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ミツマは、キョーナン国の隠密である。親は居ないが、子拐いにあった訳ではなく、隠密だった両親の間に産まれた生粋の隠密だった。ちなみに両親は五歳の頃、仕事中に落命している。
今は、キョーナン国とは停戦状態にある隣国、キョートウ国に潜入中だ。
(有効範囲が解らないがとりあえず離れるか)
壁裏に入り込んでから、天井裏に上がり込み、先ほどまで居た謁見の間からひたすら離れるように移動する。潜入して一年になるという言葉に嘘はなかった。もはや勝手知ったる他人の城の天井裏である。一番離れた出入り可能な場所まで来て、止まる。
(さっきの今だからな)
気配を窺うと、城の周りを兵士が巡回しているのが解った。普段の動きとは違う。
(有効範囲外に出れたかどうか解んないし、ただ出てくのも悪手だよな)
しばらく思案しつつ、顔覆いや頭巾を外して、背負い袋から城勤の下男の服を出して着替える。気配の途切れた瞬間を狙って、城の天井裏から抜け出す。人目を避けつつ移動を繰り返し、あとは城の外壁を越えるだけ、というところまで来た。
(また引きずり出されないあたり、有効範囲からは出られたか?)
若殿様、もとい、キョートウ国国王の次男にして王位継承権第三位の男リーグクラット第二王子の客間を出てから、すでに二時間ほどになる。
(本当に魔法なのかも解らないが、有効範囲は存在している、のか? というか、魔法だとして何属性のなんて魔法なんだ。新魔法の開発とかだとしたら今後の戦にもだいぶ影響が出るぞ…)
陽が傾き、赤く色付き始めた中、城壁近くの木の上で座り込んで、ミツマは完全に陽が沈むのを待っていた。
自分の身に起きた事象の原因が何も解っていない状況で帰還する事に抵抗が無い訳ではないが、隠密を突然衆目の下に引きずり出すような魔法が開発されているのだとすれば、魔法対策を何もしていないまま居続ける方が危険である。
(魔法抵抗の高いヤツか、魔道具の類を持ってるヤツと変わった方が…ん?)
気配を伺いつつも、傍に人気が無かったため木にもたれる様にしていたミツマは、一瞬にして自分の状況が変わった事を悟った。今日だけで二度目ともなれば、悟れないはずもない。だが、一度目とは状況が違い過ぎて咄嗟に何も行動を起こす事はできなかった。
「ふむ」
硬く自分を支えてくれいてた木が突然体温を持った人体に取って代わるなど、誰が思うというのか。しかも、胡座をかいた足の上に収まった事で腰が落ちてしまい、体制的に動きようがない。その上背後から伸びてきた腕がしっかりと腹に回されて、完全に捕まってしまった。
「先ほどの隠密だな」
頭の後ろから聞こえる声は、聞き間違いようもなく、リーグクラットのものである。顔を自分の方に向けようとおとがいを掴む手を抑えて、背後を振り向かずに済むよう抵抗する。視線を走らせて状況を確認すると、場所はリーグクラットの寝室で、寝台の端に胡座をかいて座っていた彼の上に引きずり出されたようだ。気配を探っても、他に人気は無い。
(有効範囲外に出れたんじゃないのか、くそっ! とにかく顔を見られる前にさっさと退散しないと)
逃れようともがくが、武闘派で知られた男の膂力は、到底振り解ける気配が無かった。
(終わった…結構探れてたと思ったのに、新魔法の開発にもろくに気付かなかった上にあっさり捕まったとか、隠密としても終わってるし、人生も終わった…あぁ、もう、最悪だ…)
力を入れても、緩めても、拘束に変化はない。そもそも体制が悪すぎて、隙を突いて逃げ出せる気がしない。
「何だ、もう抵抗しないのか?」
隙を突くためではなく、完全に諦めから力を抜くと、背後の声が楽しそうに問いかけてきた。
「心配するな、お前を拷問にかける気なぞ無い。この指輪が何か解るか?」
意味の解らない発言と、筋道の見えない質問に困惑しながらも、示された指輪を見つめる。おとがいを掴んでいた左手の人差し指に、梅がモチーフの金色の指輪が嵌っている。
梅は、キョートウ国王家の象徴であるため、王家の人間はだいたい梅をモチーフにした衣服や装飾品の類を身に着けている。古さを感じさせる作りなので、相続されている品なのだろうとは思うが、それ以外には特に感想は浮かばない。
(魔石が仕込まれていないし、魔道具ではないだろうし、何が言いたいんだ…いや、もしかして、魔道具なのか…魔石を用いない魔道具)
目の前に示されている指輪の価値を想像し、思わず生唾を飲み込む。その驚き様がよほど面白かったのか、背後から笑い声が聞こえてきた。
魔道具を魔道具足らしめる物こそ、魔石と呼ばれる魔力を放出する石の存在だ。国の強弱や戦争の勝敗を左右する、この世で最も価値のある資源。もし、魔石を必要としない魔道具が開発されたのだとすれば、それは、世界を一変させる。
(知らせないと…現物は無理だろうが、欠片でも情報を!)
拷問にかけるつもりがないという言葉を信じた訳ではないし、何を考えているのか解らない相手だが、目の前の指輪の情報を何としても手に入れ、隙を見て本国に伝えなければ。ミツマは固く決意した。
今は、キョーナン国とは停戦状態にある隣国、キョートウ国に潜入中だ。
(有効範囲が解らないがとりあえず離れるか)
壁裏に入り込んでから、天井裏に上がり込み、先ほどまで居た謁見の間からひたすら離れるように移動する。潜入して一年になるという言葉に嘘はなかった。もはや勝手知ったる他人の城の天井裏である。一番離れた出入り可能な場所まで来て、止まる。
(さっきの今だからな)
気配を窺うと、城の周りを兵士が巡回しているのが解った。普段の動きとは違う。
(有効範囲外に出れたかどうか解んないし、ただ出てくのも悪手だよな)
しばらく思案しつつ、顔覆いや頭巾を外して、背負い袋から城勤の下男の服を出して着替える。気配の途切れた瞬間を狙って、城の天井裏から抜け出す。人目を避けつつ移動を繰り返し、あとは城の外壁を越えるだけ、というところまで来た。
(また引きずり出されないあたり、有効範囲からは出られたか?)
若殿様、もとい、キョートウ国国王の次男にして王位継承権第三位の男リーグクラット第二王子の客間を出てから、すでに二時間ほどになる。
(本当に魔法なのかも解らないが、有効範囲は存在している、のか? というか、魔法だとして何属性のなんて魔法なんだ。新魔法の開発とかだとしたら今後の戦にもだいぶ影響が出るぞ…)
陽が傾き、赤く色付き始めた中、城壁近くの木の上で座り込んで、ミツマは完全に陽が沈むのを待っていた。
自分の身に起きた事象の原因が何も解っていない状況で帰還する事に抵抗が無い訳ではないが、隠密を突然衆目の下に引きずり出すような魔法が開発されているのだとすれば、魔法対策を何もしていないまま居続ける方が危険である。
(魔法抵抗の高いヤツか、魔道具の類を持ってるヤツと変わった方が…ん?)
気配を伺いつつも、傍に人気が無かったため木にもたれる様にしていたミツマは、一瞬にして自分の状況が変わった事を悟った。今日だけで二度目ともなれば、悟れないはずもない。だが、一度目とは状況が違い過ぎて咄嗟に何も行動を起こす事はできなかった。
「ふむ」
硬く自分を支えてくれいてた木が突然体温を持った人体に取って代わるなど、誰が思うというのか。しかも、胡座をかいた足の上に収まった事で腰が落ちてしまい、体制的に動きようがない。その上背後から伸びてきた腕がしっかりと腹に回されて、完全に捕まってしまった。
「先ほどの隠密だな」
頭の後ろから聞こえる声は、聞き間違いようもなく、リーグクラットのものである。顔を自分の方に向けようとおとがいを掴む手を抑えて、背後を振り向かずに済むよう抵抗する。視線を走らせて状況を確認すると、場所はリーグクラットの寝室で、寝台の端に胡座をかいて座っていた彼の上に引きずり出されたようだ。気配を探っても、他に人気は無い。
(有効範囲外に出れたんじゃないのか、くそっ! とにかく顔を見られる前にさっさと退散しないと)
逃れようともがくが、武闘派で知られた男の膂力は、到底振り解ける気配が無かった。
(終わった…結構探れてたと思ったのに、新魔法の開発にもろくに気付かなかった上にあっさり捕まったとか、隠密としても終わってるし、人生も終わった…あぁ、もう、最悪だ…)
力を入れても、緩めても、拘束に変化はない。そもそも体制が悪すぎて、隙を突いて逃げ出せる気がしない。
「何だ、もう抵抗しないのか?」
隙を突くためではなく、完全に諦めから力を抜くと、背後の声が楽しそうに問いかけてきた。
「心配するな、お前を拷問にかける気なぞ無い。この指輪が何か解るか?」
意味の解らない発言と、筋道の見えない質問に困惑しながらも、示された指輪を見つめる。おとがいを掴んでいた左手の人差し指に、梅がモチーフの金色の指輪が嵌っている。
梅は、キョートウ国王家の象徴であるため、王家の人間はだいたい梅をモチーフにした衣服や装飾品の類を身に着けている。古さを感じさせる作りなので、相続されている品なのだろうとは思うが、それ以外には特に感想は浮かばない。
(魔石が仕込まれていないし、魔道具ではないだろうし、何が言いたいんだ…いや、もしかして、魔道具なのか…魔石を用いない魔道具)
目の前に示されている指輪の価値を想像し、思わず生唾を飲み込む。その驚き様がよほど面白かったのか、背後から笑い声が聞こえてきた。
魔道具を魔道具足らしめる物こそ、魔石と呼ばれる魔力を放出する石の存在だ。国の強弱や戦争の勝敗を左右する、この世で最も価値のある資源。もし、魔石を必要としない魔道具が開発されたのだとすれば、それは、世界を一変させる。
(知らせないと…現物は無理だろうが、欠片でも情報を!)
拷問にかけるつもりがないという言葉を信じた訳ではないし、何を考えているのか解らない相手だが、目の前の指輪の情報を何としても手に入れ、隙を見て本国に伝えなければ。ミツマは固く決意した。
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