悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

文字の大きさ
上 下
38 / 49
第三章:そんなの聞いてないっ!

6.通い妻ミネルヴァ

しおりを挟む
 アンゼーナとフランセスカから、そして他の様々な会の場でも、リリィ・クシャ・ワンドについて話を聞いたミネルヴァは、ずっと考え続けている。 
(んー…仮に私と同じように転生した人だとした場合、なんか変よね)
 アンゼーナから聞いたセフィルニムに対する態度は、最大限の好意でもって解釈すれば、異文化圏の物慣れぬ少女がとった行動だと頷ける。ちゃんと周りが注意してあげなくてはいけないとは思うが、愛称で呼ばれた本人が怒らなかったのなら、特に責められるほどとは思えない。
 だが、フランセスカから聞いた話には、ちらほら異文化圏というレベルでは看過できない話が混じっていた。
(でも…)
 もし状況が自分と同じなら、きっと元々の人格があるはずではないだろうか。
(私も、やってきた事はほとんどミネルヴァという枠に入ってたはず)
 仮に覚醒と共に元の記憶が無くなってしまったとしたら。その言動はこの世界で奇異に感じられてしまうのではないだろうか。そして、そんな人物を使節団に入れるものだろうか。
(考え難いわよね。使節団に選ばれた後で突然覚醒したのだとしても、あんまり常識外れな行動をとってたら体調不良とかを理由に国に帰らされるだろうし)
 使節団の状況を聞く限り、リリィ・クシャ・ワンドは常識外れな行動を取ってしまうところがあるが愛されている人物のようなのだ。
(やっぱり、普通にこの世界の人なのかしら)
 ヒロインが、常識という名の因習を打ち壊す行動を取る、というのは他所から見れば痛快で楽しいものだ。勿論、その打ち壊し方にも受け入れられるものと、無理なものはあるだろうが。某かの物語の主人公になるような人物は多かれ少なかれ常識外れに行動的で、そうでないと話にならない気はする。
(たぶん彼女はこの世界の人だった…)
 そういう考え方に照らし合わせれば、リリィ・マリア・ネートは、紛れもなく物語の主人公だった。ただ、前世の記憶にあるような乙女ゲームのヒロインではなく。貧民街という底辺から成り上がった自分を、更なる高みにあげようとした成り上がり物語の主人公だったが。
 ミネルヴァは一応裁判記録を全て読んでいる。リリィ・マリア・ネートという少女の来歴は異世界の存在を感じさせはしなかった。この世界にある薬物を使って王太子の判断を鈍らせ、玉の輿に乗る事を目指していただけだ。
(そもそもここは本当にゲームの世界なのかしら…?)
 ゲームの中に隣の国など出てこない。
 ヒロインが投獄される終わり方もなかった。
 だいたいミネルヴァの人生は既にゲームを超えているのだ。
(現実よね。この世界に生まれてきたんだから。全部現実…私ちょっと物の考え方がおかしくなってるのかも。前世の記憶があるんだから特別って思い込み過ぎてる気がしてきたわ…こういう考え方、改めないと)
 アンゼーナがあまりにも敵視していたので、真剣に考えてみたが。直接会ったこともない相手の為人には、どう頑張っても確信を持てない。
(会ったこともない人を噂で決め付けるのも良くないわよね)
 その内王家主催の夜会あたりで会う機会も来るだろう。どんな人物かを探るのは、それからでも良いじゃないか。そう思い至ってミネルヴァは考えるのを止めた。別に、ギリットの家に着きそうだから考えるのを止めた訳ではない。
 馬車を下りて通りを歩き、家の扉の前に着た所で、ミネルヴァは見知らぬ女性に声をかけられた。
「ああ、あんたがメイスさんの通い妻さん?」
「え?」
 初耳である。
「あらぁ、やだよぉ…本当に可愛らしいんだねぇ」
「あの」
 戸惑うミネルヴァを他所に、職人の妻といった風情の女性はぽんぽんぽんと言葉と荷物を渡してくる。
「あ、これ、メイスさんに渡しといてくれるかい? 家の棚直してもらっちゃってありがとねぇ。しっかし、あんた本当に美人だねぇ。メイスさんはさ、職人としちゃまだ名が通ってないけどね、ありゃ真面目ないい職人だよぉ。仕事だってね、その内増えるだろうし、あんたしっかり支えてやんなきゃだよっ!」
「え、はい、頑張ります」
「うんうん。それじゃあね、あたしも旦那のケツ蹴ってやんなきゃだから」
「あ、はい」
(支えるのではなく…?)
 温かさと優しさが有るが遠慮の無いパワーを久しぶりに浴びたミネルヴァは、しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。
(はっ、いけない。親戚のおばちゃんの事とか思い出してる場合じゃないわ)
 とにかくギリットの家に入ろうとして、両手が塞がっている自分に気付く。野菜が入っている籠を下に置こうか、声を張り上げようか、少しの間悩んでいると、扉は中から開いた。
「ミーナ、どうしたんだ? 顔が…」
「今ここでお野菜を頂いたの! リットに家の棚を直してもらったって、仰ってたわ!」
「ああ、角のランダさんかな」
「そうなのね」
 自分がギリットの通い妻と認識されている事に真っ赤になっていたとは、なんだか恥ずかしくて、知られたくなかった。
(というか、これは、リットも知ってるのかしら…私リットのご近所さんからそういう認識なの?)
 この後、嬉しいけれど恥ずかしい思いで抱えた籠の野菜を見ていたミネルヴァは、スープを作る、と言い出してギリットを驚かせる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

【完結】どうやら、乙女ゲームのヒロインに転生したようなので。逆ざまぁが多いい、昨今。慎ましく生きて行こうと思います。

❄️冬は つとめて
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生した私。昨今、悪役令嬢人気で、逆ざまぁが多いいので。慎ましく、生きて行こうと思います。 作者から(あれ、何でこうなった? )

乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました! でもそこはすでに断罪後の世界でした

ひなクラゲ
恋愛
 突然ですが私は転生者…  ここは乙女ゲームの世界  そして私は悪役令嬢でした…  出来ればこんな時に思い出したくなかった  だってここは全てが終わった世界…  悪役令嬢が断罪された後の世界なんですもの……

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

悪役令嬢に転生したのですが、フラグが見えるのでとりま折らせていただきます

水無瀬流那
恋愛
 転生先は、未プレイの乙女ゲーの悪役令嬢だった。それもステータスによれば、死ぬ確率は100%というDEATHエンド確定令嬢らしい。  このままでは死んでしまう、と焦る私に与えられていたスキルは、『フラグ破壊レベル∞』…………?  使い方も詳細も何もわからないのですが、DEATHエンド回避を目指して、とりまフラグを折っていこうと思います! ※小説家になろうでも掲載しています

悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea
恋愛
 ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、   死んだ  と、思ったら目が覚めて、  悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。   ぽっちゃり(控えめな表現です)   うっかり (婉曲的な表現です)   マイペース(モノはいいようです)    略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、  「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」  と、落ち込んでばかりもいられない。  今後の人生がかかっている。  果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。  ※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。 ’20.3.17 追記  更新ミスがありました。  3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。  本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。  大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。  ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

姉に全てを奪われるはずの悪役令嬢ですが、婚約破棄されたら騎士団長の溺愛が始まりました

可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、婚約者の侯爵と聖女である姉の浮気現場に遭遇した。婚約破棄され、実家で贅沢三昧をしていたら、(強制的に)婚活を始めさせられた。「君が今まで婚約していたから、手が出せなかったんだ!」と、王子達からモテ期が到来する。でも私は全員分のルートを把握済み。悪役令嬢である妹には、必ずバッドエンドになる。婚活を無双しつつ、フラグを折り続けていたら、騎士団長に声を掛けられた。幼なじみのローラン、どのルートにもない男性だった。優しい彼は私を溺愛してくれて、やがて幸せな結婚をつかむことになる。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

処理中です...