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第三章:問題発生

2.ノック

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 友人からの手紙に添えられていたお菓子が美味しくて、ミスティはそれをエットに渡したいと思った。
(くどくないすっきりとした甘さだわ。男性でもきっと気に入るわよね?)
 正しい手順としては、誰かに頼むべきだろう。だが、この時、女性使用人達は集まって作戦会議をしているところだった。
 ミスティの待遇改善のために、彼女を放っておくのは本末転倒だが、ベルを鳴らせばすぐに辿り着ける位置にはいるのだ。元々部屋で読書をする事が趣味の彼女は、静かに一人で部屋に居る事が好みでもある。
 お菓子の小箱を手に、ミスティは首を傾げた。誰かを呼ぼうかとベルを見て、もう一度手元を見る。
(せっかくだし…少しくらいお話ができるかもしれないわ)
 微笑んで、自分で持って行く事を決めた。
 ようやく慣れ始めた廊下を日差しの温かさに口元を緩めながら、ゆったりと歩く。ミスティはついつい手を伸ばしたが、まだ、昼食を終えてからさほど時間は経っていない。間食を摂るような時間ではないので、執務室で食事をしたというエットも、まだ小腹も空かせているかあやしい時間だ。急ぐ理由は特にない。
(誰かに確認したいと思ったけど…通りかからないものね)
 誰かが通りかかれば、エットが今何処に居るかを聞こうと考えていたのだが、結局誰にも会わないままミスティはエットの執務室が有る廊下に辿り着いていた。
(まぁ、ノックをしてみてお返事がなかったら、またその時探せば良いのよね)
 ドキドキと少し高まる心臓に手を当てて、軽く呼吸を整える。緊張と興奮がふわふわと足元を覚束なくさせるが、後は扉を叩くだけなのだから大丈夫だ。
「だいたい、俺には結婚する気などなかったのだ!」
「………」
 扉の向こうから聞こえたその叫び声に、ノックをしようとした手を止めて、ミスティは踵を返す。
 緊張も、興奮も、どこか遠くに吹き飛んでいた。だが、足元は覚束無い。とはいえ、転ぶような事はなく、来た道を戻る。
(旦那様は…お断りになったの?)
 ミスティは基本的にのんびりしているし、物事を良いように捉えようとする質ではあるが、けして常識が解らない訳ではない。
 エットの顔合わせでの態度が、決して常識的なものでなかった事は解っていたし、後から知った事だが、もう何度も話がまとまらずに流れていると聞いてからは、もしかしてわざと断られるような態度を取っているのかしら、と考えもした。
(旦那様の方からは断れないご事情があって、相手から断られるよう振舞っていらっしゃったのに、私が断りを入れなかったせいで、したくもない結婚をする事になった、という事?)
 自分にとっては願ってもない良い話であると思っていた。だが、エットにとって、この結婚は望まざるものだったのかもしれない。その考えは、ミスティにとって、ひどく衝撃的だった。心を刺し貫かれ、寒々しい穴が空いたような、不安な思いだけが広がっていく。
(私…旦那様のご迷惑なのかしら)
 ここでもまた、自分は側に居る者に迷惑がられる存在なのか、と痛みを伴う黒いモヤが胸の中を蝕んでいった。
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