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ミツマの祈りが通じたのか、笑顔で彼に跨っているリーグクラットの寝室の扉がノックされた。
「なんだ?」
声を張り上げるリーグクラットの手は一切緩まなかったが。
(待て、待て待て、待てっ! 冗談だろ! 応えた!? 普通に応えた?! 入ってくるって事じゃないかそれ!!)
騎士からミツマの姿はリーグクラットの体に隠れてほとんど見えていない。それは、ミツマ自身も扉の方が見えない事で理解しているが、絶対に顔を見られないようにせねば、と必死で首を横に向ける。
ミツマが冷や汗をかいている上で、全く気にした様子の無いリーグクラットは入って来た側近の騎士を見もせずに、緊張で固まるミツマを見下ろしてにやりと笑った。
「…殿下?」
リーグクラットは、状況に気付き戸惑いの声を上げる騎士へ、相変わらず振り向きもせずに声をかける。
「急用ならそこで言え、聞いている」
「はっ。実は、昼前の隠密ですが、未だに発見に至っておりません。ですので、本日は寝室を移動いただきたく、進言に参りました」
「不要だな。そもそもあの隠密も探さなくて良いと俺は命じたが?」
「然様でございますが、探さないという訳には………」
「不要だ! 探索も移動も。要件がそれだけならもう下がれ」
「はっ! 畏まりました」
(簡単に畏まるなよ! 重要事態だろうが! 下がるなよ。どっか連れてけよこの猛獣を!)
ミツマの心の叫びは届かず、側近はあっさりと部屋を出て行った。
王位継承権は第三位で、立太子もされてなければ、堂々と王にならないと公言しているとはいえ、第二王子である。紛れもなく正室が産んだ王族である。だというのに、この無警戒さ、無慎重さ、キョートウ国の王族に対する理解不能さにミツマは内心で荒らぶる神の様な激情でリーグクラットに殴りかかった。現実には歯を食いしばる事がせいぜいだったが。
「ぶっ、はっくくく」
不愉快な事に自分の上から堪え切れないというように笑い声が降って来た気がした。全くの事実だったが、ミツマとしては認め難い。
苦虫を噛みつぶしたような顔で横を向き続ける姿を見下ろしていたリーグクラットの笑いは一向に収まらない。
笑い過ぎて体が丸まったリーグクラットの頭が下がり、肩口から一房その美しい銀髪が落ちる。ひやりとした髪が鎖骨の下に当たり、びくりとミツマが震える。
その震えを感じて、ようやくリーグクラットが笑い声を収めた。
ミツマとしては、そっと向けた視線の先で猛獣が牙をむくのが解り、いっそずっと笑っていてくれて良いと手のひらを返したかったのだが、時既に遅しである。
「悪いな、笑って」
「いえ、どうぞ、続けて下さい」
謝罪など不要なのでどうぞ好きなだけ笑い続けて、いっそ笑い転げて、どいて下さい。ミツマはそんな気持ちでいっぱいだ。
「いいのか? 続けて…?」
ぐっと腕立ての要領で身を落としたリーグクラットはミツマの耳元で囁きかける。
その声に含まれる不意に当たった髪などとは比べるまでもないものにぞくりと身を震わせて、ミツマは己の不用意な発言にもういっそ泣きそうになった。
(違う! そうじゃない! そうじゃない!)
否定を叫びたかったが、何かを言う事がもう怖ろしくて堪らない。
「なぁ?」
「………いえ、あの」
「いい加減名前を教えてくれないか?」
「………」
しどろもどろになって視線を泳がせていたミツマに、苦笑を浮かべたリーグクラットが訊いた。
(なんか、前も言ってたな…)
そう思ったが、ミツマとしては答えようがない。隠密たるもの名前を易々と話せるか、というのも勿論あるが、そもそもミツマには名前が無い。ミツマというのは、『ミ』組『の』『マ』番、というノキバにおける人員管理の通し番号だ。現にこの城に来るまではヤツリと呼ばれていた。
答えようはなかったが、どうやらからかっているだけで名前も知らない相手を手篭めにする気は無いらしいのが察せられ、ミツマは冷静になれる。
「あー…手を、放してもらえませんか?」
「そうしたいのだがな…逃げるだろう?」
「いえ、逃げる気はないので、放して下さい」
「解った」
リーグクラットが手を自由にしてくれる、ついでに上体も上げてはくれたが、腰のあたりに跨っている状況は改善されなかった。
「あの…ついでにどいてもらいたいんですが」
肘をついて少し身を起こしつつ、リーグクラットの膝に踏まれている乾布を少し引いて訴える。少し考えるような間が有ったが、リーグクラットは退いた。ついでに寝台を下りて水差しへ歩いていく。
乾布を引っ被りつつ、落としてしまった下男服を漁る。一先ず下着と下履きを身に着けていると、背後に近づいて来る気配を感じる。
「飲むか?」
「…いえ、結構です」
声に首を捻れば、水を入れたグラスが差し出されていた。正直喉は乾いていたが、断って、下男服の上着を身に着ける。
水を断られたリーグクラットは寝台脇の棚にグラスを置き、寝台に腰掛けながら下男服を着込むミツマを見ていた。
「なんだ?」
声を張り上げるリーグクラットの手は一切緩まなかったが。
(待て、待て待て、待てっ! 冗談だろ! 応えた!? 普通に応えた?! 入ってくるって事じゃないかそれ!!)
騎士からミツマの姿はリーグクラットの体に隠れてほとんど見えていない。それは、ミツマ自身も扉の方が見えない事で理解しているが、絶対に顔を見られないようにせねば、と必死で首を横に向ける。
ミツマが冷や汗をかいている上で、全く気にした様子の無いリーグクラットは入って来た側近の騎士を見もせずに、緊張で固まるミツマを見下ろしてにやりと笑った。
「…殿下?」
リーグクラットは、状況に気付き戸惑いの声を上げる騎士へ、相変わらず振り向きもせずに声をかける。
「急用ならそこで言え、聞いている」
「はっ。実は、昼前の隠密ですが、未だに発見に至っておりません。ですので、本日は寝室を移動いただきたく、進言に参りました」
「不要だな。そもそもあの隠密も探さなくて良いと俺は命じたが?」
「然様でございますが、探さないという訳には………」
「不要だ! 探索も移動も。要件がそれだけならもう下がれ」
「はっ! 畏まりました」
(簡単に畏まるなよ! 重要事態だろうが! 下がるなよ。どっか連れてけよこの猛獣を!)
ミツマの心の叫びは届かず、側近はあっさりと部屋を出て行った。
王位継承権は第三位で、立太子もされてなければ、堂々と王にならないと公言しているとはいえ、第二王子である。紛れもなく正室が産んだ王族である。だというのに、この無警戒さ、無慎重さ、キョートウ国の王族に対する理解不能さにミツマは内心で荒らぶる神の様な激情でリーグクラットに殴りかかった。現実には歯を食いしばる事がせいぜいだったが。
「ぶっ、はっくくく」
不愉快な事に自分の上から堪え切れないというように笑い声が降って来た気がした。全くの事実だったが、ミツマとしては認め難い。
苦虫を噛みつぶしたような顔で横を向き続ける姿を見下ろしていたリーグクラットの笑いは一向に収まらない。
笑い過ぎて体が丸まったリーグクラットの頭が下がり、肩口から一房その美しい銀髪が落ちる。ひやりとした髪が鎖骨の下に当たり、びくりとミツマが震える。
その震えを感じて、ようやくリーグクラットが笑い声を収めた。
ミツマとしては、そっと向けた視線の先で猛獣が牙をむくのが解り、いっそずっと笑っていてくれて良いと手のひらを返したかったのだが、時既に遅しである。
「悪いな、笑って」
「いえ、どうぞ、続けて下さい」
謝罪など不要なのでどうぞ好きなだけ笑い続けて、いっそ笑い転げて、どいて下さい。ミツマはそんな気持ちでいっぱいだ。
「いいのか? 続けて…?」
ぐっと腕立ての要領で身を落としたリーグクラットはミツマの耳元で囁きかける。
その声に含まれる不意に当たった髪などとは比べるまでもないものにぞくりと身を震わせて、ミツマは己の不用意な発言にもういっそ泣きそうになった。
(違う! そうじゃない! そうじゃない!)
否定を叫びたかったが、何かを言う事がもう怖ろしくて堪らない。
「なぁ?」
「………いえ、あの」
「いい加減名前を教えてくれないか?」
「………」
しどろもどろになって視線を泳がせていたミツマに、苦笑を浮かべたリーグクラットが訊いた。
(なんか、前も言ってたな…)
そう思ったが、ミツマとしては答えようがない。隠密たるもの名前を易々と話せるか、というのも勿論あるが、そもそもミツマには名前が無い。ミツマというのは、『ミ』組『の』『マ』番、というノキバにおける人員管理の通し番号だ。現にこの城に来るまではヤツリと呼ばれていた。
答えようはなかったが、どうやらからかっているだけで名前も知らない相手を手篭めにする気は無いらしいのが察せられ、ミツマは冷静になれる。
「あー…手を、放してもらえませんか?」
「そうしたいのだがな…逃げるだろう?」
「いえ、逃げる気はないので、放して下さい」
「解った」
リーグクラットが手を自由にしてくれる、ついでに上体も上げてはくれたが、腰のあたりに跨っている状況は改善されなかった。
「あの…ついでにどいてもらいたいんですが」
肘をついて少し身を起こしつつ、リーグクラットの膝に踏まれている乾布を少し引いて訴える。少し考えるような間が有ったが、リーグクラットは退いた。ついでに寝台を下りて水差しへ歩いていく。
乾布を引っ被りつつ、落としてしまった下男服を漁る。一先ず下着と下履きを身に着けていると、背後に近づいて来る気配を感じる。
「飲むか?」
「…いえ、結構です」
声に首を捻れば、水を入れたグラスが差し出されていた。正直喉は乾いていたが、断って、下男服の上着を身に着ける。
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