悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

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第一章:まずは、スタートラインに立つために。

7.いいえ鳥です

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 近付く間にベルの音は止んでいたが、引き返しはせずに向かい。到着すると、そこには袋を手に立つ庭師のランと、キール、侍女長が立っていた。
「鳥は無事なの?」
「骨は折れておらんようですがあんまり暴れるもんで羽が折れてしまってます。生え換わるまで上手くは飛べんでしょうな」
「まぁ………ねぇ、ラン、その鳥の世話は私でも出来るかしら?」
「お嬢様? 何をおっしゃるのですか」
 ポツリと呟くミネルヴァの言葉に、真っ先に反応したのは侍女長だった。
「だって、私の滞在中に怪我をさせてしまったのだもの、助けたいわ」
「世話などやる気があれば誰にもできますよ。儂も手伝いましょう」
「ありがとう」
 ミネルヴァの言葉に侍女長は黙り、ランは皺の多い顔を笑顔にして助力を申し出てくれた。
 こうして鳥の世話を始めたミネルヴァだったが、その道のりは中々に過酷であった。
(考えが甘かった。雀の世話をするのとは全然違ったわ…)
 彼女の目の前には、全長三十センチ程の猛禽類が居る。猫鷹と呼ばれる小型の鷹である。全体を光沢のある濃い灰色の羽が覆い、腹の方に薄い灰色の羽で模様がある。
 今は、ランが作ってくれた止まり木に、アニーラお手製の目隠しと足枷をして大人しく止まっている。
 初めてその名を聞いた時は、ウミネコのように鳴くのかと思ったが、その由来は彼女の予想とはだいぶ異なった。
 この猫鷹は、近隣海岸沿いに生息域があるのだが、人馴れしやすく、ネズミ取りの名手であるらしい。内陸部でネズミ対策に猫を飼うように、この近辺や船などで、猫の代わりにネズミ取りの任を請け負っているのがこの鷹なのだ。
 そのため、ランが世話の仕方を心得ていたし、猫鷹の方もどうやら人に世話されていた時期があったようで、落ち着いてからは人の手からでも餌を食べたので、かなり飼育しやすい状態ではあったのだが。
(餌は新鮮な生肉じゃなきゃだものねー…)
 生きたままのネズミをランに見せられた時は、ちょっと引いてしまった。正直ミネルヴァだったら卒倒していたのではないかと思う。
 更にランは、世話をすると言ったのはお嬢様です、と言ってリーネアッラが代わろうとするのを止めた。
 ランはそんなにスパルタな人だったのか、と面食らったものの、彼女は気合を入れ直してはっきり頷く。
「もちろんよ! この子の世話は私がします!」
 そして、彼女は手の中でジージーと騒ぐネズミを絞めたのだ。生来の白い顔を青くしながら作った生肉は、猫鷹がもりもりと食べてくれ、報われたような思いで彼女はなんとか顔色を白く戻せたのだった。
 だが、当然ながら侍女長とリーネアッラは、ランに猛抗議だ。ビンスとキールも理解できなくはないが必要とは思えない、という態度でランに詰め寄る二人を見ている。ヴァラドとアニーラはどちらに味方するでもなく成り行きを見守っていた。
 既にミネルヴァは寝室に居り、彼らのやりとりは知らぬ事だ。
「何故お嬢様にあんな真似をさせるのですか!」
「そうですよ! あんなにお顔色を悪くなさって…」
「あの猫鷹は巣立ったばかりの若いヤツだ。きっと人の飼ってる猫鷹の巣の産まれだろうな、人慣れしておった」
「話を逸らさないで下さい!」
「お嬢様はただでさえご心労を重ねておいでだと言うのに」
「だからだ。生き物の世話をすると人は心が落ち着くものだ。人と情けを通わせ易いものなら尚な」
「鳥の世話をお嬢様がなさる事に異論はございません! ただ! 餌の用意など私達がする事だと言っているのです!」
「それでは駄目だ。あれで良いんだ。あそこまで手をかけ世話をしてしまえば、お嬢様はあの鳥を見捨てられるような方ではなかろう。あれは言った通り若い。最低でもあと十年は生きるだろうな。それもあんなに甲斐甲斐しく世話をされればもう野生になど戻れん。あの鳥がおる限りお嬢様を繋ぐことだろう」
 ランの言葉にその場の全員が黙った。ミネルヴァが崖から身を投げた事は、少なくともこの場の全員が知っている。
 侍女長はまだ何か言いたげだったが、結局小さく頷いてその場を去った。
 翌々日。
 戻ってきたフランセスカにミネルヴァの身投げの件は伏せてリーネアッラが話したところ、
「それでああなってるのね? ふーん…ランも伊達に白眉なわけじゃないってことね。確かに、露骨に犬でも飼おうかとか勧めても断りそうだものねミーナは。飛び込んできた鳥を利用するだなんて、ランもなかなかやるわ」
と、楽しそうに笑った。
「それで? 名前は何ていうの? あの猫鷹」
「いえ、まだ決まってません。その、お嬢様は、まだ野生に戻す気でいらっしゃるので」
「そう、今はまだ様子見ってことなのね」
 もう絶対情が移ってますわ、とは口にせず、猫鷹に餌をやるミネルヴァを嬉しそうに見つめるフランセスカであった。
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