上 下
11 / 21
第2章:新生活

5.手

しおりを挟む
 濃い緑色のデイドレスの裾をそっととって挨拶をする姿は、姉同様に優雅だった。
 軽く膝を曲げ、一言挨拶をする。
(お姉様と同じ)
 たったそれだけの事で解ってしまう。生まれながらに貴族の令嬢であると。
「本日より、オークラント家御嫡子シィ・アンセラお嬢様の家庭教師を務めさせていただきます」
 軽やかな声が耳に心地良く、心の中で、温かく明るいものが弾むような気がする。アンセラが見た事のない、美しい紫色の瞳が、優しく見つめていて、始めて姉に会った時のように、暖かくなってきた。
「エグリス・ララ・アリシェと申します」
 髪の色や仕草、雰囲気だけではない。年の頃も姉とそう変わらないように見える。
 アンセラは、元々義母に教えられていた事もあって、教師という人はみな親くらいの目上なのだと考えていた。だが、これは嬉しい誤算だ。アリシェの優しい微笑みを見るだけで、疲れていた心が息を吹き返す。頑張ろうという思いが湧き上がってきた。
「オークラント・シィ・アンセラです」
 精一杯、優雅に、礼を返す。
「お会いできて嬉しく思います」
 本当は、いつものように気取った微笑を浮かべるはずだった。だが、満面の笑みを浮かべたアンセラの目からはポロポロと涙が零れ落ちた。
「あ…!」
 人前で泣いたりしてはいけないと言われていたのを思い出し、アンセラは慌てて涙を拭う。だが、次々に溢れてくる涙は、拭っても拭っても、拭い切れない。
 焦って目元を擦っても、痛いばかりで涙は止まらなかった。
「貴族令嬢が泣き崩れるなどはしたない!」
 そんな義母の叱責が耳にこだまして、心は焦り、腹の底が恐怖に固まっていった。感情を昂らせるどころか、今日会ったばかりの他人の目の前で表に出してしまっている。あってはならない事だ。常に優雅に微笑み、相手に感情を悟らせるような真似をしてはいけない。そう言わてれいるのだ。そもそも貴族でなくたって、いきなりあったばかりの他人が目の前で泣き始めたら、どうして良いのか解らず困るだろう。
(困らせたくなんてないのに!)
 せっかく家庭教師に来てくれた、目の前の素晴らしい人に軽蔑されたら、もう立つ事さえできなくなるような気がする。
(どうしよう)
 焦躁と恐怖で緊張し、周りが解らなくなっていたアンセラが、アリシェの気配が近付いた事に気付いたのは、滑らかな絹の肌触りが頬に触れた後だった。
「そのように擦っては、肌が傷付きますわ」
 そっと、白いハンカチを当て、アンセラの目元から頬にかけての涙を吸い取ってくれた。
「すみませっ…」
「かまいません。気になさらないで」
 優しい瞳と目が合うと、もう言い訳も口にできなくなる。
「っひぃ…えっ…ひぅ…」
「大丈夫。大丈夫ですよ」
 アンセラの涙がすっかり流れ出ていくまで、アリシェの優しい手は肩を抱き、声をかけながら背を撫で続けてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

豪傑の元騎士隊長~武源の力で敵を討つ!~

かたなかじ
ファンタジー
東にある王国には最強と呼ばれる騎士団があった。 その名は『武源騎士団』。 王国は豊かな土地であり、狙われることが多かった。 しかし、騎士団は外敵の全てを撃退し国の平和を保っていた。 とある独立都市。 街には警備隊があり、強力な力を持つ隊長がいた。 戦えば最強、義に厚く、優しさを兼ね備える彼。彼は部下たちから慕われている。 しかし、巨漢で強面であるため住民からは時に恐れられていた。 そんな彼は武源騎士団第七隊の元隊長だった……。 なろう、カクヨムにも投稿中

とりかえばや聖女は成功しない

猫乃真鶴
ファンタジー
キステナス王国のサレバントーレ侯爵家に生まれたエクレールは、ミルクティー色の髪を持つという以外には、特別これといった特徴を持たない平凡な少女だ。 ごく普通の貴族の娘として育ったが、五歳の時、女神から神託があった事でそれが一変してしまう。 『亜麻色の乙女が、聖なる力でこの国に繁栄をもたらすでしょう』 その色を持つのは、国内ではエクレールだけ。神託にある乙女とはエクレールの事だろうと、慣れ親しんだ家を離れ、神殿での生活を強制される。 エクレールは言われるがまま厳しい教育と修行を始めるが、十六歳の成人を迎えてもエクレールに聖なる力は発現しなかった。 それどころか成人の祝いの場でエクレールと同じ特徴を持つ少女が現れる。しかもエクレールと同じエクレール・サレバントーレと名乗った少女は、聖なる力を自在に操れると言うのだ。 それを知った周囲は、その少女こそを〝エクレール〟として扱うようになり——。 ※小説家になろう様にも投稿しています

転生先が同類ばっかりです!

羽田ソラ
ファンタジー
水元統吾、”元”日本人。 35歳で日本における生涯を閉じた彼を待っていたのは、テンプレ通りの異世界転生。 彼は生産のエキスパートになることを希望し、順風満帆の異世界ライフを送るべく旅立ったのだった。 ……でも世の中そううまくはいかない。 この世界、問題がとんでもなく深刻です。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

処理中です...