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しおりを挟む「俊也、こっちこっち!」
パステルカラーの青い軽自動車から声がする。
「おはよー俊也。さ、乗って乗って♪」
促されて助手席に座る。
片付いて手入れのされた、きれいな室内。
「今日はわたしの傷心旅行だから。とことん付き合ってもらうよ!」
にっと歯をのぞかせて、正面に向き直る。
商業施設の駐車場を発信したクルマは、高速道路のインターチェンジへと向かっていった。
*
「――でさぁ、ユキのリアクションがちょー面白くって!」
「あのー、松田さん」
話の腰を折りつつ運転席の横顔に話しかける。絵に描いたような浮かれ顔。
「なに、わたしの話がつまんないって?」
「んなことねーけど……すげぇ元気じゃね?」
今日のお題目は傷心旅行。だけと傷心してる様子は全くない。なんなら元カレの話も。
「そ、そうかしら?」
髪を耳に掛け直す。
語尾にも違和感だ。いつもとどこか様子がおかしい。
「――あ、梨沙、ここだぞ」
「えっ? あーはい、ここね」
危うく目的のインターを通過しかけて、クルマは緑の看板の横を降りていく。
その後、俊也は梨沙に手を引かれてあちこちを巡った。
始終彼女は、楽しそうだった。
「――お風呂空いたよー」
「お、おお」
その夜、二人は海の見える宿にいた。
「めっちゃ気持ちよかったよー。温泉サイコー♪」
ふんふんと鼻唄交じりで浴衣の梨沙が通り過ぎる。
上気した肌が、胸元までを染めていた。
「やー、いきなりでも何とかなるもんだねぇ」
ご機嫌な様子。
明日は月曜日。運にも恵まれたが、飛び込みで泊まるには都合がいい。
「明日の仕事大丈夫か?」
俊也が尋ねると、梨沙は「あー、、」と頬を掻く。
「ここまで何時間だっけ?」
「二時間半くらい?」
「おーけーわかった。……ごめん俊也ぁ、明日五時に起こせる⁉︎」
「無計画は相変わらずだな⁉︎」
一時間後に部屋へと戻れば、テーブルは既に空き缶が鎮座していた。
「お先にいただいてまーす♪」
上機嫌で梨沙が手を振る。
「俊也もどーぞ♪」
「おう」
今日はもう運転を気にする必要はない。梨沙から銀色の缶を一つ受け取ると、俊也はぷしゅっとプルタブを返した。
しばらくの間、それぞれの話に花を咲かせて。
「今日あたしらずっと喋ってない?」
「確かに」
苦笑を返せば、くすっとおかしそうに梨沙が口元を押さえる。
「――ほんとわたしたちって、気が合うよね」
その問いに頷くと、梨沙もまたくつろいだ表情で缶を傾けた。
「ずっと夢だったんだ」
ふと、瞳を細めて。
「お酒飲めるようになったら、俊也を誘おうって」
囁くように告げる。
とろん、とした眼差し。
「そりゃ光栄なことで」
「光栄であろう! あらためて乾杯!」
威勢よく発声すると梨沙は缶をこつんと合わせる。
男女一つ屋根の下なのがウソみたいだ。
それだけ信頼されてる証か……と、俊也は前向きに捉えることにした。
「あぇ? もうなくなっちゃった」
ふらふらと立ち上がる梨沙。
まだ飲み方を覚えていないのだろう。加減しないと明日に響きそうだ。
「水にしとけって」
「らいじょうぶらって……――きゃっ⁉︎」
瞬間、ばしゃっと冷たいものがかかる。
スマホの充電コードに足を取られた梨沙がこちらへと倒れ込んだのだ。ついでに彼の飲みかけをなぎ倒して。
「ご、ごめん俊也!」
あわあわとティッシュを探す梨沙。
「――あ、あの松田さん、、そんなことより服、服……!」
「え? ――――ゃ、やだっ、、⁉︎」
慌てて胸元を抑えると畳に尻もち。
瞬間『ぴっ』と電子音がして。――部屋は真っ暗闇に包まれた。
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