悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

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第二章:スタートきったら必要なもの? 解ります。体力ですね。

2.って思ったけど

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 直ぐに笑顔は戻り、そっとミネルヴァの腕に触れ、フランセスカ達の所に行こうと言われる。
「ええ」
「ご機嫌よう」
 断る理由もないので頷くと、背後から聞き覚えのある声がした。セフィルニムが嫌そうな表情をした理由が解って、そっと目配せをしてから振り返る。
「ご機嫌麗しく」
「お会いできて嬉しく思います殿下」
 セフィルニムに続いてミネルヴァが挨拶を返したのは、王妹アンゼーナ・マリア・ローグネッツだ。王妹と言っても、国王とはだいぶ年が離れており、セフィルニムと同じ歳だが。
「私も嬉しくてよ、セフィルニム、ミネルヴァ。特に、ミネルヴァにはもう会えないんじゃないと思っていたから」
「面目次第もございません」
「ああ、勘違いしないでね? 甥っ子がとんでもない不始末をしでかしたから、恥ずかしくて貴方に関わるのは遠慮するべきだって話があったって事なのよ。ただまぁ、何というか、私達の立場で会うのを控えたら、むしろ不名誉みたいになるだろうからって立ち消えたんだけど。本当に良かったわ。元気そうだし、何だか前より綺麗になったわね」
「そんなことは…」
「いやいや、絶対綺麗になったわ。というか、可愛くなった、かな。あ、さては、誰か良い人ができたのね」
「いえ」
「あれ、違うの? 可笑しいなぁ、この手の勘は当たるんだけど………最近身近で変わった事は? あ、うちの甥っ子の件はなしね」
「変わった事、ですか………卒院式を終えた以外は特に」
 はっきりと変わったことがあるとすれば、それこそ除かれた王太子の事以外に思いつかない。だが、おそらく何かアンゼーナが納得するような答えを返せない限り、ひたすら質問され続けるだろう。ミネルヴァが困惑してセフィルニムに目配せをすると、少し考えた後でぽつりと呟く。
「イーグルの事ではありませんか」
「イーグル?」
「セフィルニム様、そのような事は」
 確かにイーグルはミネルヴァを大きく変えたと言える。だが、猫鷹の話でアンゼーナが納得してくれるとは思えない。ミネルヴァは止めるつもりでセフィルニムに声をかけたのだが、アンゼーナが思いの外食いついてくる。
「あら、教えてよ。誰? 気になるわ」
「ミネルヴァ様の騎士ですよ。最近グリッツ公爵家に仲間入りしたんです」
「へぇえぇ」
「あの、アンゼーナ様、イーグルというのはですねっ…」
 明らかに勘違いが発生していることに気付いて、ミネルヴァは慌ててイーグルが最近飼い始めた猫鷹である、と説明しようとしたのだが、アンゼーナが白い指をミネルヴァの口の前に立てたので黙らざるを得なかった。
「根掘り葉掘り聞こうなんて無粋はしないわ。ミネルヴァが元気ならそれでいいのよ。じゃあ、私は、ご挨拶もあるからこれでね、ご機嫌よう」
「…はい」
 アンゼーナが十分に離れてから、優雅に一礼を返していたセフィルニムに、詰め寄る。
「ニムったら、どうしてあんな言い方をするの。絶対に勘違いされたわ」
「良いんじゃない別に、アンゼーナ様も嬉しそうだったし」
「それはそうだけど…」
 まあいいか次に会った時にでも否定しよう、あわよくばイーグルがいかに賢い猫鷹であるかをお話しよう。そんなことを考えて、この時直ぐにアンゼーナにイーグルの事を説明しなかった事をミネルヴァは三日ほど経ってから後悔することになる。後悔先に立たずとは全くその通りの言葉である。
 フランセスカの家に遊びに来て、客間でお茶を飲みながら、ミネルヴァは僅かにげんなりした様で溜息を吐いた。
「こんなに直ぐ噂が広まるなんて…」
「社交シーズンですもの」
 ミネルヴァは、三日前に王家主催の夜会に出席した後、明日の母ライネッツ公爵主催の夜会に出席するまで特に何処の会にも出席していない。だから知らなかった。
 公爵令嬢ミネルヴァには彼女に忠誠を誓った騎士が居る。騎士はイーグルという名で、鷹の目のような金色の瞳をした美丈夫だという。王太子の婚約者だった時分から尽くしてきた忠節の臣であり、心傷付いた彼女を慰めた心の盾にして、その後の彼女の身を守る剣。更には、グリッツ公爵の試練に耐え見事ミネルヴァとの婚約を勝ち取っただの、いやいや今はまだ身分違いを埋めるための功を稼いでいる時だだの、いったいお前等は何処で何を見聞きしてきたんだ、と訊きたくなる噂が流れているというのだ。
「三日で付くにはあまりに尾ひれが大きすぎない?」
「想像力が豊かよね、皆様。私は、金色の鷹の目って存外円らで可愛らしいわって言っただけですのに」
「セス………」
 ブルータスお前もか、というネタが通じるならばそう言ったが、通じないので呆然とフランセスカを呼んで押し黙る。
「いいじゃない別に、誰憚る事もないのだし」
「そうだけど…」
「そうよ。それより、これは良い機会だと思いましょう」
「何の?」
「脱箱入り娘ですわ」
「………」
 びしり、と指を立てて見つめられ、つい指先を見つめてしまう。
(あら、フランセスカって渦状紋だわ、綺麗な渦巻きね)
 ついそんな事を考えたのは、フランセスカに突きつけられた箱入り娘という事実から目を逸らしたかったからだ。何事にも頑張って取り込んできたミネルヴァだが、最近はちょっとお休みモードを覚えてしまい、辛いことからはまずそっと目を背ける癖が付いたのである。
(でも、本当に、このままじゃ駄目よね)
 とはいえ、やらなければならない事を怠ろうとは思っていない。肩の力は抜いて、ただしお腹に力を込めて、すぅと息を吸い込んで気合を入れた。
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