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第四章:改めまして
4.協力
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「やがて伯爵を継がれるのは、あくまで奥様であり、その後見として仮継承するというものです」
「………待て」
その条件とミスティの現状の矛盾に気付いたエットは、エリィネの言葉を遮り、先程からものすごい速度で資料を読み込んでいる彼女をじっと見た。
「つまり、オークラント伯は、約定を破ったという事か…?」
例え親族間の話であっても、爵位が関わる内容ならば紙面等で明確に約束を形に残しているはずだ。それは、オークラント伯爵の爵位を継ぐ正当な後継者はミスティである、と明記された証明があるはずという事である。つまり、彼女がオークラント家を外れて嫁入りしているのはおかしな話だ。
「いいえ。オークラント家を離れる事はあくまで奥様がお決めになった事ですので、伯が約定を違えた事にはなりません」
違えていない、と言いつつも険しいエリィネの顔を見れば、ほぼ約定違反に近い真似があったのだろうと推察できる。
初めて会った時もそうだが、折に触れ接した限り、エットはミスティをのんびりとしたおとなしい女性だと感じていた。そんな相手を約定違反めいた真似をしてまで追い出して、オークラント伯爵になりたかったのだろうか。
エットのその疑問への答えは、やはりエリィネからもたらされた。
「釣書を、ご覧になったのなら、奥様の教育歴にそれらしい内容があった事に気付かれたかと思います」
「ああ。確かに、令嬢としての教育というにはしっかりとした内容だった」
今更ではあるが、自分自身も受けた事がある教育内容に比肩する内容だった、とエットは思い返す。それまでの令嬢の釣書は、刺繍や家政といった内容だったので、かなり目立っていたはずだが、忙しい最中の二十六枚目釣書だったので、あまり考えずに読み流していた。
「実は、奥様は全ての家庭教師から優良と言われるだけの成績を修めています」
エリィネの言葉に、エットは思わず目を見開いた。
「あの内容全てか…」
「はい」
エットは、真剣に資料を読み込むミスティを、もう一度まじまじと見つめた。全てで優良を修めた、という事は、自分よりも彼女の方が優秀であるという事を意味する。
「あの方が居る限り、オークラント家の帳簿で誤差は許されません。使途不明金など発生するはずもないのです」
その言葉が、意味する事に、エットは気付いた。そして、エリィネがミスティを呼びに行く前に言い置いていった言葉も腑に落ちる。
「俺は…オークラント伯に感謝するべきか…?」
「不要だと思います。それよりも、奥様に感謝なさってください」
真剣、というよりは睨みつけるエリィネの視線に、エットは真面目な顔で頷いた。
「そうだな。解った」
エットは、事情があったとはいえ決して誠実だったとは言い難い己のために、真剣な顔で役立とうとしてくれているミスティの真心が解らないほど愚かではないつもりだ。つもりだったが、首を横に振る。
「…愚かだったな、もっと早く話をしておけば良かったのだ」
「これからでも、遅くはないと思いますよ」
エリィネの慰めに、力無く頷き返して、エットは初めてミスティという人物を見つめた。
「………待て」
その条件とミスティの現状の矛盾に気付いたエットは、エリィネの言葉を遮り、先程からものすごい速度で資料を読み込んでいる彼女をじっと見た。
「つまり、オークラント伯は、約定を破ったという事か…?」
例え親族間の話であっても、爵位が関わる内容ならば紙面等で明確に約束を形に残しているはずだ。それは、オークラント伯爵の爵位を継ぐ正当な後継者はミスティである、と明記された証明があるはずという事である。つまり、彼女がオークラント家を外れて嫁入りしているのはおかしな話だ。
「いいえ。オークラント家を離れる事はあくまで奥様がお決めになった事ですので、伯が約定を違えた事にはなりません」
違えていない、と言いつつも険しいエリィネの顔を見れば、ほぼ約定違反に近い真似があったのだろうと推察できる。
初めて会った時もそうだが、折に触れ接した限り、エットはミスティをのんびりとしたおとなしい女性だと感じていた。そんな相手を約定違反めいた真似をしてまで追い出して、オークラント伯爵になりたかったのだろうか。
エットのその疑問への答えは、やはりエリィネからもたらされた。
「釣書を、ご覧になったのなら、奥様の教育歴にそれらしい内容があった事に気付かれたかと思います」
「ああ。確かに、令嬢としての教育というにはしっかりとした内容だった」
今更ではあるが、自分自身も受けた事がある教育内容に比肩する内容だった、とエットは思い返す。それまでの令嬢の釣書は、刺繍や家政といった内容だったので、かなり目立っていたはずだが、忙しい最中の二十六枚目釣書だったので、あまり考えずに読み流していた。
「実は、奥様は全ての家庭教師から優良と言われるだけの成績を修めています」
エリィネの言葉に、エットは思わず目を見開いた。
「あの内容全てか…」
「はい」
エットは、真剣に資料を読み込むミスティを、もう一度まじまじと見つめた。全てで優良を修めた、という事は、自分よりも彼女の方が優秀であるという事を意味する。
「あの方が居る限り、オークラント家の帳簿で誤差は許されません。使途不明金など発生するはずもないのです」
その言葉が、意味する事に、エットは気付いた。そして、エリィネがミスティを呼びに行く前に言い置いていった言葉も腑に落ちる。
「俺は…オークラント伯に感謝するべきか…?」
「不要だと思います。それよりも、奥様に感謝なさってください」
真剣、というよりは睨みつけるエリィネの視線に、エットは真面目な顔で頷いた。
「そうだな。解った」
エットは、事情があったとはいえ決して誠実だったとは言い難い己のために、真剣な顔で役立とうとしてくれているミスティの真心が解らないほど愚かではないつもりだ。つもりだったが、首を横に振る。
「…愚かだったな、もっと早く話をしておけば良かったのだ」
「これからでも、遅くはないと思いますよ」
エリィネの慰めに、力無く頷き返して、エットは初めてミスティという人物を見つめた。
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