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萬魔の王
自慰2
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王の不在を何もする事がない退屈な時間で実感しながら、ナークはずっと手紙が気になっていた。
子供達に頼めば、読んでもらえるだろう。そうでなくても、少なくとも護衛の二人のようにナークに好意的な魔族に頼んだって良いはずだ。城にいる魔族はもれなく文字を読み書きできると聞いている。誰でも良いから代わりに読んでもらえば、内容を知る事はできるのだ。
だが、どうしても手紙を開ける事ができない。
(せっかく、きれいだから)
手に取っては、そう考えて元に戻す。そんな事を日に何度も繰り返していた。
いつまで経っても開封されない手紙に気付いたのか、ナークの身の回りを世話している、小柄で青い肌をしたメイドが、開封器を手紙の横に置き、使い方を教えてくれた事もあった。寡黙で無表情だが、彼に不便がないように室内を整えてくれている優しいメイドである。
開封器を使えば、刻印の美しい封蝋を壊す事はない。
手紙を開けない言い訳が一つ消え、ナークは惑いながらも、ついに決心した。
王の帰還まではあと三日の昼下がり、いつものように午後の勉強のためにやや不満そうに去っていく子供達を見送ってから、寝室に戻って、手紙と開封器を手に取る。
難しい事は何もない。開封器の溝に封筒の端を当てて軽く挟んで滑らせるだけだ。
「あれ…?」
意を決して開封器を滑らせたのだが、一瞬失敗したのかと思った。それほど手ごたえもなく、封筒もそのままに見えたからだ。だが、よく見れば、封筒の端に綺麗な切れ込みが入っていた。
開封器を置いて、開いた封筒から手紙を取り出す。
「あ…」
ふわりと、王の香りがした。
発情を促す匂いとは違う、鬣に顔を埋めた時や、隣に並んでいる時等にふと香るものだ。体の奥をざわつかせる事の無い、柔らかな温もりと安堵を象徴する香り。
もっと感じたいと思って、鼻を近付けたが、残念ながら香りを感じたのは最初の一瞬だけだった。手紙からも封筒からも、紙とインクの香りしかしなかった。
何処か失望した気持ちで、溜息を吐きながら寝台に腰かける。
たたまれている手紙を開けば、濃い緑色のインクで文字は書かれていた。
「ナーク………はぁ」
自分の名前が書かれている事は解った、だが、それ以外はやはり読めない。
(解ってたのに)
自分でもどういう感情なのか掴めないが、涙が滲んで、ナークは手紙に額を押し当てながら寝台で丸くなる。涙が引っ込むまでそうして縮こまってから、ふと体から力を抜いた。
相変わらず横になったまま、手紙を枕元に置いた封筒の上にたたみ直して置く。
寂しいような、寒いような心地がして、自分で自分を抱き締めてみるが、温かさは変わらない。
(もっと…)
温かくなるためにはどうすれば良いのか、暑いほどの熱を感じる時を思い出して、ナークは手紙に視線を向ける。
ごくりと唾を飲み込む音が、自分の耳にもやけに大きく聞こえた。
服の上から、そっと手で触れる。
人間だった時は人並みにあった性欲だが、卵袋になってからはあまり実感する事がなくなった。しばしば王に抱かれていたせいもあるのだろうが、こうして十日以上何もなく過ごしていても、特別溜まっているとは思わない。今も、直接的な真似をしているのに、あまり激しい熱が盛り上がっては来なかった。
下履きを寛げて、両手で揉むように扱く。
「…っ………んっ…」
唇を噛み締めながら、刺激していくが、思うように熱が集まってはいかない。
(何で…)
体が違うのだとは解っているが、納得できず必死に手を動かす。ちらりと手紙に視線を向け、開けた瞬間の香りを思い出すが、その香りは穏やかな記憶と共にあって、あまり効果はなかった。
もっと、甘い匂いを思い出そうともするが、体の熱を焚きつけるような感覚は思い出せない。
「ナーク?」
それでも懸命に手を動かしていたが、不意に聞こえた声に、全身が硬直する。
「………」
恐々と視線を向ければ、人の姿をとった王が立っていた。
「え…」
思わず瞬いて、目をこするが、間違いなく寝台をのぞき込むように王が立っている。
「何で…!」
慌てて身を起こし、足元に畳まれている掛布を引き寄せた。前だけを隠すのも恥ずかしくて、頭から被るように全身を覆う。
「先ほど戻ったところだ」
子供達は勉強中で、ナークは部屋に居ると聞いて、王は戻ってすぐにここへ来たのだ。
「そうじゃなくて、戻るのは、もっと先だって」
「戻りを早めたのだ。報せは手紙で――」
「そんなの!」
王の言葉を遮るようにナークは声を上げた。書いて送った手紙を読んだのではないのか、とでも言うように王の視線が枕元を見ている。その事が、無性に胸を不愉快にぞわつかせた。
「読めないし!」
知っているはずなのにどうして手紙なんかで送って来たのかという腹立たしさが湧き上がる。
「ナーク?」
出かける前と何も変わらない王の、ナークの腹立たしさなど解りはしない姿に涙が滲んだ。掛布の陰で目元を擦って泣いている事を隠しながら、寝台を下りて王の体を押す。
「どうした? どこか――」
「何もないです! とにかく出ていってください!」
王は、ナークの力で押し出せる訳がないのだが、はっきりと言葉で出て行けと言われて居座ろうと思うほど彼を気遣えない訳ではなかった。様子のおかしさと、未だかつてない反応に戸惑い寝室の扉の向こうへ追いやられ、扉を閉められて、呆然と立ち尽くす。
「………ナーク?」
呼びかけるが、応えはない。
ドアノブに手をかけて、王はそのまま立ち尽くした。
子供達に頼めば、読んでもらえるだろう。そうでなくても、少なくとも護衛の二人のようにナークに好意的な魔族に頼んだって良いはずだ。城にいる魔族はもれなく文字を読み書きできると聞いている。誰でも良いから代わりに読んでもらえば、内容を知る事はできるのだ。
だが、どうしても手紙を開ける事ができない。
(せっかく、きれいだから)
手に取っては、そう考えて元に戻す。そんな事を日に何度も繰り返していた。
いつまで経っても開封されない手紙に気付いたのか、ナークの身の回りを世話している、小柄で青い肌をしたメイドが、開封器を手紙の横に置き、使い方を教えてくれた事もあった。寡黙で無表情だが、彼に不便がないように室内を整えてくれている優しいメイドである。
開封器を使えば、刻印の美しい封蝋を壊す事はない。
手紙を開けない言い訳が一つ消え、ナークは惑いながらも、ついに決心した。
王の帰還まではあと三日の昼下がり、いつものように午後の勉強のためにやや不満そうに去っていく子供達を見送ってから、寝室に戻って、手紙と開封器を手に取る。
難しい事は何もない。開封器の溝に封筒の端を当てて軽く挟んで滑らせるだけだ。
「あれ…?」
意を決して開封器を滑らせたのだが、一瞬失敗したのかと思った。それほど手ごたえもなく、封筒もそのままに見えたからだ。だが、よく見れば、封筒の端に綺麗な切れ込みが入っていた。
開封器を置いて、開いた封筒から手紙を取り出す。
「あ…」
ふわりと、王の香りがした。
発情を促す匂いとは違う、鬣に顔を埋めた時や、隣に並んでいる時等にふと香るものだ。体の奥をざわつかせる事の無い、柔らかな温もりと安堵を象徴する香り。
もっと感じたいと思って、鼻を近付けたが、残念ながら香りを感じたのは最初の一瞬だけだった。手紙からも封筒からも、紙とインクの香りしかしなかった。
何処か失望した気持ちで、溜息を吐きながら寝台に腰かける。
たたまれている手紙を開けば、濃い緑色のインクで文字は書かれていた。
「ナーク………はぁ」
自分の名前が書かれている事は解った、だが、それ以外はやはり読めない。
(解ってたのに)
自分でもどういう感情なのか掴めないが、涙が滲んで、ナークは手紙に額を押し当てながら寝台で丸くなる。涙が引っ込むまでそうして縮こまってから、ふと体から力を抜いた。
相変わらず横になったまま、手紙を枕元に置いた封筒の上にたたみ直して置く。
寂しいような、寒いような心地がして、自分で自分を抱き締めてみるが、温かさは変わらない。
(もっと…)
温かくなるためにはどうすれば良いのか、暑いほどの熱を感じる時を思い出して、ナークは手紙に視線を向ける。
ごくりと唾を飲み込む音が、自分の耳にもやけに大きく聞こえた。
服の上から、そっと手で触れる。
人間だった時は人並みにあった性欲だが、卵袋になってからはあまり実感する事がなくなった。しばしば王に抱かれていたせいもあるのだろうが、こうして十日以上何もなく過ごしていても、特別溜まっているとは思わない。今も、直接的な真似をしているのに、あまり激しい熱が盛り上がっては来なかった。
下履きを寛げて、両手で揉むように扱く。
「…っ………んっ…」
唇を噛み締めながら、刺激していくが、思うように熱が集まってはいかない。
(何で…)
体が違うのだとは解っているが、納得できず必死に手を動かす。ちらりと手紙に視線を向け、開けた瞬間の香りを思い出すが、その香りは穏やかな記憶と共にあって、あまり効果はなかった。
もっと、甘い匂いを思い出そうともするが、体の熱を焚きつけるような感覚は思い出せない。
「ナーク?」
それでも懸命に手を動かしていたが、不意に聞こえた声に、全身が硬直する。
「………」
恐々と視線を向ければ、人の姿をとった王が立っていた。
「え…」
思わず瞬いて、目をこするが、間違いなく寝台をのぞき込むように王が立っている。
「何で…!」
慌てて身を起こし、足元に畳まれている掛布を引き寄せた。前だけを隠すのも恥ずかしくて、頭から被るように全身を覆う。
「先ほど戻ったところだ」
子供達は勉強中で、ナークは部屋に居ると聞いて、王は戻ってすぐにここへ来たのだ。
「そうじゃなくて、戻るのは、もっと先だって」
「戻りを早めたのだ。報せは手紙で――」
「そんなの!」
王の言葉を遮るようにナークは声を上げた。書いて送った手紙を読んだのではないのか、とでも言うように王の視線が枕元を見ている。その事が、無性に胸を不愉快にぞわつかせた。
「読めないし!」
知っているはずなのにどうして手紙なんかで送って来たのかという腹立たしさが湧き上がる。
「ナーク?」
出かける前と何も変わらない王の、ナークの腹立たしさなど解りはしない姿に涙が滲んだ。掛布の陰で目元を擦って泣いている事を隠しながら、寝台を下りて王の体を押す。
「どうした? どこか――」
「何もないです! とにかく出ていってください!」
王は、ナークの力で押し出せる訳がないのだが、はっきりと言葉で出て行けと言われて居座ろうと思うほど彼を気遣えない訳ではなかった。様子のおかしさと、未だかつてない反応に戸惑い寝室の扉の向こうへ追いやられ、扉を閉められて、呆然と立ち尽くす。
「………ナーク?」
呼びかけるが、応えはない。
ドアノブに手をかけて、王はそのまま立ち尽くした。
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