限りなく「両想い」――な両片想い

みやび

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「じゃー谷口、戸締りよろしく」

「はい、お疲れ様です!」


 店長を見送って、彼はせっせと食器を洗い始める。


  その五分ほど後だろうか。


 カランとドアが鳴る。

 表のドアを、閉め忘れていたらしい。


「すみません、今日はもう終わりで……って、」
 貼り付けた申し訳なさそうな顔をすぐに解く。


 なぜなら立っていたのは、見知った顔。
 さらりとしたミディアムボブが似合う、高校以来の女友達だった。


「よっ、俊也しゅんや

 手をこちらにかざす。

 ビジネルスタイルの出で立ち。こんな遅くに顔を見せたのは残業してたのだろう。


「今日はもう終わりだぞ、梨沙りさ。――で、何にする?」
「会計閉まってんじゃないの?」
「わざわざ会いに来てくれた友人を無碍にはできないさ」
「じゃー……お言葉に甘えて」

 アルバイトの身分であまり大それたことはできないが、そのくらいしてもバチは当たらない。

 店長に事情をLIENラインしたあと、俊也はグラスをひとつ手に取った。
「今度会社で飲みに来たげる」
「ギブアンドテイク、ってことで、ご贔屓に頼むよ」


     *


 住宅街に建つ店の外は、しんと静まって。

「家の中は、落ち着いた?」
「だいぶな。じゃ、いつものどうぞ。――松田梨沙さま」

 へ? と声を漏らして梨沙が胸元を見る。

「やば、ネーム付けっぱなし」
「このご時世だから気をつけろよ?」

 カウンター越しに苦笑を向ければ。
 梨沙も苦笑いを浮かべて、桃のノンアルに口をつけるのだった。



「仕事は?」今度は反対に。

 俊也が問えば、梨沙はふっと息を吐く。

「ちょっとくらい大変でも頑張らないと」
「さすが社会人」

 それからしばらく梨沙と、この最近の出来事について語り合った。


 壁にかかったアナログ時計の針は、てっぺんへと近づいていた……。




「ねぇ俊也」

「ん?」

「その、実はね……別れたの、わたし」


 目線を逸らし、ふっと頬を染めて。


 慌てて手元のボトルを確かめる。間違いなく、ノンアルコールだ。それに俊也へと恥じらうような話題ではない。むしろ逆ではないのだろうか。


「そ、そか。残念だな……」

 その相手と俊也に面識はない。
 俊也は当たり障りなく同情する。

「……だからさ、その。付き合ってくんない?」
「付き合うね、はいはい……え?」
「……へ? ……あー違っ、違うから!! 今度の休み、ドライブにでも行こうってこと!」

 なんかわからないが、必死に弁明してきた。

 一瞬勘違いしてしまったのが、妙に悔しかった。



「……平気? その、お父さんのことがあったら」
「もう一年だ。大丈夫だよ」

 俊也は心配させまいと苦笑する。


 去年の秋、父が倒れた。
 そのまま意識を取り戻すことなく……。

 俊也は休学し、地元へと戻ってきた。
 遺された母を少しでも楽にするには、働くのが一番だと思ったのだ。


「あんましおらしくしてんのも、親父の望むところじゃないと思うし」
「……うん」

 梨沙は穏やかに頷いて。

「ありがと」

 ふっと微笑み、手元のスマホの手帳アプリを立ち上げると、画面をスワイプしながら、俊也に問いかける。

「日曜なんだけどさ、俊也空いてる?」
「待って。……うん、大丈夫」
 シフト表を確認する。確かに大丈夫だ。

「じゃ、モールの駐車場に十時。遅れたら貸しイチだから」
「へいへい」

 思えば高校の頃から、こんな感じで。
 疎遠になった時期もあったが、今や元通りだ。俊也にとっては気が置けない――大切な友達。

「あ、今笑ったでしょ」
 ふと梨沙がジト目を向ける。

 ちょっと思ってしまっただけだ。――きっと恋愛には、ならないんだろうなと。

「笑ってないです」
「絶対笑った!」
 たわいのないやりとりを、二人で繰り返す。


 その時だけは、確かに感じることができた。


 ――彼女と築いた友情が、これからもずっと。続けばいいと……。



 ⭐︎お店は郡山の朝日らへんにあるイメージです。
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