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第一章:結婚

5.別れ

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 数日後、特にミスティから辞退を申し出なかったため、イジェス伯爵家とオークラント伯爵家の間で婚約の誓紙が交わされる。
 イジェス家にとっては二十六回目の顔合わせでようやく実った婚約であり、オークラント家にとっては大した持参金を持たせずに厄介払いができる破格の婚約だ。本人達にとってはともかく、この時点で両家がこの結婚から得られたものは、間違いなく得だけであった。
 気が変わらない内にと考えたのか、どちらも乗り気だったからなのか、婚約から実際の婚姻まではあっという間に進み、夏が始まる頃にはミスティはオークラント家を出て行く事となった。
 元々押しや我の強くないミスティの嫁入り準備は、周りがあれこれと動くままに終わり、僅かに汗ばみそうな陽気の中で大型の荷台付き馬車一つという身軽なものとなる。荷台に積んだ私物と、馬車本体。それに、エリィネと彼女が世話をする馬二頭とで、イジェス家へ嫁ぐのだ。
 別段落ちぶれている訳でもない伯爵家の娘の嫁入りとしては、あまりにも質素であった。
 もっとも、内心で眉を寄せるのはエリィネ達使用人ばかりで、当の本人とその家族に気にした様子はないが。
「アンセラ、どうか不甲斐ない私の代わりにオークラントをお願いします」
「ええ。勿論ですわ」
 ミスティは、自分とは違う緑色の妹の目をしっかりと見つめ、願いを託した。
「お父様、お母様、長らくお世話になりました。不出来な娘で、誠に申し訳ございませんでした」
 深々と頭を下げるミスティに、気にする事はないと声をかけながら両親達は馬車へ行くよう促す。
「よくよく向こうの家へ馴染むのですよ」
「一度嫁したからには戻らぬ覚悟でなくてはならんぞ」
「はい。今まで頂いた御恩の事、決して忘れません。どうも、有難うございました。これからも、どうか、お元気で」
 妹と両親を前に、涙を浮かべた笑顔で、ミスティはオークラント家としての最後となる挨拶を告げた。振り切るように馬車へ乗り込むと、エリィネが扉を閉める。踏み台を仕舞い、御者台へ乗り込み、オークラント伯が手首を振る動作を合図に出発した。
 涙ぐむミスティの挨拶に対し、特に湿ったところの無い笑顔を浮かべた妹アンセラと両親は、二度と戻るなと言わんばかりに大手を振って馬車を送り出したのだった。
 苦々しいモノを噛み殺した顔で馬車を走らせ始めたエリィネは、馬車の中で啜り泣くミスティに、言えるものなら言いたかった。あんな奴らの事を気にする必要はありませんよと。勿論、言えるはずはないのだが。
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