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第二章:スタートきったら必要なもの? 解ります。体力ですね。
10.恋=苦行
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恋をするという行為が、自分に苦行を課すという行為と等号でつながってしまっているミネルヴァは、社交シーズンが始まった王都に居る。
今は、フランセスカと共にグリッツ家の客間でブローチと耳飾りを受け取っていた。
さっきから彼女の心臓は早鐘を打っているし、ギリットと一度も目を合わせる事が出来ずにいる。
だが、そのミネルヴァの動きを不審に思っているのは彼女自身だけだ。
傍から見ていると、新しいブローチと耳飾りを喜ぶ令嬢、としか見えない。
「デザイン画じゃあすっきりして見えたから、どうなるかと思ったのですけど。銀線がキラキラしてて良いわね」
フランセスカが髪をそっと手で持ち上げながら、己の耳を鏡に映して確認している。
「とても似合っているわ」
「そう? ミーナも早く着けて見たらよろしいのではなくって?」
「ええ」
喜び勇んで手を伸ばしたら、すごく楽しみにしているのがバレてしまうのではないか、とあまりにも先回って考えて遠慮していたミネルヴァは、フランセスカに勧められて耳飾りに手を伸ばした。
(自然に、自然に…)
ブローチと同じように薔薇をモチーフにした耳飾りは、宝石は使われていないが揺れるたびに銀線のねじりがきらきらと光を反射して輝いた。
(本当に可愛い)
思わず笑みを作りそうになり、ぐっと口に力を入れる。
(落ち着いて、私、慎重にならないと)
気合を込めて耳飾りを見つめていたミネルヴァは、表情を崩さない事に集中し過ぎてギリットが近くに来ていた事に気付かなかった。
「お気に召しませんでしたか?」
「え?」
呟く声に反射的に顔を上げ、金色の真剣な眼差しを近距離で見つめてしまう。
「………いいえ、とても素敵だわ」
心臓が口から飛び出しそうだった。それでも、長年の令嬢生活が、笑みを張り付ける事を可能にしてくれていた。
「そうですか…」
鏡を確認する動作で、自然に視線をギリットから外し、耳飾りを着ける。
(落ち着いて、落ち着くのよ私! 駄目よこんなのバレちゃう!)
耳飾りが鏡の中できらきらと輝いて、自分の指が震えている事に気付く。ミネルヴァは髪をかき上げるふりで手の震えを隠した。一度ぎゅっと両手を組み合わせて握ってから、もう一つの耳飾りを取る。
(あら?)
反対の耳につけるため、先ほどはあえて顔を逸らしたギリットの方を向く。覚悟して視界に入れたのだが、その表情が曇っているのに気付いて、舞い上がっていた心臓が、すっと落ち着いた。
(………もしかして、気に入ってないと思われてる?)
先ほどわざわざ確認された時の表情を思い出す。部屋に入ってすぐは、自慢の品を見せる得意気な職人の表情だったはずだ。その顔に少年のような稚さを感じて内心で微笑んでしまったのだから間違いない。ミネルヴァは自分の脳裏に焼き付いている表情との違いに僅かに血の気が退いた。
(え、なんで、私ちゃんと答えて…あっ! この顔のせい? この顔のせいなのね! お父様に似た顔のせいだわきっと。無表情なだけで不機嫌だと思われるんだからもう)
その後、変に舞い上がっているとは思われないけど嬉しいと表現できる顔をするためにひたすらが苦心していると、あっという間に時が来る。ミネルヴァは、始終貼り付けたような令嬢の微笑で過ごしてしまった。
(結局、顔色を晴らす事が出来なかったわ………)
主にミネルヴァの心臓にとって怒涛のような一日の終りに、寝台に腰かけて耳飾りとブローチを収めた小箱を見つめて、彼女は深々と溜息を吐く。
好きな相手の曇り顔は、ミネルヴァにとって心をかき乱す鬼門だ。何時の間にか積み重なっていったその表情がもたらすものは、いつだって悲しみだけなのだから。
「馬鹿みたい…」
口に出して呟いて、小箱を棚の上に置く。
「馬鹿、みたい…っぅく」
ひくりとしゃくりあげて、口を両手で塞ぐ。ぽろぽろと涙が溢れて止まらない。
(馬鹿みたい馬鹿みたい馬鹿みたい、こんな事で泣くなんて、どうせ叶わないのに、言えもしないのに、馬鹿みたい!)
初めから言う事も出来ないと決めていたのだから、ミネルヴァのギリットへの気持ちは始まった時に終わっている。
解り切っているのに、涙は止まらなかった。
笑顔だった相手の顔が曇っていく事。いつの間にか自分の隣でつまらなそうにしている顔が当たり前になって、気が付けば目も合わなくなる事。確かにかつては自分にも向いていた笑顔が、他の誰かに向かう事。
「ひっ…ひぅっ…」
耐えられなかったから海に飛び込んだ。生き残れた後はただもう誰かの支えで立っていた。もう死のうとは思えない。でも、誰にも言えずただ膝を抱えて泣くのを止める事はできなかった。
(ちゃんと諦めなきゃ、もう駄目なんだから…こうやって泣いたら、きっともう忘れられる…きっと)
忘れるような思い出も無いはずなのにどうしてこんなに悲しいのか。それは、きっと過去に有った辛い記憶を思い出しているからで、涙が出るのはそのせい。初めにうまくいかなかったから、また上手くいかない恋をして、思い詰めているだけ。こんなのただのトラウマでしかない。だから、本当は、今のこの気持ちは大したものじゃない。
ひたすら自分に言い聞かせながら、ミネルヴァは、一晩中泣いていた。
今は、フランセスカと共にグリッツ家の客間でブローチと耳飾りを受け取っていた。
さっきから彼女の心臓は早鐘を打っているし、ギリットと一度も目を合わせる事が出来ずにいる。
だが、そのミネルヴァの動きを不審に思っているのは彼女自身だけだ。
傍から見ていると、新しいブローチと耳飾りを喜ぶ令嬢、としか見えない。
「デザイン画じゃあすっきりして見えたから、どうなるかと思ったのですけど。銀線がキラキラしてて良いわね」
フランセスカが髪をそっと手で持ち上げながら、己の耳を鏡に映して確認している。
「とても似合っているわ」
「そう? ミーナも早く着けて見たらよろしいのではなくって?」
「ええ」
喜び勇んで手を伸ばしたら、すごく楽しみにしているのがバレてしまうのではないか、とあまりにも先回って考えて遠慮していたミネルヴァは、フランセスカに勧められて耳飾りに手を伸ばした。
(自然に、自然に…)
ブローチと同じように薔薇をモチーフにした耳飾りは、宝石は使われていないが揺れるたびに銀線のねじりがきらきらと光を反射して輝いた。
(本当に可愛い)
思わず笑みを作りそうになり、ぐっと口に力を入れる。
(落ち着いて、私、慎重にならないと)
気合を込めて耳飾りを見つめていたミネルヴァは、表情を崩さない事に集中し過ぎてギリットが近くに来ていた事に気付かなかった。
「お気に召しませんでしたか?」
「え?」
呟く声に反射的に顔を上げ、金色の真剣な眼差しを近距離で見つめてしまう。
「………いいえ、とても素敵だわ」
心臓が口から飛び出しそうだった。それでも、長年の令嬢生活が、笑みを張り付ける事を可能にしてくれていた。
「そうですか…」
鏡を確認する動作で、自然に視線をギリットから外し、耳飾りを着ける。
(落ち着いて、落ち着くのよ私! 駄目よこんなのバレちゃう!)
耳飾りが鏡の中できらきらと輝いて、自分の指が震えている事に気付く。ミネルヴァは髪をかき上げるふりで手の震えを隠した。一度ぎゅっと両手を組み合わせて握ってから、もう一つの耳飾りを取る。
(あら?)
反対の耳につけるため、先ほどはあえて顔を逸らしたギリットの方を向く。覚悟して視界に入れたのだが、その表情が曇っているのに気付いて、舞い上がっていた心臓が、すっと落ち着いた。
(………もしかして、気に入ってないと思われてる?)
先ほどわざわざ確認された時の表情を思い出す。部屋に入ってすぐは、自慢の品を見せる得意気な職人の表情だったはずだ。その顔に少年のような稚さを感じて内心で微笑んでしまったのだから間違いない。ミネルヴァは自分の脳裏に焼き付いている表情との違いに僅かに血の気が退いた。
(え、なんで、私ちゃんと答えて…あっ! この顔のせい? この顔のせいなのね! お父様に似た顔のせいだわきっと。無表情なだけで不機嫌だと思われるんだからもう)
その後、変に舞い上がっているとは思われないけど嬉しいと表現できる顔をするためにひたすらが苦心していると、あっという間に時が来る。ミネルヴァは、始終貼り付けたような令嬢の微笑で過ごしてしまった。
(結局、顔色を晴らす事が出来なかったわ………)
主にミネルヴァの心臓にとって怒涛のような一日の終りに、寝台に腰かけて耳飾りとブローチを収めた小箱を見つめて、彼女は深々と溜息を吐く。
好きな相手の曇り顔は、ミネルヴァにとって心をかき乱す鬼門だ。何時の間にか積み重なっていったその表情がもたらすものは、いつだって悲しみだけなのだから。
「馬鹿みたい…」
口に出して呟いて、小箱を棚の上に置く。
「馬鹿、みたい…っぅく」
ひくりとしゃくりあげて、口を両手で塞ぐ。ぽろぽろと涙が溢れて止まらない。
(馬鹿みたい馬鹿みたい馬鹿みたい、こんな事で泣くなんて、どうせ叶わないのに、言えもしないのに、馬鹿みたい!)
初めから言う事も出来ないと決めていたのだから、ミネルヴァのギリットへの気持ちは始まった時に終わっている。
解り切っているのに、涙は止まらなかった。
笑顔だった相手の顔が曇っていく事。いつの間にか自分の隣でつまらなそうにしている顔が当たり前になって、気が付けば目も合わなくなる事。確かにかつては自分にも向いていた笑顔が、他の誰かに向かう事。
「ひっ…ひぅっ…」
耐えられなかったから海に飛び込んだ。生き残れた後はただもう誰かの支えで立っていた。もう死のうとは思えない。でも、誰にも言えずただ膝を抱えて泣くのを止める事はできなかった。
(ちゃんと諦めなきゃ、もう駄目なんだから…こうやって泣いたら、きっともう忘れられる…きっと)
忘れるような思い出も無いはずなのにどうしてこんなに悲しいのか。それは、きっと過去に有った辛い記憶を思い出しているからで、涙が出るのはそのせい。初めにうまくいかなかったから、また上手くいかない恋をして、思い詰めているだけ。こんなのただのトラウマでしかない。だから、本当は、今のこの気持ちは大したものじゃない。
ひたすら自分に言い聞かせながら、ミネルヴァは、一晩中泣いていた。
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