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おまけ:挙式
4.歓迎
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馬車は道を滞りなく進み、職人が多い区画と騎士の居住区、そして、内堀を越える。更に騎士の訓練場と詰所を越え、城門とも言うべき物を潜り、中心部にあるイジェス家の居館へと辿り着いた。
無事にやって来た居館は、イジェス家の紋である剣と雪華が刺繍された旗が風に翻っている以外には貴族らしい飾り気は見当たらない、正に質実剛健の建物であった。
オークラントの領地にある貴族らしさを前面に出した邸とはあまりに違うそれに、馬車の中で目を見開いていたミスティは、エットの手を借りて馬車を降り、重々しい木製の扉の開いている向こうを見て、更にぽかんと口を開いてしまう。
そこには三人の男性が立っていた。しかも、ただでさえ大きいと思っているエットよりも背が高い。まるで人の壁だ。
「帰ったかエット!」
低い、腹の中に響くような声だった。
「ご無沙汰しております叔父上」
エットの返答に、ミスティは慌てて礼をしようとしたのだが、その体が側にやって来た影にふわりと持ち上げられる。
「え?」
自分がべったり付きっきりになる必要がなくなっていたため、本来の御者としての仕事を優先していたエリィネは荷下ろしを手伝っていて、三人の存在には気付いていたが、その様子には気付かない。
「君が我がイジェス家の女神だな!」
戸惑うミスティの視線の先には、エットによく似た、だが目尻の皺が目立つ男性が居た。
「はわ、あ、えっ?!」
小さな子供でもないのに高々と掲げ上げられて、ミスティは軽くパニック状態だ。
「お止めください父上!」
エットの制止に、すまんすまん、とあまり悪く思ってなさそうな口調と笑顔でミスティを下ろし、イジェス伯爵オルドは、その頭をふわふわと撫でた。
「誠に、春の女神だな。晴れやかな風を我が家に運んでくれた我が義娘殿には、本当に感謝しかない」
元は伯父とはいえ、実父と思い暮らしてきた父親にさえ、これほど優しい眼差しを向けられた事がないミスティは、寒さを忘れるほどぽかぽかと胸が温かくなる。その上、オルドはエットによく似ていた。十数年後にはエットはこうなるのだろうかと思えば、胸の温かさだけでなく頬が赤く染まる。
ミスティの反応に、慌てたエットは、彼女を背に庇うように間に入った。
「何だエット」
「妻は長距離の馬車旅は始めてで疲れていますので、とにかく早く室内に入りたいのですが」
「エットの言う通りですよ兄上。こんな寒い場所で女性を立たせておくものではありますまい」
ようやく会えた可愛い義娘との触れ合いを息子に邪魔され、不満そうなオルドだったが、テスァトの言葉に頷いて踵を返す。
「それはそうだな」
ちなみに、エットの『妻』という発言に内心が全て持っていかれたミスティは、イジェス家の男性陣がポンポンと会話を進めているのに、全くついていけていない。
「日向部屋を暖めてある」
直ぐにお茶も用意させよう、と歩き出したオルドはあっという間に遠ざかる。
テスァトと、結局一言も発さなかったが始終笑顔をミスティへ向けてくれていた青年、エットの弟であるクライドもそれに続いた。
(大変…!)
長い脚がスタスタと歩くその速度に、これは走らなければ追いつかないぞ、と、ぼうっとしていた自分を叱咤し気合を込めたミスティだったが、
「場所は解っているから。そんなに急ぐ必要はない」
と、傍らで手を取ったエットに言われた。
「は、はい」
旅の間に馴染んだゆったりとした歩調で、ミスティと共に歩き出す。
歩こうと思えばオルド達のように歩けるエットの、緩い歩調が嬉しくて、ミスティはふわふわと微笑み、時折思い出話に足を止めながら、日向部屋へ向かった。
無事にやって来た居館は、イジェス家の紋である剣と雪華が刺繍された旗が風に翻っている以外には貴族らしい飾り気は見当たらない、正に質実剛健の建物であった。
オークラントの領地にある貴族らしさを前面に出した邸とはあまりに違うそれに、馬車の中で目を見開いていたミスティは、エットの手を借りて馬車を降り、重々しい木製の扉の開いている向こうを見て、更にぽかんと口を開いてしまう。
そこには三人の男性が立っていた。しかも、ただでさえ大きいと思っているエットよりも背が高い。まるで人の壁だ。
「帰ったかエット!」
低い、腹の中に響くような声だった。
「ご無沙汰しております叔父上」
エットの返答に、ミスティは慌てて礼をしようとしたのだが、その体が側にやって来た影にふわりと持ち上げられる。
「え?」
自分がべったり付きっきりになる必要がなくなっていたため、本来の御者としての仕事を優先していたエリィネは荷下ろしを手伝っていて、三人の存在には気付いていたが、その様子には気付かない。
「君が我がイジェス家の女神だな!」
戸惑うミスティの視線の先には、エットによく似た、だが目尻の皺が目立つ男性が居た。
「はわ、あ、えっ?!」
小さな子供でもないのに高々と掲げ上げられて、ミスティは軽くパニック状態だ。
「お止めください父上!」
エットの制止に、すまんすまん、とあまり悪く思ってなさそうな口調と笑顔でミスティを下ろし、イジェス伯爵オルドは、その頭をふわふわと撫でた。
「誠に、春の女神だな。晴れやかな風を我が家に運んでくれた我が義娘殿には、本当に感謝しかない」
元は伯父とはいえ、実父と思い暮らしてきた父親にさえ、これほど優しい眼差しを向けられた事がないミスティは、寒さを忘れるほどぽかぽかと胸が温かくなる。その上、オルドはエットによく似ていた。十数年後にはエットはこうなるのだろうかと思えば、胸の温かさだけでなく頬が赤く染まる。
ミスティの反応に、慌てたエットは、彼女を背に庇うように間に入った。
「何だエット」
「妻は長距離の馬車旅は始めてで疲れていますので、とにかく早く室内に入りたいのですが」
「エットの言う通りですよ兄上。こんな寒い場所で女性を立たせておくものではありますまい」
ようやく会えた可愛い義娘との触れ合いを息子に邪魔され、不満そうなオルドだったが、テスァトの言葉に頷いて踵を返す。
「それはそうだな」
ちなみに、エットの『妻』という発言に内心が全て持っていかれたミスティは、イジェス家の男性陣がポンポンと会話を進めているのに、全くついていけていない。
「日向部屋を暖めてある」
直ぐにお茶も用意させよう、と歩き出したオルドはあっという間に遠ざかる。
テスァトと、結局一言も発さなかったが始終笑顔をミスティへ向けてくれていた青年、エットの弟であるクライドもそれに続いた。
(大変…!)
長い脚がスタスタと歩くその速度に、これは走らなければ追いつかないぞ、と、ぼうっとしていた自分を叱咤し気合を込めたミスティだったが、
「場所は解っているから。そんなに急ぐ必要はない」
と、傍らで手を取ったエットに言われた。
「は、はい」
旅の間に馴染んだゆったりとした歩調で、ミスティと共に歩き出す。
歩こうと思えばオルド達のように歩けるエットの、緩い歩調が嬉しくて、ミスティはふわふわと微笑み、時折思い出話に足を止めながら、日向部屋へ向かった。
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