ハチドリの住処

とうこ

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お前しか見えてない

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「来たぞ…」
 もう11月半ばになって、至が移植手術を受ける病院から浩司のドナー審査の結果が送られてきた。
『移植倫理委委員会』の審査も含む、説明書を読むのも嫌になるような数の検査をこなし、最後には何故だか精神科への受診も有りで、流石の浩司も検査で疲れるという目にあったが、その結果が今手元にある。
 なぜか居合わせた大輔と一馬もごくりと唾を飲み込んで、大テーブルを囲みその封筒を見つめていた。
「これでダメだったら、脳死なんとかになっちゃうんですよね」
 いざ開けようと鋏を手にした時、真衣子が言い
「真衣ちゃん、そうなんだけどさ、そうなんだけど言わないで。僕は浩司にドナーになってほしい。大丈夫。大丈夫!」
 至も手に汗握るを実践でいくようなポーズで封筒を見つめている。
 そんな時、 至の携帯がトルコ行進曲を奏で始めた。
「うわっびっくりした!ね、電話。ちょっと開けるの待ってて!」
 至はその場で『崎山先生だ』と電話を受け
「はい、はいそうです。いつもお世話になっております。ええ、結果がはい、そうなんです、いま…え?あ…はい…あはは~そうなんですね有難うございます!はい、先生のおかげです、色々有難うございましたはい、ご連絡有難うございます。また詳しいことがわかったらご連絡しますので。はい~」
 至はもうおかしくて笑いかけ、それでも堪えて電話を切った。
「じゃあ、開けようか…ふふ…」
「なんですかー至さ~ん」
 真衣子がそう言うのに、全員が至を見る。
「だって…今の電話さ、これの結果…あはははもう崎山先生のタイミングすっごい」
「え?これの?」
 一馬が浩司の手の封筒と至を交互に見て、
「笑っていると言うことは…?」
 大輔も封筒を見つめる。
「うん、安心して開けてみて」
 浩司はハサミで縁を切り、中身をだすと、色々書いてはあったが、ドナーとして承認の文字。
「はああぁぁああぁあああ~~~」
 浩司がその場でらしくなくへたり込んだ。
 若い子達は手を取り合ってぴょんぴょん跳ねている。
「浩司、よかった。頑張ってくれてありがとう…」
 へたり込む浩司の背中に至が抱きついた。
「よかった…ほんとに」
 掠れた声で、心底ホッとしたように浩司が呟く。
「ほんとにありがとう…嬉しいよ」
 そう言って背中から離れた至を、浩司は立ち上がって抱きしめた。
 その時点で若い子組は手を取り合ったまま動きが止まっている。
「人生で2番目に嬉しいことが起こった」
「うん」
 至も背中に回した手をきゅっと握り締めた。
 若い子組は、手を取り合っていたそのままのフォーメーションでジリジリと控え室の方へ向かい始めているところへ、浩司は至に
「1番目に嬉しいことはお前に会えたことだけど」
と言って、徐にキスをした。
 若い子組は再び動きを止め、ピャッとわかんない声をあげて、控え室へ駆け込もうとするが
「浩司、わかってるけど…人前!」
 という至の声で、足を止める。浩司はハッとして若い子組を見て
「すまん…ちょっと高揚してしまった」
 と、至を優しく離してどうしていいか分からずに2、3歩その場で狼狽えた。
「や…やですよ~店長。も~見せつけてくれちゃって~」
 真衣子がおちゃらけてくれて、浩司もーお、おうすまんなーと苦笑して終わらせてもらえることができた。
「いや、でも俺も浩司さんの立場だったらやっちゃうかも」
 大輔が一馬を観ながら言う。
「腎臓やるよ、とか簡単に言ってて反省しましたよ。こんな大変なことなんだなって勉強しました。検査たくさん受けて好きな人にあげられるとなったら、俺だったら押し倒すかもしれない」
 などと笑って言うと一馬がーバカじゃんーと照れてしまう。
「ちょっと、すみません。私の立場ないので2組でいちゃつかないでもらえますか」
 こんな時だから真衣子も笑って言ってくれるが、まあ気持ちはこちらもわかる。
「でも僕も嬉しいよ。浩司からもらえることが決定したんだからね…浩司の体の一部が僕の中に入るんだよ…こんなに嬉しい事ってなくない?」
 その言葉はちょっと引っかかる…。
「至さん…言い方…」
 ボソッと一馬が呟き、大輔が肘でこづく。
「え~?店長の一部が至さんにって、そんなの…!」
 瞬時に大輔が真衣子の口を押さえ、
「真衣子さんだめでしょ!ましてあなた女性なんだし」
 それに浩司は声を出して笑い、一馬も吹き出していた。
 至だけが、なになに?の顔で各々の顔を見回していたが、大輔に
「今の発言をよく考えてくださいね、語弊があります。いや、間違ってるわけじゃないんですけど、語弊がね」
 と言われ、至は言葉を反芻してみた。そして瞬時に真っ赤になる
「あ、いや、肝臓がね…うん僕のお腹にね…ははっ」
 もうそこは苦笑するしかなかった。
 この店のオーナーカップルは、大人だけれど可愛い。が若い子組に浸透した瞬間である。
「しかし…日程なんかは病院のスケジュールに合わせる言われててな、いつになるか見当もつかないな」
「年内は無理だねもう」 
 と至はいう。
「僕は術前2ヶ月くらい前に入院しなきゃいけないみたいだから、今年はもう無理でしょ。それに術後1年くらい生物とか食べられないらしいんだよね、だから手術までにお寿司とか生野菜食べておかなきゃ」
「じゃあ忘年会はお寿司パーティーにしましょう!」
 真衣子が乗り気にそんな提案をしてきた。
「え!忘年会とかお店でやる感じですか?」
 一馬も乗り出して聞いてくる。
「毎年お店最後の日の夜にやってるんだよ。常連さん何名かに声かけてね。今年は君たちもきてね」
「来ます!なんならお手伝いもしますよ」
 大輔も乗り気で応えてくれた。
「若い子増えて楽しいなぁ。結構年配多くて、若いのは真衣ちゃんくらいだったからね。真衣ちゃんも良かったね」
「良き弟子ができました」
 ふふんと言ってみるが、大輔も一馬も真衣子よりは年上だった。
「ところで浩司さん、お二人が手術の時って、お店どうするんですか?」
 気の回る大輔らしい質問だった。
「まあ、一応真衣子には言ってあって、真衣子はやる気でいるんだがな…料理がどうしても…。俺も知り合いとかには声かけてみるけど、日程が決まらないことにはそれもなんとも…」
 色々考えてはいるが、まだ決めかねているのである。しかし、真衣子も長いこと無職にしておくのもできないし…。
「料理は人様に出せるのは無理ですけど、真衣ちゃんがコーヒー専門にやるなら、俺ホールやりましょうか?バイトで経験ありますし」
 一馬が名乗り出てくれた。
 今でも、至が作って真衣子が提供すると言う場面は多く、1人でそれをするには難しい場面も確かにある。
 イラストの仕事は、素人が思うほど簡単ではないとカードの件で知っている。至は
「いやでも、一馬くんは仕事あるし」
 と言うが
「僕の仕事は夜でもできるし、こう言うと恥ずかしいけどいつもいつも詰まっているわけでもなくて」
 一馬はへへっと笑ってみせる。
「大輔くんはそれでも平気?」
 帰った時に一馬が作ってくれる料理が美味しいと言っていた大輔を思い出した。
「いっ時の事ですし、俺だって手伝いたいくらいですよ。一馬が無理してるときは止めますから、お二人がいいのであれば言うようにさせてやってください。何かできるとしたらとりあえず今はこのくらいしかないし」
「うん、ありがとうね。じゃあ、料理の人が決まったらお願いしようかな」
「頑張ります」
 一馬はにこーっと笑って、やったーと大輔に微笑んだ。
「わるいな、一馬くん。大輔くんも家の中の事もあるだろうに」
 浩司も、申し訳なさそうに言うが
「ずっとは貸しませんよ」
 大輔は笑いながらそう言い、
「でも、お役に立てて俺たちも嬉しいんですから気にしないでください。それとね」
「ん?なんかあるなら言ってくれ」
「そろそろ…呼び捨てにしてくださいよ~」
 大輔は少し前からそんなことを何度か言っていた。
 真衣ちゃんは真衣子なのに、って言う事らしい。なんか勝手に兄だとか親類のような気になっているのかもしれないとは思うが、でもやっぱり浩司には「くん」無しがいい。
「わかったよ~大輔~」
 至がイタズラな顔をして大輔を呼んできた。
「いっ至さんには「くん」付けがいい~」
「えらいわがままだな」
 浩司もニヤニヤ笑っているが、
「わかったよ 大輔」
 頭を撫でで、ー容赦なしでーと怖いこと呟いて、
「さーランチ始めるか」
と厨房へ戻っていった。
 真衣子も至も笑って大輔と一馬を本格的に受け入れ、2人もそれを感じて、なんだか照れ臭い感じで顔を見て笑い合った。


 手術の日が2月20日と決まった。
「急にきたね」
 さすがに至も驚いてはいたが、それにしたがって至の入院日も決定した。
「2ヶ月前に入院って聞いてたから、2月20日って聞いてもう行かなきゃなんじゃんって思ったけど、今回の連絡だと2週間前でいいみたいだね。よかった~」
 至はカレンダーを見て、2月3日に丸をつけた。
「僕の入院日」
 12月に入り、早めにカレンダーを買っておいた至は、そこに自分の入院日と手術日を書き込んだ。
「浩司は、2日前だから18日だね」
 と書き込んでゆく。
 休みの日の今日は、2人で自宅でのんびりとしていた。
 昨日郵送で送られてきた資料等を、2人でじっくりと読み込んで検討する。
「お義母さんやお義姉さんにも、ちゃんと伝えないとな」
「そうだね、お世話になることもあるだろうし、後で電話しておく」
 あれから至は、姉経由だった母への連絡を直接母へ連絡するようになり、父親も9月のあの日以降一度店に来てくれていた。
 孫を見せたいと言う名目だったが、母同様店に入った途端に涙を流し、至を抱きしめ
「幸せそうで何よりだ…」
 と何度も何度も背中をさする。
 浩司にも
「結果を見て許すなどという愚かな自分を許してほしい。至がこんな柔らかい顔をしているのを見たのは初めてだ。どうもありがとう。肝臓のことも礼をいう。ありがとう」
 と両手でがっしりと浩司の手を握り、目を見て言ってくれた。
 それ以来、吉田家とは良好な付き合いが続いている。 
 姪の凛々子も、最初の日にはもう至に懐き『いーくん』とよんで膝に乗り、浩司も『こうくん』と呼んでだっこをせがむほどだった。
 至がメロメロなのはわかるが、至に激似の凛々子は浩司をもメロメロにし、帰る頃には両手に余るおもちゃを買い与えてしまっていた。
 それをされたら凛々子だって『こうくん』好きにもなる…
  真衣子曰くーメロメロおじさんーだったらしい。
ー閑話休題ー
 そんな吉田家ではあったが、矢田部の家とはなんの進展もなく、浩司は至に怒鳴り散らした父親は至が冷遇されて怒った以上に怒りを持っており、自分から行くことは絶対にないと決めていた。
 そんな浩司を至自身理解はしているが、一つ言わないでいることがある。
 頻度はそんなでもないのだが、月に多くて3回少なくても必ず1回は、体格のいい短髪の男性がランチが終わりかけの3時頃に来る時がある。
 何か一品を必ず食べて、コーヒーを飲んで、
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
 と笑って帰ってゆく男性。
 その顔はどこか浩司に似ていて、真衣子も
「あの人いい男ですよね。どこか店長に似ててイケメン。たまに来てくれますね」
 と言うほどだ。
 浩司には弟が2人いるはずで、2人とも自衛官。体格がいいのは当たり前で…
    至はその男性のことを、浩司には言えないでいた。
 その人は、いつも観葉植物で厨房から見えない席に座り、カウンター越しにオープンキッチンな店なので、タイミング的に浩司が背を向けていたりいない時に帰ってゆく。
 あれは絶対に弟さんだ。と至は思っている。
 目的がなんなのかわからない以上言えないし、お義父さんのスパイと言っては言い過ぎだろうが、そんなふうだったとしたら浩司に油を注いでしまう結果になりかねない。
 いつか話ができたらな、とは思っているが狭い店でのこと、それも叶わないでいた。

「手術の日程が決まったのなら、ちょっと先輩に声をかけてみようかと思うんだが」
 真衣子も一馬もやる気十分で店を開けてくれると言っている以上、調理の方も真剣になんとかしないといけない。
「岸谷さん?ご自分のお店持ってるんじゃなかったっけ」
 至も何度か会っていて、2人のことにもとても理解のある人物だ。
「前にちらっとそんなことを言ったら、任せられるやつがいるから、毎日は無理だけどいけると言ってくれててな」
 とスマホを取り出して、早速連絡を入れようとしていた。
 浩司が店を開くまでバイトをしていた店にいた岸谷は、当時その店で調理場のセカンドで働いていたのである。
 まだ専門学校生の浩司をとても可愛がってくれて、陰でではあったが料理を教えてくれたり、隠し味なども教えてくれたりしてくれた。
 今の浩司の料理は、ベースに岸谷の味があると言っても過言ではないので、店を少し離れる今、任せられるのは彼しかいないのだ。
『浩司もいつか、浩司の味を引き継いでくれる人を探すのかな』
 などと、岸谷と話している浩司を見て、至は優しい気持ちになっていた。
 その時には店がどうなっているやら
 至はそんなことを考えながら、電話が終わりそうな雰囲気の浩司の隣に座って寄りかかった。
「じゃあ、そう言うわけで。はい、お待ちしてます。じゃあ」
 スマホを切って、至の肩を抱いてぎゅっと引き寄せる。
「手術…怖くなってきたか?」
 至は首を振る
「不思議とね、怖くないんだ。すごく落ち着いた気分」
 ならよかった、と浩司も至のかみに頬を寄せ互いに寄り添いあった。
「周りの人たちに恵まれてるね、僕ら…」
「本当にな。ありがたいよ」
 エアコンの小さな音すら聞こえてくる静寂の中、2人は寄り添っている。
 ソファは柔らかいし、浩司も暖かい。至も暖かい。
 2人は見つめあってキスをした。軽いキス。
「術後ってね…」
「うん」
「セックス禁止みたいなんだよね」
「ん~。困っちゃうなそれは。よそで賄わないとかな」
「ねえ~!」
 拗ねた口調の至の額に唇を寄せて
「そんなわけないだろ。お前しか見えないのに、どうやって相手探すんだ」
 そう言って額同士をくっつけた。
「口でも…できなくなるとか言われてて…こんなこと崎山先生に聞けないよね」
「俺は…お前が元気になって…そばにいてくれたらそれだけでいいよ」
 また寄り添いあってそんな会話を続けている
「俺も…基本そうは思うけどさ…」
 浩司は『ん?』と至の顔を覗き込んだ
「至さん…欲情してますか?」
 僕と俺の切り替え時がはっきりしてたな…と微笑んでしまう
「できなくなると思うと…ちょっと…」
 実際はできなくはないんだろうけれど、未知の事で色々頭も追いつかない。
「どれ」
 浩司の手が至のお腹に当てられ、そして少し下へ降りてゆく。
「や…」
 咄嗟に出てしまう声に、至の頬が染まる。
「どっちよ」
 笑って、浩司はスエットの中へ手を差し入れた。
「まだ半分…」
「全部にして」
 至は抱きついて浩司を引き寄せる。
「たまになるそう言うところ、俺好きなんだ」
 キスをして、合間に話す言葉は煽り言葉じゃないとだめで…
 至の体を支え、ソファに横たえ重なってゆく。
「まだ明るいね」
 ソファから見える空を見て、至るが呟いた。
 それに応えて浩司が言う。
「言っただろ。俺はお前しかみえてないって」
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