績を重ねるつもりだった彼だが、実務は全て父が執り行った。
姪は、幼い頃から父が選び抜いた家庭教師に教えられ、齢十を数える頃には父から実務を手伝うよう言われるほどに優秀だった。
(何故…)
何もかも上手くいかない。
何一つ彼の思う通りにはならない。
彼の苦悩は誰にも理解されぬまま募っていった。
そんな彼の前に一筋の光明が見えた。
今は娘となっている姪が成人する直前。父が亡くなったのだ。
「やっとだ」
第三者が父の意を受けて姪を顧問に据えたキュリオス商会は手に入らなかったが、彼はようやく念願のオークラント伯爵という地位を正式なものとして継いだのだった。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい
今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。
父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。
そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。
しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。
”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな”
失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。
実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。
オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。
その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。
【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。
西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ?
なぜです、お父様?
彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。
「じゃあ、家を出ていきます」
嘘はあなたから教わりました
菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる