この想いが、恋だと気付くまで

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紬said.

31.

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「な、に言って…」

数秒間を置いて出てきたのはそんな言葉で、いきなりのこの状況に“話にきた“ことが先ほどまでのことではなかったのだと気付く。
私から目を離さない彼は、戸惑う私を見てフッと笑った。

「俺さ、瀬名は可愛いと思うし、一緒にいて楽しいし、笑わせれる自信あるよ」
「西園寺君…」
「今はまだ好きじゃなくてもさ、可能性が少しでもあるなら、付き合ってみねー?」

「どう?」と言う西園寺君に、まさかこういう展開になると思っていなかったから頭の処理が追いつかない。
数秒か数分か。分からないけれど、長い間が空いた気がする。
深く息を吸い、吐く。

「西園寺君、私ね…西園寺君とは付き合えないよ」

西園寺君は何も言わない。表情は、見れなかった。
机の木目に視線を向ける私は、そのまま話を続ける。

「私も西園寺君のこと好きだよ。一緒にいるのも楽しいし、この”好き“が恋愛の意味での”好き“になるかもしれない。…だけどね、思ったの。朝起きた時に”おはよう“って連絡が入ってて、学校に来たらまた”おはよう“って言うのが幸せで、休み時間とかお昼休みに少しだけお喋りして、その内容が後には残らないようなありきたりな話でもすごく嬉しいって思うの。休みの日にはお出掛けしてさ、帰りに寂しいなって思いながら”またね“って手をふるの。1日の終わりには”おやすみ“って文字を打って、また”おはよう“が始まる。__それはきっとね、私の中では西園寺君じゃない」

声が震えるのが分かった。
涙が目に浮かぶ。視界が滲んだ後、机上にできた小さな水溜りがくっきりと見えた。

「最初はね、こうなってしまったのはお互いに想定外だろうから周りが落ち着くまで適当に付き合って…時期を見て別れたら良いやって、簡単に思ってたの。だけど、一緒に過ごしていくうちにね…なんでここまで優しくしてくれるんだろう、なんでこんなに大切にしてくれるんだろう、彼は…本当に私のことが好きなんじゃないかって。でも、知りたくなかった…っ!認めてしまったら、私は今とても最低なことをしていることになる!…そんな罪悪感に心が押し潰されそうで、…気づかないフリをした。…最低でしょう?」

そう言って笑う私に、西園寺君は何も言わない。
頷くことも、笑うことも、口を開くこともなかった。ただ真っ直ぐに、私だけを見ていた。

「高杉君は”罰ゲーム“で告白してきた。それを言い訳にずっと気付かないフリして、少しずつ変わっていく自分の気持ちにも蓋をした。でもね、聞いちゃったの。”好きだ“って直接聞いたわけじゃないけれど、あの話は”そういう事“だった。だからね、もう、…お終いだって思った」
「…どうして?」

久しぶりに西園寺君が話に入ってくる。
私はそれに笑みだけを返した。

「考えたよ?このまま私が何も言わずにこの関係を続けるか、それともお終いにするか。…数日はね、このままで良いんじゃないかって、私が秘密にしていたら高杉君も気付かない。私も、高杉君や芽衣ちゃん、西園寺君、みんなと一緒に変わらずにいられる。…だから知らないフリをしようって思った。だけど、こんな始まりで高杉君の”彼女“でいたくないとも思ったの」
「お互い、気持ちがあるのにか?」
「…うん。気持ちがあるからこそ、私がイヤだったの。高杉君を騙していることも、周りを騙していることも。だから自分の気持ちに気付かないフリして、別れを告げたの。ずるい…女、だよね」

火照った体に暖かい風が通り過ぎる。
あの時見た桜の木は相変わらず大きく、吹く風にザワザワと葉を揺らしていた。
視線を中庭に移したまま私は話を続ける。

「その後からね、最悪だったの。“いつも通り”に過ごしていても、全然いつも通りなんかじゃなくて、友達にも心配された。スマホに連絡があるたびに”来たんじゃないか“って期待して、すれ違う度に合わない視線に悲しくなって。自分で選んだ道なのに、こんなにも苦しいなら違う道を選んでおけば良かったって後悔もした。でも、自分の選んだ道だから仕方ないって、これが私の罰なんだって思って、全部に蓋をした。”おはよう“が言えないことも、会話ができないことも、帰り道の思い出にも、全部。…なんでこんなにも苦しいのかを気付かないように、この想いにも蓋をした。それがただ、自分がこれ以上苦しくないようにするためだなんてことも気付いてた。そうしないと今にも倒れそうだったから。気付かない方が幸せだ。気付いてしまうと、私はきっとこの気持ちに押し潰されてしまう。そう思うと、何もできなかった。”ごめんね“も”ありがとう“も、言えなかった。…本当はね、伝えたいの。”寂しい“って、”苦しい“って…”会いたい“って、伝えたいよ…」

最後は、とても小さかったと思う。
揺れる視界に、日の光が眩しい。頬を流れる雫が、一滴、また一滴と落ちていく。これまで我慢していたものが流れていくようだった。
__このまま、この気持ちも流れていっちゃえばいいのに。
そう、思った時だった。

「じゃあさ、伝えたらいいんじゃね?」
「え…?」

西園寺君の言葉に、顔を正面に向ける。彼はこちらを見ていなかった。
彼が向く先、そこは、教室の入口。

「瀬名」

真っ直ぐにこちらを見ているのは、私が”会いたい“と心から願った人だった。
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