魔法犯罪対策課上がりのおっさん、超パワー型魔力使いお嬢様の家庭教師になる

花端ルミ子

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5話 持てる者の矜持

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 ひとまず隼人に連絡を入れ、合流を待つ間に近場の喫茶店に入ることにした。斑鳩はブレンドコーヒーを、雛子はプリンアラモードを注文した。

「おじさまったら、隼人の御使いでしたのね。そうならそうとおっしゃってくださればいいのに」
「いや、即通報されかねない勢いだっただろ。あとそのおじさまって呼び方はやめてくれ」

 大皿に乗ったプリンやフルーツをもりもりと口に収める雛子の様子は、まるでリスのようだ。
 それを眺めつつコーヒーを啜り、斑鳩は口を開いた。

「さっきの壁……瞬間的に大気の密度を上げて、壁状にして押し出す。警察の一部隊にも相当する重量級の魔法だな。どこで覚えた」

 こくん、とフルーツを飲み込み、口元をペーパーで拭うと、雛子は口を開いた。

「生まれつきの勘ですわ」
「カン? それであれだけの威力を?」
「家のものに聞きますと、わたくし、生まれつき保持している魔力が人並み外れているそうでして……この世に生まれ落ちて産声を上げた瞬間、産院の窓ガラスがすべて割れ、母はもちろんお産に当たったお医者様たちはみな鼓膜をやられたそうですわ。お恥ずかしい話ですが」

 ぽっと染めた頬に手を添える様は年相応に見えて愛らしいが、言っていることは全く愛らしくない。

「それは分かったが……じゃああの喧嘩慣れはどうなってんだ? 見たところ魔力による筋肉増強は使ってなかったと思うが」
「それは単純な腕力ですわ。並みの体ではこの魔力を押さえ込んでおくことはできませんの、ですから日頃より坂道ダッシュ百本、二十五メートル平泳ぎ百本、それから食後の格闘バランスアフターヌーンティーは欠かしておりません」

 最後のはよく分からなかったが、ともかくこのお嬢さまはアスリートばりに体を鍛えているらしい。

 魔力保持者が現れた当初は、その珍しさから人にもてはやされたものだが、その人口も増えた今はそれだけではやっていけない。
 科学技術の進歩も著しいこの時代、魔法でできることは、大概何らかの機器を用いればどうにかなることばかりだ。

 斑鳩の魔力探知能力も、当初は需要があったものの、今や魔力検知器にとって代わられてしまっている。

「そんなに鍛えてどうする。魔法士専門学校に入るって聞いたけど、進路は決まってるの」
「それはもちろん──警視庁魔法犯罪対策課ですわ!」

 雛子はパアァっと顔を輝かせた。

「幼少の頃よりずっと憧れておりましたの、『マジョ刑事☆鷹宮サクラ』に! 変身用コンパクトの桜の代紋を掲げ、『あなた方、一人残らず逃がさなくってよ!』の決め台詞! VHSはもちろん、デジタルリマスター版もテレビドラマ全三シリーズ、劇場版全四作全て揃えましたわ!」

 そんなトンチキな深夜ドラマの存在は知らない。昔は魔法という言葉だけが一人歩きし、メディアを通じて妙なイメージだけが流布されてしまった例も少なくない。
 それにしてもシリーズ三作に劇場版が四作とは、なかなか息の長い作品だったらしい。

 雛子のペースに呑まれかけていた斑鳩だったが、ハッと我に帰ると一つ咳払いをし、大人の威厳を取り戻そうと試みた。

「言っとくが、マホタイだってただの警察官だ。ドラマみたいに派手な立ち回りはないし、日の目を見る仕事ばかりじゃない」
「ええ、承知の上です。ただわたくしは、弱きを助け、先ほどのチンピラさんたちのような方への抑止力になりたいのです」
「チンピラったって、さっきの一件はあんたもあんただ。年頃の女の子がいいトコの制服着て歩いてたら、金持ってますって言ってるようなもんだぞ」
「どうしてわたくしがわたくしであることを恥じる必要があるんですの?」

 その言葉に、斑鳩はひやりとしたものを感じた。
 見返せば、雛子の瞳は射抜くように強い意志を持って、斑鳩を見つめていた。

「わたくしが年若い女性だからですか。温室育ちのお嬢様だからですか。魔法士学校に通う世間知らずだからですか。どれもわたくしを損なっていい理由にはなりませんわ」

 チンピラたちを相手にしたときの、澄んだ鈴の音のような声色で雛子は続けた。

「魔法犯罪対策課への所属を目指すことは、物心ついた時から決めておりました。わたくしの生まれ持ったこの非凡な力を、必ずや人の役に立てて見せると。もしもこの生まれや性別のために、わたくしが弱者と見なされるなら、もっともっと強くなってみせますわ。二度と相手にしたくないと思うくらい、喧嘩を売ろうなんてお粗末な考えは捨てさせるくらいに」

 空になったプリンアラモードの大皿にスプーンを置いて、雛子は手を合わせた。
 その視線が再び斑鳩を捉える。

「あなたもマホタイ所属でしたわね。であれば、桜の代紋を誇りに思ってらしたのでしょう?」
「俺が警察官を選んだのは、公務員なら収入が安定するだろうと思ったからだ」
「それだけですか」
「立派な理由だろ」

 雛子と斑鳩の視線が交差し、やがて雛子の方がふっと視線を外した。

「がっかりですわ。私の憧れたマホタイが、あなたのような人だったなんて」
「がっかりで結構。現実見られて良かっただろう」

 そのとき、入口のカウベルが鳴った。入ってきたのは隼人だった。

「お嬢様! 今日は自分から離れずに大人しく通学コースを回るだけだと言いましたよね!?」
「そんな声を上げないでちょうだい、隼人。大したことはなかったんだから」
「あんたになくても周りが迷惑こうむるんだよ!」

 隼人はお嬢様の前だとコレらしい。雛子ともども斑鳩に頭を下げ、帰りを急ごうとする。

「ほらお嬢様、行きますよ」
「待ってちょうだい、お会計を……あら?」

 スクールバッグを探ろうとした雛子が、何かに気づいた。胸元に手をやり、足元や先ほどかけていた椅子の方を気にして、憔悴している様子だ。
 やがて、雛子は顔を青ざめさせた。

「校章がないわ」
「校章が!? あれは一部の特別な施設への立ち入りを許可されるものですよ。誰かに悪用でもされたら」
「さっきのところで落としたのかも……私、探して参ります!」
「ちょっと、お嬢様!」

 プリンアラモードの分には多すぎる勘定をテーブルに残して、雛子とそれを追って隼人が出て行った。
 残された斑鳩は、一人冷えたコーヒーを啜った。
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