悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

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第三章:そんなの聞いてないっ!

15.結婚

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 穏やかな陽光が差し込む明るい室内で、ミネルヴァとギリットは並んで壇上に立ち、代わる代わる親族からの挨拶を受けていた。といっても、総勢二十人にもならないので、挨拶など直ぐに終わってしまうものであるし、ミネルヴァにとっては見知った親族ばかりである。
 つまり、今ミネルヴァを震えるほど緊張させているのは、この場のたった一人。二週間ほど前に突如参加が決まったギリットの母方の祖母、アンリ・ヘナ・ロッド夫人だけである。
「本日は、お忙しい中足をお運びいただきましたこと、誠に嬉しく思います」
 少し硬い表情でミネルヴァが礼をするのに答えてから、アンリは、ほぅ、と息を吐いた。
「まぁまぁまぁ…お手紙では随分言葉を尽くすものと思っていたのだけど。いやぁねぇギリットったら、全然足りてないわ。こんなに素敵な娘さんだったなんて全然伝わってなくてよ」
「はぁ、すみません」
 頬を掻くギリットには構わず、おっとりとした雰囲気のアンリはミネルヴァの手をとる。
「まぁ相変わらず気のない返事だこと。職人になったと聞いて、少しは世間に揉まれてまともになったかと思っていましたのに、どうして変わらないのかしらね。ミネルヴァさん、あ、ミネルヴァさんとお呼びして良かったかしら? あら、ありがとう。ふふ。ミネルヴァさんもどうぞ、何でも文句があったら遠慮などしてはいけませんよ。リテルタで騎士なんてやってる男は揃いも揃って無骨で無愛想で、自分が相手に与える印象に無自覚なのばかりですから。我々がきちんと手綱をとってやらないといけませんからね」
 緊張から、立て板に水といった具合で耳に届くアンリの言葉におたついて頷く事しかできない。
「もし、どうしても言い難ければ私にお手紙でも頂ければ、飛んで来て叱りつけて差し上げますから。どんどん仰ってね?」
「いえ、そんな」
 なんとかそれだけ返す事に成功したが、アンリの言葉が止まらない。
「自分で産んだ子は四人とも娘だったのですけど、孫には何故だか息子しか居なくって。男の子ってなんだかつまらないわと思っていたのだけど。あちらこちらの娘さんが孫娘に成りに来てくれると思えば悪くないものよね。私ね十人の孫息子がいて、貴方が八人目の孫娘。八人目だなんて、縁起の良い数字よね。ミネルヴァさんとは末永いお付き合いができそうだわ」
「お婆さま」
「ちょっとギリット、その呼び方止めて頂戴な。いつも言ってるわよね」
「では貴方も俺の妻を独占するのは止めてください」
 ギリットに抱き寄せられるようにアンリの手から解放され、肩に回るその手にミネルヴァの頬が赤くなる。
「あら嫌味な言い方ね、独占も何もないわよ。私がミネルヴァさんにお会いできる予定は今日だけなのよ。私は、ギリットがミネルヴァさんにお世話になって、こちらに爵位まで頂いて、あげくに結婚したっていうのに、ろくに役に立っている様子が無いから、不甲斐ない孫息子に変わってご挨拶をしていただけよ」
「そんなこと」
 アンリの言葉にミネルヴァは慌てたが、ギリットは全く気にした様子が無い。
「それにねギリット。勘当になったからって別に血縁関係が無くなった訳で無し、どうして、貴方達はさも当然のようにリテルタに来る事を避けるのかしら」
 貴方が居るからだ、という言葉を飲み込んで、ギリットはミネルヴァに祖母の相手は俺がするからあちらで持て成しを、と送り出そうとしたのだが。
「あの、私達、来年の王弟殿下のご結婚の式典に参加するつもりで…」
「まぁ、まぁまぁ!」
 ギリットの額を押さえる仕草と、アンリの嬉しそうに両頬を押さえる仕草が見えて、ミネルヴァは自分が何か悪い事を言ったかと口を覆った。
「そう、そうなのねぇ、ふふふ。あら、いけない。ミネルヴァさんのご家族にも、ご挨拶をしなくてはよね」
 おほほ、と楽しそうに去っていく背を見送って、ミネルヴァはそっと隣を伺う。
「…あの、リット、私、何かまずい事を言ってしまったかしら」
「いや。ただ、向こうでうんざりするほど歓待されると思うから、それだけは諦めてくれ」
「………解ったわ」
 苦笑して肩を竦めたギリットは、呆れたような顔でミネルヴァの両親と話すアンリに目を向けた。
「まぁ、概ね本人が言っていた通りなんだが。あの方は孫に嫁が来ると娘が増えたと喜んではあちこち連れまわすんだ。今回はさすがに無いと思ったんだが…まぁ、疲れたりしたら言ってくれ、俺にでも祖母にでも」
「ええ」
 呆れているけれど、愛しさの確かにある表情に、アンリが身内に愛されている素敵な方なのだと解る。
 ミネルヴァはギリットの手をそっと握り、身を寄せた。これからはそうした素敵な方も含めて身内になったのだ、と不意に実感が込み上げていた。
「私、リットのご両親にお会いできるの、楽しみだわ」
「ミーナ」
 これからも、きっと馬鹿みたいな勘違いや辛い現実に行き会う事はあるのだろう。その度に誰かが助けてくれるなどという幸運は続かないに違いない。それでも、ギリットの横で頑張っていきたいと思える。
「リット」
 祈りと願いと、決意を込めて、互いに繋いだ手の甲にキスを落として、微笑み合った。

□fin
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