47 / 49
第三章:そんなの聞いてないっ!
15.結婚
しおりを挟む
穏やかな陽光が差し込む明るい室内で、ミネルヴァとギリットは並んで壇上に立ち、代わる代わる親族からの挨拶を受けていた。といっても、総勢二十人にもならないので、挨拶など直ぐに終わってしまうものであるし、ミネルヴァにとっては見知った親族ばかりである。
つまり、今ミネルヴァを震えるほど緊張させているのは、この場のたった一人。二週間ほど前に突如参加が決まったギリットの母方の祖母、アンリ・ヘナ・ロッド夫人だけである。
「本日は、お忙しい中足をお運びいただきましたこと、誠に嬉しく思います」
少し硬い表情でミネルヴァが礼をするのに答えてから、アンリは、ほぅ、と息を吐いた。
「まぁまぁまぁ…お手紙では随分言葉を尽くすものと思っていたのだけど。いやぁねぇギリットったら、全然足りてないわ。こんなに素敵な娘さんだったなんて全然伝わってなくてよ」
「はぁ、すみません」
頬を掻くギリットには構わず、おっとりとした雰囲気のアンリはミネルヴァの手をとる。
「まぁ相変わらず気のない返事だこと。職人になったと聞いて、少しは世間に揉まれてまともになったかと思っていましたのに、どうして変わらないのかしらね。ミネルヴァさん、あ、ミネルヴァさんとお呼びして良かったかしら? あら、ありがとう。ふふ。ミネルヴァさんもどうぞ、何でも文句があったら遠慮などしてはいけませんよ。リテルタで騎士なんてやってる男は揃いも揃って無骨で無愛想で、自分が相手に与える印象に無自覚なのばかりですから。我々がきちんと手綱をとってやらないといけませんからね」
緊張から、立て板に水といった具合で耳に届くアンリの言葉におたついて頷く事しかできない。
「もし、どうしても言い難ければ私にお手紙でも頂ければ、飛んで来て叱りつけて差し上げますから。どんどん仰ってね?」
「いえ、そんな」
なんとかそれだけ返す事に成功したが、アンリの言葉が止まらない。
「自分で産んだ子は四人とも娘だったのですけど、孫には何故だか息子しか居なくって。男の子ってなんだかつまらないわと思っていたのだけど。あちらこちらの娘さんが孫娘に成りに来てくれると思えば悪くないものよね。私ね十人の孫息子がいて、貴方が八人目の孫娘。八人目だなんて、縁起の良い数字よね。ミネルヴァさんとは末永いお付き合いができそうだわ」
「お婆さま」
「ちょっとギリット、その呼び方止めて頂戴な。いつも言ってるわよね」
「では貴方も俺の妻を独占するのは止めてください」
ギリットに抱き寄せられるようにアンリの手から解放され、肩に回るその手にミネルヴァの頬が赤くなる。
「あら嫌味な言い方ね、独占も何もないわよ。私がミネルヴァさんにお会いできる予定は今日だけなのよ。私は、ギリットがミネルヴァさんにお世話になって、こちらに爵位まで頂いて、あげくに結婚したっていうのに、ろくに役に立っている様子が無いから、不甲斐ない孫息子に変わってご挨拶をしていただけよ」
「そんなこと」
アンリの言葉にミネルヴァは慌てたが、ギリットは全く気にした様子が無い。
「それにねギリット。勘当になったからって別に血縁関係が無くなった訳で無し、どうして、貴方達はさも当然のようにリテルタに来る事を避けるのかしら」
貴方が居るからだ、という言葉を飲み込んで、ギリットはミネルヴァに祖母の相手は俺がするからあちらで持て成しを、と送り出そうとしたのだが。
「あの、私達、来年の王弟殿下のご結婚の式典に参加するつもりで…」
「まぁ、まぁまぁ!」
ギリットの額を押さえる仕草と、アンリの嬉しそうに両頬を押さえる仕草が見えて、ミネルヴァは自分が何か悪い事を言ったかと口を覆った。
「そう、そうなのねぇ、ふふふ。あら、いけない。ミネルヴァさんのご家族にも、ご挨拶をしなくてはよね」
おほほ、と楽しそうに去っていく背を見送って、ミネルヴァはそっと隣を伺う。
「…あの、リット、私、何かまずい事を言ってしまったかしら」
「いや。ただ、向こうでうんざりするほど歓待されると思うから、それだけは諦めてくれ」
「………解ったわ」
苦笑して肩を竦めたギリットは、呆れたような顔でミネルヴァの両親と話すアンリに目を向けた。
「まぁ、概ね本人が言っていた通りなんだが。あの方は孫に嫁が来ると娘が増えたと喜んではあちこち連れまわすんだ。今回はさすがに無いと思ったんだが…まぁ、疲れたりしたら言ってくれ、俺にでも祖母にでも」
「ええ」
呆れているけれど、愛しさの確かにある表情に、アンリが身内に愛されている素敵な方なのだと解る。
ミネルヴァはギリットの手をそっと握り、身を寄せた。これからはそうした素敵な方も含めて身内になったのだ、と不意に実感が込み上げていた。
「私、リットのご両親にお会いできるの、楽しみだわ」
「ミーナ」
これからも、きっと馬鹿みたいな勘違いや辛い現実に行き会う事はあるのだろう。その度に誰かが助けてくれるなどという幸運は続かないに違いない。それでも、ギリットの横で頑張っていきたいと思える。
「リット」
祈りと願いと、決意を込めて、互いに繋いだ手の甲にキスを落として、微笑み合った。
□fin
つまり、今ミネルヴァを震えるほど緊張させているのは、この場のたった一人。二週間ほど前に突如参加が決まったギリットの母方の祖母、アンリ・ヘナ・ロッド夫人だけである。
「本日は、お忙しい中足をお運びいただきましたこと、誠に嬉しく思います」
少し硬い表情でミネルヴァが礼をするのに答えてから、アンリは、ほぅ、と息を吐いた。
「まぁまぁまぁ…お手紙では随分言葉を尽くすものと思っていたのだけど。いやぁねぇギリットったら、全然足りてないわ。こんなに素敵な娘さんだったなんて全然伝わってなくてよ」
「はぁ、すみません」
頬を掻くギリットには構わず、おっとりとした雰囲気のアンリはミネルヴァの手をとる。
「まぁ相変わらず気のない返事だこと。職人になったと聞いて、少しは世間に揉まれてまともになったかと思っていましたのに、どうして変わらないのかしらね。ミネルヴァさん、あ、ミネルヴァさんとお呼びして良かったかしら? あら、ありがとう。ふふ。ミネルヴァさんもどうぞ、何でも文句があったら遠慮などしてはいけませんよ。リテルタで騎士なんてやってる男は揃いも揃って無骨で無愛想で、自分が相手に与える印象に無自覚なのばかりですから。我々がきちんと手綱をとってやらないといけませんからね」
緊張から、立て板に水といった具合で耳に届くアンリの言葉におたついて頷く事しかできない。
「もし、どうしても言い難ければ私にお手紙でも頂ければ、飛んで来て叱りつけて差し上げますから。どんどん仰ってね?」
「いえ、そんな」
なんとかそれだけ返す事に成功したが、アンリの言葉が止まらない。
「自分で産んだ子は四人とも娘だったのですけど、孫には何故だか息子しか居なくって。男の子ってなんだかつまらないわと思っていたのだけど。あちらこちらの娘さんが孫娘に成りに来てくれると思えば悪くないものよね。私ね十人の孫息子がいて、貴方が八人目の孫娘。八人目だなんて、縁起の良い数字よね。ミネルヴァさんとは末永いお付き合いができそうだわ」
「お婆さま」
「ちょっとギリット、その呼び方止めて頂戴な。いつも言ってるわよね」
「では貴方も俺の妻を独占するのは止めてください」
ギリットに抱き寄せられるようにアンリの手から解放され、肩に回るその手にミネルヴァの頬が赤くなる。
「あら嫌味な言い方ね、独占も何もないわよ。私がミネルヴァさんにお会いできる予定は今日だけなのよ。私は、ギリットがミネルヴァさんにお世話になって、こちらに爵位まで頂いて、あげくに結婚したっていうのに、ろくに役に立っている様子が無いから、不甲斐ない孫息子に変わってご挨拶をしていただけよ」
「そんなこと」
アンリの言葉にミネルヴァは慌てたが、ギリットは全く気にした様子が無い。
「それにねギリット。勘当になったからって別に血縁関係が無くなった訳で無し、どうして、貴方達はさも当然のようにリテルタに来る事を避けるのかしら」
貴方が居るからだ、という言葉を飲み込んで、ギリットはミネルヴァに祖母の相手は俺がするからあちらで持て成しを、と送り出そうとしたのだが。
「あの、私達、来年の王弟殿下のご結婚の式典に参加するつもりで…」
「まぁ、まぁまぁ!」
ギリットの額を押さえる仕草と、アンリの嬉しそうに両頬を押さえる仕草が見えて、ミネルヴァは自分が何か悪い事を言ったかと口を覆った。
「そう、そうなのねぇ、ふふふ。あら、いけない。ミネルヴァさんのご家族にも、ご挨拶をしなくてはよね」
おほほ、と楽しそうに去っていく背を見送って、ミネルヴァはそっと隣を伺う。
「…あの、リット、私、何かまずい事を言ってしまったかしら」
「いや。ただ、向こうでうんざりするほど歓待されると思うから、それだけは諦めてくれ」
「………解ったわ」
苦笑して肩を竦めたギリットは、呆れたような顔でミネルヴァの両親と話すアンリに目を向けた。
「まぁ、概ね本人が言っていた通りなんだが。あの方は孫に嫁が来ると娘が増えたと喜んではあちこち連れまわすんだ。今回はさすがに無いと思ったんだが…まぁ、疲れたりしたら言ってくれ、俺にでも祖母にでも」
「ええ」
呆れているけれど、愛しさの確かにある表情に、アンリが身内に愛されている素敵な方なのだと解る。
ミネルヴァはギリットの手をそっと握り、身を寄せた。これからはそうした素敵な方も含めて身内になったのだ、と不意に実感が込み上げていた。
「私、リットのご両親にお会いできるの、楽しみだわ」
「ミーナ」
これからも、きっと馬鹿みたいな勘違いや辛い現実に行き会う事はあるのだろう。その度に誰かが助けてくれるなどという幸運は続かないに違いない。それでも、ギリットの横で頑張っていきたいと思える。
「リット」
祈りと願いと、決意を込めて、互いに繋いだ手の甲にキスを落として、微笑み合った。
□fin
0
お気に入りに追加
586
あなたにおすすめの小説
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
【完結】どうやら、乙女ゲームのヒロインに転生したようなので。逆ざまぁが多いい、昨今。慎ましく生きて行こうと思います。
❄️冬は つとめて
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生した私。昨今、悪役令嬢人気で、逆ざまぁが多いいので。慎ましく、生きて行こうと思います。
作者から(あれ、何でこうなった? )
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました! でもそこはすでに断罪後の世界でした
ひなクラゲ
恋愛
突然ですが私は転生者…
ここは乙女ゲームの世界
そして私は悪役令嬢でした…
出来ればこんな時に思い出したくなかった
だってここは全てが終わった世界…
悪役令嬢が断罪された後の世界なんですもの……
悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない
亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ
社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。
エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも……
「エマ、可愛い」
いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。
悪役令嬢に転生したのですが、フラグが見えるのでとりま折らせていただきます
水無瀬流那
恋愛
転生先は、未プレイの乙女ゲーの悪役令嬢だった。それもステータスによれば、死ぬ確率は100%というDEATHエンド確定令嬢らしい。
このままでは死んでしまう、と焦る私に与えられていたスキルは、『フラグ破壊レベル∞』…………?
使い方も詳細も何もわからないのですが、DEATHエンド回避を目指して、とりまフラグを折っていこうと思います!
※小説家になろうでも掲載しています
悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた
nionea
恋愛
ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、
死んだ
と、思ったら目が覚めて、
悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。
ぽっちゃり(控えめな表現です)
うっかり (婉曲的な表現です)
マイペース(モノはいいようです)
略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、
「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」
と、落ち込んでばかりもいられない。
今後の人生がかかっている。
果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。
※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。
’20.3.17 追記
更新ミスがありました。
3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。
本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。
大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
姉に全てを奪われるはずの悪役令嬢ですが、婚約破棄されたら騎士団長の溺愛が始まりました
可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、婚約者の侯爵と聖女である姉の浮気現場に遭遇した。婚約破棄され、実家で贅沢三昧をしていたら、(強制的に)婚活を始めさせられた。「君が今まで婚約していたから、手が出せなかったんだ!」と、王子達からモテ期が到来する。でも私は全員分のルートを把握済み。悪役令嬢である妹には、必ずバッドエンドになる。婚活を無双しつつ、フラグを折り続けていたら、騎士団長に声を掛けられた。幼なじみのローラン、どのルートにもない男性だった。優しい彼は私を溺愛してくれて、やがて幸せな結婚をつかむことになる。
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる