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おまけ:挙式
2.館
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暖かさを確保するために密閉性が高いとは言え、空気が入らなければ人は窒息してしまう。
御者台で馬を走らせながら、エリィネは、主人とその伴侶が旅を始めてひと月近く経つというのに、飽きもせず仲睦まじいやり取りをしているのを、聞くともなしに聞いている。件の冬毛の狐は、エリィネにも見えていた。
(白いとは聞いていたが、本当に白いんだな)
獲物を見つけたらしくばっと飛び上がった肢体は、まさに雪と同じ白さであった。
「ん?」
少し坂になっているため、坂の向こうはよく見えない。だが、先行している馬車の窓からひらひらと赤い布を持った手が振られている。それは、前もって聞いていた減速の指示だ。車中へ影響が出ないよう、徐々に速度を落とし、ちょうど坂を登りきった所で停車する。
眼下には、雪に囲まれながらも緑豊かな庭を持つ、まるで城のような館が立っていた。
その威容に感心しながら踏み台を馬車の出入口へ持っていく。
一応誤解を解いた後は関係が改善したエリィネとエットの二人は、目礼を交わし合った。
踏み台がなくても問題のなさそうな機敏な動作でエットが降り、ふわふわとした綿毛織という防寒用のコートを纏ったミスティに手を差し出す。
嬉しそうにその手に手を重ね、一旦踏み台に降り、次いで地面へと降り立った。そのまま手を引かれて、ミスティは坂から、目的地であるイジェス家を内包する館を目にする。
「!」
ぽかんと口を開けてしまい、慌ててエットと繋いでいない手で覆う。口を閉じる事はできなかった。それほど、ミスティはその光景が衝撃だったのだ。地図は前もって見ていたが、実際に見ればその迫力はとてもではないが言葉に表せない。
六つの角を持つ星型の壁に囲われた、まるで城のような高い塔を持つ軍事要塞。その外壁は、白い雪の中でまるでそれを溶かす火のような、オレンジ色をしていた。内部は生活がし易いよう除雪構造があり、その雪の無い箇所の緑鮮やかな様が、本当に熱を持つ星がそこにあって、春が留まっているような錯覚をさせる。
「まるで雪中の煌星ですね」
「そうだな。この辺りの領民からは夕星館等と呼ばれている」
「素敵な呼び名ですね」
夕なに一等輝く星を表す呼び名に、ミスティは目を輝かせる。
「ああ」
自分自身も誇りに思っている呼び名を褒められ、エットはどこか子供のような満足気な笑みを浮かべた。
初めて見る表情につい見とれ、
(これからも、もっと色々な表情を見せてもらえるかしら)
と、淡い期待が心を過る。
見合いの場は知り合うにはあまりに短かった。行き違いが解決した今、これからは時をかけてでも深く知っていきたかった。
そして、
(この館も気に入ってくれたのだな。他にはどんなものが好きだろうか)
と、領内に入ってからというもの、全てにキラキラと輝く視線で興味を示すミスティを、同じ思いでエットも見つめていた。
もっとも、互いへの思いだけは似た者夫婦な二人の胸の内を理解しているのは、まだ、彼らの側に侍る侍従と御者だけなのだが。
御者台で馬を走らせながら、エリィネは、主人とその伴侶が旅を始めてひと月近く経つというのに、飽きもせず仲睦まじいやり取りをしているのを、聞くともなしに聞いている。件の冬毛の狐は、エリィネにも見えていた。
(白いとは聞いていたが、本当に白いんだな)
獲物を見つけたらしくばっと飛び上がった肢体は、まさに雪と同じ白さであった。
「ん?」
少し坂になっているため、坂の向こうはよく見えない。だが、先行している馬車の窓からひらひらと赤い布を持った手が振られている。それは、前もって聞いていた減速の指示だ。車中へ影響が出ないよう、徐々に速度を落とし、ちょうど坂を登りきった所で停車する。
眼下には、雪に囲まれながらも緑豊かな庭を持つ、まるで城のような館が立っていた。
その威容に感心しながら踏み台を馬車の出入口へ持っていく。
一応誤解を解いた後は関係が改善したエリィネとエットの二人は、目礼を交わし合った。
踏み台がなくても問題のなさそうな機敏な動作でエットが降り、ふわふわとした綿毛織という防寒用のコートを纏ったミスティに手を差し出す。
嬉しそうにその手に手を重ね、一旦踏み台に降り、次いで地面へと降り立った。そのまま手を引かれて、ミスティは坂から、目的地であるイジェス家を内包する館を目にする。
「!」
ぽかんと口を開けてしまい、慌ててエットと繋いでいない手で覆う。口を閉じる事はできなかった。それほど、ミスティはその光景が衝撃だったのだ。地図は前もって見ていたが、実際に見ればその迫力はとてもではないが言葉に表せない。
六つの角を持つ星型の壁に囲われた、まるで城のような高い塔を持つ軍事要塞。その外壁は、白い雪の中でまるでそれを溶かす火のような、オレンジ色をしていた。内部は生活がし易いよう除雪構造があり、その雪の無い箇所の緑鮮やかな様が、本当に熱を持つ星がそこにあって、春が留まっているような錯覚をさせる。
「まるで雪中の煌星ですね」
「そうだな。この辺りの領民からは夕星館等と呼ばれている」
「素敵な呼び名ですね」
夕なに一等輝く星を表す呼び名に、ミスティは目を輝かせる。
「ああ」
自分自身も誇りに思っている呼び名を褒められ、エットはどこか子供のような満足気な笑みを浮かべた。
初めて見る表情につい見とれ、
(これからも、もっと色々な表情を見せてもらえるかしら)
と、淡い期待が心を過る。
見合いの場は知り合うにはあまりに短かった。行き違いが解決した今、これからは時をかけてでも深く知っていきたかった。
そして、
(この館も気に入ってくれたのだな。他にはどんなものが好きだろうか)
と、領内に入ってからというもの、全てにキラキラと輝く視線で興味を示すミスティを、同じ思いでエットも見つめていた。
もっとも、互いへの思いだけは似た者夫婦な二人の胸の内を理解しているのは、まだ、彼らの側に侍る侍従と御者だけなのだが。
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