この想いが、恋だと気付くまで

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紬said.

29.

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「席、戻すぞ」

週明けからテストが始まる今日は金曜日、お昼後の5限目。
松野先生の授業開始早々のその一言で、私達1組の約2週間の席替えは終わりを告げた。

ガタガタと机を移動させ、席を整える。先に移動を終わらせていた西園寺君が「またよろしくなー」と声をかけてきた。
「今日からまたお世話になります」と深々と頭を下げると「任せろ。…つか、あんまり授業中に寝るなよ」と笑われる。なぜ私の心が読めたのかは、西園寺君の後ろの席での私は、お昼後の授業は高確率で寝ているのを彼は知っているからだ。

「つかまさかこんなにも早くまたこの席に戻るとはな」
「本当、先生も気紛れすぎでしょう」
「元々席替えする気なかったらしいし、本当気紛れだよな」
「窓側の席意外と好きだったんだけど」
「なんか分かるわー。まぁこの席は面白いし別に良いんじゃね?」

整えた席に座り、みんなが移動し終えるのを西園寺君と話しながら待つ。
数分もせずに席替えならぬ席戻しが終わり、松野先生からプリントが配られた。今は数学の時間のため、配られたプリントももちろん数学だ。
「テスト対策だからなー。これができれば80点は取れると思え」と最終的に3枚のプリントが手元にくる。
そんなに取れるならばと、中学校1年の冬のテスト以来数学で70点以上出したことがない私は、たまに教科書をめくりながら無心で解いていく。
周りでは、私と同じように無心で問題を解いていたり教え合っていたり、諦めて寝ている者、他のことをしている者など様々である。
十数分ほどした頃、ようやく1枚目のプリントが終わる。2枚目に手をつけようとプリントを取り替えていると、隣の席の女の子に「ここどうするの?」と質問を受ける。私も先程までしていたところだったため「ココをこうして…」と説明した。「ありがとう」とお礼を言われた私は、また自分のプリントに戻った。

分からない…。やり始めて5分、2問目からつまずいてしまった私の集中力は切れる寸前だ。
授業終了まで後15分以上もある。窓側の席であれば中庭の長閑な風景でも見て時間を潰すのだが、この席で見えるのは西園寺君の大きな背中だけ。
寝る気もプリントをするやる気も起きず、ボーッと時間が過ぎるのを待っていると、隣のクラスは英語の授業なのだろう。英語教諭の流暢な言葉が聞こえる。
…高杉君はちゃんと授業を受けているだろうか。英語、苦手って言っていたもんな。
そんな事を思い出してしまって、時間があるといつも余計なことを考えてしまう自分に嫌になる。
あの日から、話すこともなければ、すれ違う時ですら目も合わないのだから、彼の中ではもうすでに私への気持ちは微塵もないのだろう。
自分が望んだ結果なのに、この未来が本当に良い判断だったのかたまに分からなくなる。
咲が言うようにしていたら、今もまだ__。
今更考えたって仕方がないのにとプリントを端に避け机に突っ伏す。
暗闇の中にいると不思議なもので、さっきまでなかったはずの眠気が襲ってきた私は、いつの間にか眠ってしまっていた。

____
___

夢の中。
サラサラと、優しく髪を梳かれている。
その触れ方が気持ちが良くて、もっとと頭を近づければ、その手は離れていってしまった。
寂しい気持ちになり、手の持ち主に顔を向けると黒髪の__。
どこからか私を呼ぶ声がした。手の主はいつの間にかいなくなっている。
私の意識はゆっくりと現実に引き戻された。

「むぎたん!起きて!授業に遅れるよー!」
「ん…あれ、芽衣ちゃん?みんなは…?」
「次理科室!移動授業だよー!」
「理科…移動…。え⁉︎ヤバイじゃん!」
「ヤバイのー!ほら早く行くよ!」

いつの間にか5限目も終わり、休憩も後数分。
私と芽衣ちゃん以外誰もいない教室で慌てて教科書や筆箱を持つと、すでに廊下に出ていた芽衣ちゃんと走って理科室に向かう。

「はぁはぁ、もう、ムリ…」
「むぎ、たん、はぁ、間に合、った、ね」

本鈴とともに勢いよく入った教室では、目を丸くするクラスメイトと「早く座りなさい」と言う教科担任の先生、そしてゲラゲラと大爆笑している西園寺君がいたのだった。

「はー笑った」
「笑いすぎだよ」
「そうか?」
「西園寺ー喉乾いたー」

理科の授業では、出席番号順に6人ずつ席に座る。
出席番号7番の芽衣ちゃんと11番の西園寺君、12番の私は同じ班なのだ。
私の目の前に座る芽衣ちゃんは、私の隣にいる西園寺君に飲み物を強請っている。各テーブルに備え付けられている水道を指差し「そこにあるぞ」と言う西園寺君に、「さいてー」と芽衣ちゃんは軽蔑の眼差しを向けた。
ずっと喋り続ける2人に「そこ、静かにしなさい」と言う先生のお叱りが入り、教室に静寂が訪れる。

「木村のせいだな」
「は?西園寺じゃん」

先生が授業を再開し小声での言い争いになる2人を見ていると、それは唐突に終わりを告げた。
私の周りもまた静かになり、キュッキュッと先生がペンを走らせる音と、みんながそれを書き写す音だけが響く。
黒板の文字を書き写し、たまに先生が解説する言葉を米印で書いていると「瀬名はさ」と西園寺君が小声で話しかけてくる。
「何?」と私も小声で返すと「朝陽とさ…」と言って止まった。
何かを考えて「やっぱ良いわ」と言う彼に、気になるなと思ったが「また今度な」と背を向けられては、もう聞くことができなかった。
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