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第二章:新婚生活開始
5.空気
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侍女達がミスティに対し好意的だったように、この家の使用人は上から下まで、それこそ常にエットの傍にいる侍従のケイスでさえ、一様に好意的であった。
エットだけではないが、この家では彼だけへの怒りに腸が煮え滾っていたエリィネも、すぐにその事に気がつく。
「ねぇ、エリエリ。私、イジェス家でやっていけそうな気がするわ」
嬉しそうにそう言ったミスティにも、深々と同意し頷いたのもそのためだ。
だからこそ、不思議な事もある。
(この家の人々は奥様を受け入れてくれている。それは間違いないのに、何故誰もあの主人を窘めないのだろう)
上下の風通しが良く。改善や試行錯誤にも積極的な雰囲気。新人の小さな疑問でも、理由があればそれを教え、なければ共に何故かを考え、不要と解かれば改善する。はっきり言って、良い家だ。エリィネが知る限り、屈指の働き易さを持つ職場である。稼ぎ易さではない、働き易さ、だ。
(ここまでの家で、家長があれって…何かおかしい)
いっそ、自分が見聞きした事を全て話して、ミスティに意見をもらおうか。そろそろエリィネはそう考え始めていた。
「あの、奥様。旦那様は遅れますので、どうぞ先にお食事を」
今、夕食の席にエットが遅れる事を告げるドナも、心底申し訳なさそうにしている。つまり、裏を返せばエットの態度がミスティに大して無礼だと認識しているという事だ。
「あらでも、食事は一緒にとった方が美味しいもの。遅れてもいらっしゃるのなら、お待ちするわ」
この家に来てから五日。
夕食のテーブルに、二人分の用意がされた事が、そもそも初めてだった。
食堂に入って、すぐにその事に気付いたミスティは、嬉しそうに手を合わせて微笑んだ。
そして、少し経ってからドナに声をかけられたのだ。
ミスティに声をかける前にドナが扉の所で誰かと話をしていたようなので、元々は、時間通りに着席するはずだったのかもしれない。
(…態度の改善を進言してくれたのだろうか)
エリィネも含めた周りがやきもきしている中。待つ事を苦にしないミスティだけが、嬉しそうに向かいの席を見つめて待っていた。
(一緒にお食事できるのは初めてだわ。旦那様は何がお好きなのかしら? 今までの食事ではお肉もお魚も出ていたわね…お野菜も色々なものが使われていたようだし、きっとお嫌いな物はお有りでないのよね)
ワクワクした様子で待っていたミスティは、開いた扉から入って来たエットに目を輝かせ、話しかけようとそわそわした。
だが、エットはミスティを一瞥する事もなく席に座り、食事を始めてしまう。
その食事の速さに慌ててミスティも食べ始めたが、結局メインを食べ終わる頃に、エットは席を立って出て行ってしまった。
主人達が食事をしている中、声を上げる訳にもいかない使用人達が、デザートを食べながらそっと頬を赤らめて俯くミスティを思い遣っていた事は言うまでもない。
「ご馳走さま。今日もとても美味しかったわ」
食べ終えたミスティに食後のお茶を出しながら、ドナは、そっと彼女の様子を窺った。
その心配の視線に気付いて顔を上げたのではないが、ふと目があったミスティは、はにかんだ。
「旦那様ってお食事が速いのね。みんなが勧めてくれた時に食べ始めれば良かったわ」
次からは気を付けるわね、と言うミスティに胸を締め付けられ、エットへ怒りを向けたのは、エリィネばかりではなかった。
エットだけではないが、この家では彼だけへの怒りに腸が煮え滾っていたエリィネも、すぐにその事に気がつく。
「ねぇ、エリエリ。私、イジェス家でやっていけそうな気がするわ」
嬉しそうにそう言ったミスティにも、深々と同意し頷いたのもそのためだ。
だからこそ、不思議な事もある。
(この家の人々は奥様を受け入れてくれている。それは間違いないのに、何故誰もあの主人を窘めないのだろう)
上下の風通しが良く。改善や試行錯誤にも積極的な雰囲気。新人の小さな疑問でも、理由があればそれを教え、なければ共に何故かを考え、不要と解かれば改善する。はっきり言って、良い家だ。エリィネが知る限り、屈指の働き易さを持つ職場である。稼ぎ易さではない、働き易さ、だ。
(ここまでの家で、家長があれって…何かおかしい)
いっそ、自分が見聞きした事を全て話して、ミスティに意見をもらおうか。そろそろエリィネはそう考え始めていた。
「あの、奥様。旦那様は遅れますので、どうぞ先にお食事を」
今、夕食の席にエットが遅れる事を告げるドナも、心底申し訳なさそうにしている。つまり、裏を返せばエットの態度がミスティに大して無礼だと認識しているという事だ。
「あらでも、食事は一緒にとった方が美味しいもの。遅れてもいらっしゃるのなら、お待ちするわ」
この家に来てから五日。
夕食のテーブルに、二人分の用意がされた事が、そもそも初めてだった。
食堂に入って、すぐにその事に気付いたミスティは、嬉しそうに手を合わせて微笑んだ。
そして、少し経ってからドナに声をかけられたのだ。
ミスティに声をかける前にドナが扉の所で誰かと話をしていたようなので、元々は、時間通りに着席するはずだったのかもしれない。
(…態度の改善を進言してくれたのだろうか)
エリィネも含めた周りがやきもきしている中。待つ事を苦にしないミスティだけが、嬉しそうに向かいの席を見つめて待っていた。
(一緒にお食事できるのは初めてだわ。旦那様は何がお好きなのかしら? 今までの食事ではお肉もお魚も出ていたわね…お野菜も色々なものが使われていたようだし、きっとお嫌いな物はお有りでないのよね)
ワクワクした様子で待っていたミスティは、開いた扉から入って来たエットに目を輝かせ、話しかけようとそわそわした。
だが、エットはミスティを一瞥する事もなく席に座り、食事を始めてしまう。
その食事の速さに慌ててミスティも食べ始めたが、結局メインを食べ終わる頃に、エットは席を立って出て行ってしまった。
主人達が食事をしている中、声を上げる訳にもいかない使用人達が、デザートを食べながらそっと頬を赤らめて俯くミスティを思い遣っていた事は言うまでもない。
「ご馳走さま。今日もとても美味しかったわ」
食べ終えたミスティに食後のお茶を出しながら、ドナは、そっと彼女の様子を窺った。
その心配の視線に気付いて顔を上げたのではないが、ふと目があったミスティは、はにかんだ。
「旦那様ってお食事が速いのね。みんなが勧めてくれた時に食べ始めれば良かったわ」
次からは気を付けるわね、と言うミスティに胸を締め付けられ、エットへ怒りを向けたのは、エリィネばかりではなかった。
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