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第三章:そんなの聞いてないっ!
4.お客様?
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扉の向こうに居たのは、ミネルヴァも知っている工房の従業員の青年だった。
「すまないギリットさん。休みなのに。実は、工房にギリットさんを訪ねてリテルタ王国の方が来てて。リリィ・クシャ・ワンドさんという女性なんだが」
漏れ聞こえた声に、そういえば今はリテルタ王国から使節団が来ていたはずだな、と考える。
「ワンド? …わざわざ来てもらって、悪いが、覚えがない相手だ。工房が休みだし、俺は居ないと伝えてくれ。家の場所も黙っていて欲しい」
「解った。どうも知り合いのような口ぶりだから此処まで来たんだが…知らない相手なんだな?」
「ああ」
「邪魔をして悪かったな」
「いや」
ミネルヴァにもすまなそうに会釈をして、青年は戻っていった。
「やっぱり、知り合いの方だった?」
青年が去っても何やら考え込む顔のギリットにミネルヴァは口を開いた。とっさには思い出せなくても、引っかかる部分があるなら、旧知の相手かも知れないだろう。
「いや、そういえばシルヴァーナ様に話しただけでちゃんと言ってなかったな」
「はい?」
突然出てきた曾祖母の名前に、きょとんとしてしまう。
「俺は元々リテルタでは騎士だった」
「ああ」
それで礼をとる姿勢が綺麗だったのかと妙に納得してしまう。曾祖母がいやにギリットを気に入っていた理由もそれで得心がいった。
リテルタ王国では、騎士団には貴族も平民もいるが、騎士と言えばもれなく貴族だ。平民はみな兵士と呼ばれる。
(お母様の言っていた通りなのね)
異国の貴族であったから、ギリットが曾祖母に気に入られたのではない。騎士であった事が重要だったのだ。
ミネルヴァどころか、母のアイリーンも、祖母も産まれるずっと前。曾祖母シルヴァーナがまだ八歳の頃。
この国は隣国ジラード帝国との戦争状態がもっとも過酷な状況だった。
そして、この戦争でシルヴァーナは大切な姉を喪ってしまう。一回り以上歳の離れた、母のような姉だった。その喪失感は幼いシルヴァーナにとってトラウマとなる。
シルヴァーナは心に決めた。たとえ野蛮の謗りを受けようとも、いざという時には己の力でもって伴侶を守れるような殿方でなくては、絶対に駄目だと。
自分の婿にも軍務で功を立てた候爵家の三男を迎えたし、己の娘の婿にも武門の誉れ高い辺境伯から婿をとった。当然孫にもと思っていたところどう見ても優男なスティアンがやってきて大喧嘩になる。そして、曾孫までどこぞの職人を婿にしたいと言い出して、再度の大喧嘩、となりかけたのだが騎士だったと解って了承したわけだ。
「ミーナはリテルタのお家騒動は知ってるか?」
「ええ。噂程度では」
噂程度、とは言ったが、リテルタとこの国は友好国なので、本当は細かなところまで話は聞こえてきていた。四年ほど前に起きた、兄弟それぞれに派閥ができ王位を争って対立するという、よくあるといえばよくある話だ。元々は仲の良かった兄弟を担ぎ上げた外野達が勝手に大盛り上がりして、うんざりした弟が退く形で、兄が王位を継いだと聞いた。
「その騒動で嫌気がさして騎士を辞めて、昔から趣味だった銀細工の職人になろうとフォーリエントに来た」
「すいぶん、思い切ったのね」
「自棄になっててな…自分でも今は考えなしだったなと解ってる。サフ=ジーノには本当に助けられた」
「そうね…ふふ」
自分の役割に嫌気がさして自棄になる気持ちはミネルヴァも解る気がする。苦いものを噛み潰しているような顔だったギリットがいつの間にか自分を見て微笑んでいる事に気付いて、ミネルヴァは笑うのを止めた。
「えっと、それで? 出奔したから国の方にはもう会わないの?」
「いや、そういう訳でもない。今も手紙くらいならやりとりしてる。ただ、ワンド家は本当に知り合いは居ないはずなんだ。リリィ・クシャという名前にも聞き覚えがない」
「元々趣味だった銀細工の腕を知っていてお仕事を頼みに来たとか?」
「国にいた頃は本当に身内しか知らなかった趣味だからな…わざわざ名指しで来るなんて、正直面倒事の予感がする」
ギリットのうんざりしたような嫌そうな顔は初めて見るな、と思う。
「ねぇ、リット。その、もし私やグリッツ家で何か力になれるような事があったら遠慮せずに言ってね」
「ああ、ありがとう」
「絶対よ?」
「解った」
その後は、しばらくはキールが嘆きそうないちゃつくという形容がふさわしい会話が続いていたのだが。いつの間にか、ミネルヴァが一目惚れの件を話す事になっていた。
イーグルに似ている姿に一目惚れしたと言われたギリットは、自分の髪を摘まみ上げて、複雑そうな顔をしている。
「その、やっぱり嫌だった?」
「あー…似ていると言われたことは全く嫌ではないな。ただ、リテルタにはこんな頭の奴は結構いるから少し複雑だっただけだ」
「あ、それなら、どちらかというと、目なの。金色の目が似てるなって思ったのよ」
「そうか」
なるほど、確かに自分の目は他ではあまり見た事のない色だ。だが、結局のところミネルヴァの中でイーグルが理想なのではないかと再認識してしまい。強敵だな、ミーナの騎士様が相手では、とそれはそれで複雑なギリットだった。
「すまないギリットさん。休みなのに。実は、工房にギリットさんを訪ねてリテルタ王国の方が来てて。リリィ・クシャ・ワンドさんという女性なんだが」
漏れ聞こえた声に、そういえば今はリテルタ王国から使節団が来ていたはずだな、と考える。
「ワンド? …わざわざ来てもらって、悪いが、覚えがない相手だ。工房が休みだし、俺は居ないと伝えてくれ。家の場所も黙っていて欲しい」
「解った。どうも知り合いのような口ぶりだから此処まで来たんだが…知らない相手なんだな?」
「ああ」
「邪魔をして悪かったな」
「いや」
ミネルヴァにもすまなそうに会釈をして、青年は戻っていった。
「やっぱり、知り合いの方だった?」
青年が去っても何やら考え込む顔のギリットにミネルヴァは口を開いた。とっさには思い出せなくても、引っかかる部分があるなら、旧知の相手かも知れないだろう。
「いや、そういえばシルヴァーナ様に話しただけでちゃんと言ってなかったな」
「はい?」
突然出てきた曾祖母の名前に、きょとんとしてしまう。
「俺は元々リテルタでは騎士だった」
「ああ」
それで礼をとる姿勢が綺麗だったのかと妙に納得してしまう。曾祖母がいやにギリットを気に入っていた理由もそれで得心がいった。
リテルタ王国では、騎士団には貴族も平民もいるが、騎士と言えばもれなく貴族だ。平民はみな兵士と呼ばれる。
(お母様の言っていた通りなのね)
異国の貴族であったから、ギリットが曾祖母に気に入られたのではない。騎士であった事が重要だったのだ。
ミネルヴァどころか、母のアイリーンも、祖母も産まれるずっと前。曾祖母シルヴァーナがまだ八歳の頃。
この国は隣国ジラード帝国との戦争状態がもっとも過酷な状況だった。
そして、この戦争でシルヴァーナは大切な姉を喪ってしまう。一回り以上歳の離れた、母のような姉だった。その喪失感は幼いシルヴァーナにとってトラウマとなる。
シルヴァーナは心に決めた。たとえ野蛮の謗りを受けようとも、いざという時には己の力でもって伴侶を守れるような殿方でなくては、絶対に駄目だと。
自分の婿にも軍務で功を立てた候爵家の三男を迎えたし、己の娘の婿にも武門の誉れ高い辺境伯から婿をとった。当然孫にもと思っていたところどう見ても優男なスティアンがやってきて大喧嘩になる。そして、曾孫までどこぞの職人を婿にしたいと言い出して、再度の大喧嘩、となりかけたのだが騎士だったと解って了承したわけだ。
「ミーナはリテルタのお家騒動は知ってるか?」
「ええ。噂程度では」
噂程度、とは言ったが、リテルタとこの国は友好国なので、本当は細かなところまで話は聞こえてきていた。四年ほど前に起きた、兄弟それぞれに派閥ができ王位を争って対立するという、よくあるといえばよくある話だ。元々は仲の良かった兄弟を担ぎ上げた外野達が勝手に大盛り上がりして、うんざりした弟が退く形で、兄が王位を継いだと聞いた。
「その騒動で嫌気がさして騎士を辞めて、昔から趣味だった銀細工の職人になろうとフォーリエントに来た」
「すいぶん、思い切ったのね」
「自棄になっててな…自分でも今は考えなしだったなと解ってる。サフ=ジーノには本当に助けられた」
「そうね…ふふ」
自分の役割に嫌気がさして自棄になる気持ちはミネルヴァも解る気がする。苦いものを噛み潰しているような顔だったギリットがいつの間にか自分を見て微笑んでいる事に気付いて、ミネルヴァは笑うのを止めた。
「えっと、それで? 出奔したから国の方にはもう会わないの?」
「いや、そういう訳でもない。今も手紙くらいならやりとりしてる。ただ、ワンド家は本当に知り合いは居ないはずなんだ。リリィ・クシャという名前にも聞き覚えがない」
「元々趣味だった銀細工の腕を知っていてお仕事を頼みに来たとか?」
「国にいた頃は本当に身内しか知らなかった趣味だからな…わざわざ名指しで来るなんて、正直面倒事の予感がする」
ギリットのうんざりしたような嫌そうな顔は初めて見るな、と思う。
「ねぇ、リット。その、もし私やグリッツ家で何か力になれるような事があったら遠慮せずに言ってね」
「ああ、ありがとう」
「絶対よ?」
「解った」
その後は、しばらくはキールが嘆きそうないちゃつくという形容がふさわしい会話が続いていたのだが。いつの間にか、ミネルヴァが一目惚れの件を話す事になっていた。
イーグルに似ている姿に一目惚れしたと言われたギリットは、自分の髪を摘まみ上げて、複雑そうな顔をしている。
「その、やっぱり嫌だった?」
「あー…似ていると言われたことは全く嫌ではないな。ただ、リテルタにはこんな頭の奴は結構いるから少し複雑だっただけだ」
「あ、それなら、どちらかというと、目なの。金色の目が似てるなって思ったのよ」
「そうか」
なるほど、確かに自分の目は他ではあまり見た事のない色だ。だが、結局のところミネルヴァの中でイーグルが理想なのではないかと再認識してしまい。強敵だな、ミーナの騎士様が相手では、とそれはそれで複雑なギリットだった。
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