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いち。

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季節は春先。

朝、喉の痛みと体の怠さに目が覚める。

そう言えば昨日の夜も喉が痛かったような…と思い、直ぐに対処しなかった自分にため息が出た。

はぁ、と一つ、空気が出る刺激に咳が出る。

落ち着くのを待って、痛む喉を気にしながら水を飲む。喉を通るその水は、微かに血の味がした。



ピピッピピッピピッ

「38.2度…。」

熱を測れば、思ったより高い温度。

あるとは分かっていても、それを実際に数字にしてしまうと、更に体調が悪くなったような気がする。

時刻は9時過ぎ。

就業時間はとっくに過ぎていた。

目覚ましでも起きなかったのか、と苦笑し、会社に電話を入れようとスマホを手に取る。

着信3件あり。

全て会社からだ。

急いで掛け直し、休む旨を伝える。

声の掠れ具合から嘘では無いと通じたのか、早く病院に行きなさいね、お大事に。と電話を切られた。


電話が終われば、次は病院に行くための準備をする。

適当に顔を洗い、手櫛で髪を結ぶ。

黒のスキニーに白のTシャツ、薄いグレーのカーディガンを羽織り、冬に使い切らなかったマスクを棚から引き出し着ける。

いつもは完璧にする化粧も、この体の怠さと痛みに、する気は起きない。

ソファーに置いていた白いリュックに、財布とスマホをいれ、家を出た。






「風邪ですね。」

医者は無表情で言う。

ですよね。と思いながら、話をする医者を眺めた。



お大事に。との声を背に、薬局から出る。

薬は5日分貰った。

2種類、薬を貰った気がするが、ボーッとする頭では人の話が入って来なかった。

後から確認しよう。そう思いながら家までの道のりを歩く。

まだ肌寒さが残る風が、火照る体には気持ちが良かった。



途中、コンビニで飲み物とおにぎりを数個買う。

レジに行くと、こいつ、熱あんの?と、店員の迷惑そうな視線を感じた。


コンビニ袋片手に、残りの道を歩いて行く。

体が怠い。喉が痛い。動きたく無い。あぁ、なんでタクシーにしなかったんだろう。アホか自分。

マイナスなことばかりを考えてしまいながら、最後の角を曲がる。

「—っ⁉︎」

角を曲がった先に見えるはずだった築15年のアパートは、目の前に広がる眩い光に消え、私は、声を発する間も無く、その光に飲み込まれた。







「召喚に成功したぞ!」

「おぉ!これはまた美しい黒髪である!」


周囲がガヤガヤザワザワと騒がしい。

重い瞼をゆっくり開けると、

「…え?何?…どこ、ここ…。」

私は、水の中にいた。


はっ⁉︎と、驚きすぎて、熱でだるい体の事も忘れて立ち上がる。

ザバッと音をたてて立ち上がった私は、辺りを見回した。

白を基調としたその場所には、色とりどりな頭をした人達と、私達がいる、大きな水たまり。


「…ん?なぜ、2人いるのだ…?」

「聖女様は1人だけのはずでは?」

「これはどういう事だ!?」

そう、その水たまりには、私ともう1人、15、6歳くらいだろう少女がいたのだ。


先程とは違う、騒がしさがあたりに広がる。

ゆっくりと、でも、確実に状況を把握してく頭に、周りが混乱していると、自分が冷静になれるとは、こう言うことだろうか。と一人笑った。


私は、この目の前の少女の影になっており、見えなかったらしい。

成功したと思われたが、私と言う、第2の存在により、失敗したのではないか、と。

なんかよく分からないが、早くここから出たい。

体温を奪っていく水に、体が震える。

忘れていた体調の悪さもぶり返し、フラフラと地に倒れ咳き込む。

そんな私に、大丈夫ですか?と、心配気に声をかけ、手を差し出してくれる少女には悪いが、今、立ち上がれる気分ではない。

咳が止み、大丈夫、ありがとう。とマスク越しに分かるかわからないが、笑いかけ、未だ差し出されている手をありがたく掴もうとした、その時、

「聖女に触るな!異界の者!」

そんな言葉と共に、私は突き飛ばされ、全身ずぶ濡れになる。

勢いよく入ってきた水に、せっかく止まった咳も再開される。

激しい咳き込みに酸素が薄れ、ぐにゃりと歪み、薄れいく意識の中、なんて事するんですか!と怒る少女の声と、この異界の者を東の森へ連れて行け!という男の声が聞こえた気がした。


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