とある隠密の受難

nionea

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 ここで少し、ミツマの所属する組織や、その組織が在る国ならびに状況について触れよう。
 数々の隠密を育成保有している組織、名はノキバ。モラル大陸の東部にあるキョーナン国で、国王直属の組織として存在している。
 設立は、今からさかのぼる事百五十年前。当時のキョーナン国国王が、情報に重きを置き、組織させた。当時金を払って情報を買う事は有っても、情報収集のみを専門にする組織は周辺諸国を見回しても存在しておらず、この国王は性格は悪いが実に傑物であった。
 ノキバ設立以降、キョーナン国は連戦連勝、西側に向かってその国土を五割増しとした。当然周辺国も情報収集の重要性に気付き、組織作りに乗り出すが、時既に遅し。後から設立される組織はすべてノキバに把握され、今となってはノキバに知られずに情報収集する事など不可能となっていた。
 そんなノキバ有するキョーナン国と停戦状態にあるキョートウ国。それはつまり、一時は戦争状態であったという事だ。
 国土の南を天の壁とも呼ばれる人類未踏の山脈に塞がれているキョーナン国は、情報力を駆使してまず西に勢力を伸ばし、結局、国境の西端も山脈となった。もはや、国土を広げる方向は北か東しかなかった。
 だが、キョーナン国の北には東部最大強国キョーオウ国とそのキョーオウ国の庇護下にある国で占められている。どれほど情報力に優れようと、国力の差は覆しがたい。というか、情報を正しく収集した成果として、北部侵攻は不可能と判断された。
 そして始まったのがキョーナン国の東部侵攻であり、行き着く先はキョートウ国との戦争というわけだ。
 ノキバを作った王は既に去り、彼の孫が治めていた時代。ここでキョーナン国は幾つかの間違いを犯した。その中でも大きなものが、キョートウ国を治める王家の人間が、どういう種類の人間かを見誤った事だろう。
 情報戦のじの字も知らないようなキョートウ国は、キョーナン国に作戦行動の全てが漏れていた。そうであるにも関わらず、キョーナン国は連戦連敗を喫し、敗走するに至ったのだ。
 後にキョーナン国の将軍達は語る。
「あんなの人間じゃない」
 当時キョートウ国の軍隊を率いていたのは、国王の弟妹からなる八将軍と呼ばれる人物達だった。
 彼等は、事前に得た作戦の裏をかけるようにキョーナン国が軍を配置し待ち構えていると、その眼前で突如停止し、方向転換し、戦場から消え、かと思えば、奇襲をかけるためタイミングを計っていたその後から襲い掛かってきたりした。
 事前に収集した情報が間違っているのではない。
 キョートウ国の王家の血を引く将軍達は、まるで野生動物のような鋭敏な感覚を持っているのだ。しかも、罠を張って待ち構える場のおかしな空気に即座に気付き、反射的に対抗策を練り上げ独断で動けるだけではない。その事前の作戦を全く無視する動きに、何の不平も疑問も抱かせず兵を従わせる事ができる求心力もあるのだ。
 その場で即断即決し一糸乱れぬ行軍を展開する軍を相手に事前情報など、糠に打ち付ける釘のようなものだった。
 結果、キョーナン国とキョートウ国の停戦条約の締結と相成った。
 ちなみに、この本来何も得る物が無いはずの被侵略戦争を契機に、キョートウ国は北に領土を拡大した。正確には、ほぼ同国のような同盟国を得た。
 まだ戦時中の事だ。キョートウ国の眼がキョーナン国に向いている間に、キョートウ国の同盟国であったショウトウ国が、隣国のキョーボク国に襲われた。もっとも、この同盟国の危機は、前線に出ていなかったキョートウ国王自らが赴き、難を退ける事で回避された。そして、その際、ショウトウ国王に見初められ、王配として望まれ、国王はそれに応えたのだ。キョートウ国王の座を弟に譲り、ショウトウ国王の王配としてやって来た。
 まさか、国難を救った英雄が、自らの地位を捨て、自国の王と結婚してくれるなど。ショウトウ国の国民はこの慶事を深く喜んだ。以降、ショウトウ国国民はキョートウ国に深い近親の情を持ち、元々文化的にも似ていた事もあり、気付けば国境の砦が無くなり、関税が無くなり、王家のみならず領民同士の血も深く交わる事になっていったのだ。
 停戦条約の締結後、再度作戦を練り直していたキョーナン国としては顔面蒼白の事態だ。元々勝てずに困っていた国が、更に国力を上げたのだから、再戦の策など思いつきようがない。
 しかも、キョーボク国に余計な真似をしやがってと文句を言いたくても言えない。もはや、お解りだろう。ショウトウ国へ攻め込むなら今がチャンスだと囁いたのはキョーナン国だったのだ。
 こうしてキョーナン国と、その天敵のような存在のキョートウ国は、年に数回使者のやり取りをする仲となった。
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