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第四章:改めまして

3.ミスティの事情

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 エリィネの話を聞いたミスティは、ぱっと笑顔を浮かべた。彼女なりの早足で執務室への道を歩んだあたりに、その浮かれた気持ちがありありと現れている。
「失礼いたします」
 執務室へ入ったミスティの、嬉しそうな笑顔に、エットは戸惑った。
「お…」
 オークラント嬢、と呼びかけて、流石にまずいとエットが黙る。
 そう呼ばれかけた事には気付かずに、ミスティは笑顔のままエットへ近付いた。
「エリエ…エリィネから、お話は伺いました。私の数少ない特技は、きっと旦那様のお役に立つ事と思います」
「特技…?」
 状況が飲み込めないエットを置きざりに、他でもない旦那様のお役に立てるかもしれない、と興奮しているミスティはキョロキョロと室内を見回す。
「こちらが、調べている資料ですか?」
 本来片付いていなくてはならない応接机を占拠している諸々に気付き、いそいそと近付いて行く。
「あ、ああ。そうだが…」
「では私はさっそく。エリィネは旦那様にお話しておいて」
 音は立たなかったが、手を打って、ミスティはその資料を読み始めた。
「畏まりました」
 どういうことだ、と書かれた顔を向けてくるエットに、エリィネは、オークラント家の事情を話す。ミスティの耳に入れたくない話ではあるが、彼女が集中すると、誰の声も耳に入らなくなる事が解っているので、声量は普通だ。
「旦那様は奥様についてどれほどお調べになっておられますか?」
「どれほど…と言われても、釣書以上の事は知らないが」
「なるほど」
 ミスティの釣書の情報は、名前に生年月日と教育歴程度、つまりは普通の釣書と変わらない情報しか載っていない。
「まず。オークラント家と奥様について補足しますと」
 今、ミスティの実家であるオークラント家に居る三人。戸籍上は、父母妹である彼らは、彼女にとって血縁上の本来の繋がりは、伯父とその妻と従妹にあたる。
「元々オークラント伯爵の爵位は現伯爵の弟、つまり奥様の亡き実父である方が継いでいました」
 ミスティの実父母は、彼女が一歳にも満たぬ内に亡くなっている。ただ、この国の法律に則ると、一歳未満の子供は新たに引き取られた両親の実子として良い事になっているため、彼女にとっては伯父も伯母も従妹も、義理ではないのだ。
「理由は、単純で、現伯には浪費癖があったためです」
「浪費癖か…」
 貴族にとって、離婚理由となるように、後継者に選ばれない理由としてもよくある難だ。
「はい。そのため、奥様からみて祖父にあたる先々代伯の生前に弟ではありましたが、先代伯へ受け継がれる事が決まりました。その後、事故で先代伯が亡くなった際も、先々代はまだご存命でいらして、現伯が爵位を継がれる際に条件を出しました」
「もしや…」
 うっすらと状況が飲み込め始めたエットに、エリィネはこくりと頷いた。
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