とある隠密の受難

nionea

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 ひとしきり、見た目の特徴に出会いから交わした会話まで、惚気られた気がしつつも大人しく聞いた。
 本人としては真剣であるのが解るので、無碍に断るのも気が引けたため、
「どれほどお力になれるかはわかりませんが、尽力させていただきます」
と、お茶を濁したミツマの返答で、場は解散した。
 色々話を聞かされた結果、ミツマの中でぼんやりと思っていることがある。
(件の男って、隠密じゃないか…?)
 外見的特徴が無く、更には地域、職業を転々としているようなのだ。カシオニアの魅力的な人物という評が欲目でなかった場合、色恋沙汰などで一所に留まれない可能性もあるが、シィレーナが一度とはいえ見ているのに思い出せていないあたり欲目だと思われる。
(王太子が男に一目惚れか…報告するべきかな………あ、でも、考えてみればフツイさんが解ってるんじゃないか? 今王太子の宮も観察対象だよな)
 再び先輩隠密に手紙を書こうと考えつつ、ミツマが席を立つ。天井裏に帰る前にリーグクラットに魔法の効果を確認しようと口を開きかけたが、手を掴まれたので言葉は発せなかった。
「話を聞いていて思ったのだが、兄の相手というのは隠密ではないのか?」
「………」
 ミツマだって考えた、至極単純な推察である。だが、カシオニアやシィレーナが微塵も考えていなかったように、リーグクラットもそんな常識的な推察はしないと思っていたのだ。
(あ…驚きすぎて返事すんの忘れてた)
 とっさに返事を忘れて沈黙してしまうと、リーグクラットの眉が寄った。不機嫌そうなその顔に返答をする前に手が伸びてきて、覆面を剥がそうとする。
「なんですか?!」
「顔が見えない」
「当たり前ですよ」
 そのための覆面である。
「俺も、先ほどの話は隠密である可能性を感じました。雇用目録と照らし合わせて確認してみてはいかがですか!」
 リーグクラットの手が止まり、なるほど、と呟いて踵を返した。
 出て行く背中を目で追って、扉がしまって直ぐに天井裏へ戻ってその後を追う。観察対象が移動するなら追わなくてはならない。
(効果聞きそびれたしっ…!)
 折角の好機を逃した悔しさに涙が滲むが、覆面が吸ってくれた。移動しながらフツイへ一連の報告と情報を知っているかという質問の文を書く。てっきりその辺で文官でもつかまえるのだと思っていたリーグクラットが、直接カシオニアに進言するため春宮へ向かったため、ミツマもその手紙をフツイに直接渡せた。フツイは正宮へ移動するところだったのでぎりぎりではあったが。
(だから、なんで第二王子が直接動くんだよぉ…)
 結局、誰かに命じればいいのに雇用目録と人物の確認のためにリーグクラットが動き、ミツマは一日中その様子を追うことになった。無論、不特定多数と会うために動き回るリーグクラットに指輪の効果を尋ねる隙など無い。
 正式に雇用している人間の中に該当する人物が居ない事が判明し、男が隠密である可能性がほぼ確定になったのは、夕方近く。夕食をカシオニアと共にとるリーグクラットを観察していると、場所が春宮であったためフツイと話す機会を得た。いや、流石に声を出して会話をするのは難しいので筆談だが。
「件の男はこちらで把握しいますよ。隠密で間違いありません。第一王子に報告しますか?」
「いえ、別に報告する気は無いです。ちょっと気の毒だなと思ったので協力するフリをしただけなので」
「そうですか」
「本当になんというか、キョートウ国は規格外ですね。俺、無事に交代できるのか不安で」
「私も心配です。一足先に暇になるので」
「交代ですか?」
「ええ。今回の事は頭に話しておきますから、交代人員は対策のとれる者が来ると思います」
「ありがとうございます」
「いえ、あまりお力になれず」
「そんな事ないですご助言本当に助かりました」
「良かった」
 フツイの交代に、一抹の不安と寂しさを抱きつつ、ミツマは食事を終えたリーグクラットの動きに合わせて離宮へ戻る。一年近く過ごしている離宮の天井裏だ、心持ち落ち着くのは慣れる人の性だから仕方がない。
(あと四日…)
 フツイが頭に報告してくれる事は心強い。正直自分の報告書だけでは不安だった。後は、対策の取れる人員が早急に来てくれれば言うことなしだろう。
 そうした訳で、ミツマの精神には余裕があった。もし、これが昨日のような混乱した状態であったら、勝てないと解っているのにリーグクラットに殴りかかっていたかもしれない。
「大丈夫か!?」
 つい昨日湯船に呼び出す気はなかったとか謝っていたのに、再び同じ目に合わされたのだから。正直怒りしかない。だが、今はそれよりも切迫した事態がある。
「はぁ…はぁ…」
 ミツマは今日覆面状態で天井裏にいたのだ。そんな状態で湯船に呼び出されると人はどうなるだろう。当然、布製の覆面にお湯がしみる。頑張ってお湯の上に顔を出せても、濡れた布を必死にはがさねば呼吸はできない。
 口と鼻を覆っている布を首元に下げ、リーグクラットの腕の中でミツマは荒く息をする。全く大丈夫ではないが、そう怒鳴る気にもならない。
「どういう、ことですか?」
 非難を込めて問いかければ、リーグクラット自身も困惑した顔で呼び出すつもりではなかった、と答えるのだった。
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