夏(微ホラー)

とうこ

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今回は、私がこれまで書いてきた長編の中でも、番外編もなければ続編もない。たった一つの話からのキャラクターの登場です。
『ハチドリの住処』というお話です。
ここで簡単にキャラ紹介しないとわからない方多いかもなのでご紹介いたします。
  
吉田至   (33) 喫茶店ハミングバードのバリスタ 浩司とカップルで店を経営している
矢田部浩司 (33) 店の店長。調理担当で至の事を深く愛している。
松原真衣子 (21) 至を慕ってバリスタを目指し店に来た。至と同じ専門学校の後輩。
岸谷健作  (42) 浩司が学生時代に世話になったバイト先の先輩。料理を教わった縁で付き合いが続いている
のちに真衣子と結婚
山賀大輔  (25) 製薬会社の営業マン 夕立にあった時至に店に誘導され、至と浩司のカップルを見て自分も同性の恋人ががいることから、店に通うようになる。
八代一馬  (25) 大輔のお相手。イラストレーターで、店のショップカードを依頼されてからは大輔よりも店に通うようになった。真衣子とは気があって仲良し。

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 6月のある日、喫茶ハミングバードのランチの終わりかけ。
 結婚してからも、週に3回コーヒーの勉強を兼ねてバイトに入っている真衣子とランチをとっている至が
「真衣ちゃん、今年の夏休み予定ある?」
 と聞いてきた。
 浩司の料理の先輩岸谷と結婚したばかりの真衣子は、
「あー今のとこなんの話も出ていないので、どこにも行かないんじゃ無いですかね。なんでです?」
 浩司のチーズグラタンを食べながら、真衣子は水を手にした。
「昨日浩司と話してたんだけどね、グランピング行こうかって考えてるんだよ」
「グランピングって、キャンプだけどテントはなんだか立派で、BBQとかやったり川で遊んだりできるって言うあれですか?」
 川などは場所にもよるかも知れないが、まあ簡単に言えばそう言うやつである。
「そうそう。BBQとかできるならさ、浩司と2人で行くより皆で行けたらいいねって話になってね、予定がなければ行かない?」
 時期的にもう予約もギリギリだろうし、人気の場所などはもう取れないかも知れないから早めにしないとーと至は言う。
「いいですねー。料理人2人も抱えてのBBQ楽しそう!」
 カウンターの向こうで浩司が笑って
「食材もってかないとだなー」
 とデザートを出してくれた。

 それから1週間の間に、大輔と一馬も誘って静岡の方の場所がなんとか予約が取れ、8月の夏休みも合わせて取る事にして、3組で出かけることとなった。

 

「いい天気だねー」
 と、6人乗りの車をレンタルした浩司と至が、最後に迎えに来た岸谷のマンションの前で爽やかにそういうが、その日は午前9時であるにもかかわらず既にもう30度を超えていた。
 食材の入った保冷ケースや調理道具などのバッグを一手に抱えて出てきた岸谷はもううんざりした顔だ。
「この暑さでBBQやるとか正気か…」
 荷物を後に積み込んで、真衣子と共に2列目シートに入り込む。
「夕方になれば少しは下がるでしょ。はいビール」
 1番後ろの席についていた大輔と一馬は、ーこんな時間から飲めるの幸せーと既に2本ほど開けていた。
「おーいいね」
 岸谷も受け取って開けようとするが、真衣子が
「店長だけに運転任せるのダメだよ。キシタニサンは、サブ運転手として助手席行ってくださーい」
 とビールを取り上げ、助手席の至を呼んだ。
「至さん、ノンアルビール飲みましょ。麦茶と言う名の」
「ええ~俺も朝から飲みたい~~」
 形だけの駄々をこねて、岸谷はーはいはいーといった感じで一旦外に出た。
 助手席から降りながら至も
「いいの?岸谷さん。僕も運転は一応できるよ?」
 時を使うが、
「至さんは疲れやすいんですからゆったりとしててください。運転は体力有り余ってる人がするもんです」
 と、真衣子はシートについた至に麦茶を渡し、かんぱーいとボトルをぶつけた。
「君たちもね、そろそろ免許取りなさいよー。んでいっぱいお出かけしよう」
 後部座席の大輔と一馬にそう言うと
「目的はそこかよー」
 と一馬に突っ込まれ、エヘヘと真衣子が笑って、車は発進した。

 会場は何組かの家族連れがいたが見晴らしのいい湖の湖畔で、テントが7つある中で一組づつ一個が取れている。
「あの時期に3つ抑えられたのラッキーでしたね」
 一馬も商売にこそできないが、料理男子ではあって浩司と岸谷と一緒に料理担当という事になり、そこでそんな会話をしていた。
 残りの3人は、今日のBBQはプロ2人、料理巧者1人の3人に任せたら安泰だーと、最初の火おこしを手伝っただけで、あとはと片隅で小さい火を起こしカンタンなおつまみや炙りもの製作に勤しむ事にした。
 大輔が持ち出してきた燻製器。
「何これ!燻製ができるの??」
「そうそう。チップもちゃんと用意したから、ゆで卵とかウインナーとか燻そうよ」
 それは網の上において下部の引き出しのようなところにサクラチップを入れ、下から熱しながら上の箱に入れた食材を燻す感じだ。
「美味しそう!時間かかりそうだから早く卵茹でなきゃ。チーズも入れよう」
 至もノリノリになって身を乗り出し、テーブルを挟んだ反対側で大きなグリルで肉や魚、ホイル皿で何かを作っている料理人たちは、片隅でわちゃわちゃしている3人を微笑ましそうに眺めていた。
 
 BBQは備え付けのテーブルと、岸谷が若い頃買ったというキャンプのテーブル二つにやっと乗るような料理ができ、一品一品の量が少ないながらも品数が多くて全員お腹いっぱい状態になる程だった。
「頑張りすぎたか…」
 苦笑しながら片付けを始める岸谷に、至は
「片付けは僕らがやりますよ」
 と岸谷を押し留めた。
「食後は、消化促進のためにコーヒー淹れますから待っててくださいね」
 と全部処理できる皿やカップまでを袋に詰め始め、それを大輔と真衣子も手伝った。
「至さんコーヒーって何か持ってきたんですか?ここでもプロの飲み物飲めるなんて今日のBBQ贅沢ですね~」
「ん~豆は挽いたのを真空パックにしてきちゃったから、ドリップするだけ。お湯はもう火にかけてあるから、すぐにできるよ。それと、真衣ちゃんだってもうお客さんに出してるんだからプロでしょ」
 自信持ちなさーい、と背中を軽く叩いてやる。
「そういう自覚なかった…」
 照れながら笑う真衣子に、大輔も
「真衣子さんが淹れるコーヒー美味しいですよ。真衣子スペシャル(ブレンド)俺好きです」
 真衣子スペシャルは、真衣子が独自の研究でブレンドしたもので、最初は練習用に使ってはいたが、今ではランチのコーヒーに黙ってそれを出していたりもする。
「僕も好き。あれ香りが絶妙で下に残る甘味いい感じだよね」
 至にそう言われると真衣子も満更でもない。
「やだなぁ~そんなに褒めてもなにもでませんよぉ~」
 バサバサと袋にぶん投げて、片付けの勢いも増してきた。
「俺に最初に入れてくれた真衣子スペシャルは苦かったぞ~」
 ビールを飲みながら岸谷がチャチャを入れてくる
「先輩は、そう言う一言が…」
 浩司が隣で嗜めるが、そんな事に真衣子は負けない
「あの時のは苦くしましたからね!セクハラされてましたから」
 一転唇をとんがらせてムキになる。
 真衣子のこんな百面相が岸谷は大好きだった。だからと言って嫌なことっていいってわけでもないのだが…
 コーヒータイムになって、保冷剤の1番下に隠してきたチョコレートをお供に、6人は静かにコーヒーを啜る。
「ああ…美味いな。キャンプ場(こんな所で)飲んでるからなのか、それともやっぱり至くんのが美味いのか…」
「至のが美味いからに決まってるでしょ」
 間髪入れず、浩司が突っ込む。
「まあ、そりゃそうだな」
 ガハハと笑う岸谷に
「紙コップで申し訳ないです」
 といたるは恐縮する。
「一回だけのキャンプに、そこまで装備を揃える気にならなかったんですけど、なんだか楽しいですね。来年もまたくると言うなら、そう言うの揃えてもいいかなって思いますけど」
「なー、楽しかったなBBQ。また来年もやろうか」
 岸谷も乗り気になる。
「いいですねー。ここ星も綺麗に見えるし」
 2人で少し離れた所で星を見ながらコーヒーを飲んでいた一馬と大輔だったが、来年の話になって体を向けてきた。
「じゃあこれ、毎年恒例にしよう」
 至も楽しそうにそう言って、おかわりありますよーとポットをテーブルへと持ってきた。

 お風呂は、本館と呼ばれる受付や管理などをする建物の中にあり、半分づつで行って入浴も終わらせ、火の周りで少し談笑した後、各々のテントへと赴いていった。
「なんだかホテルの部屋と変わらないね。
 入り口を入って中を見回す。
 部屋はほぼ円形の多角形で、このテントは周りが150cmほどの高さのパネルが貼られていてしっかりした作りになっていた。
 天井は円錐状に先で細くなっており、至は昔童話で見たサーカス団のテントを思い起こしていた。
「ソファも座り心地いいぞ」
 コーヒーを持ってきた浩司は、そこに座ってコーヒーを再び口にする。
 入り口正面の奥にダブルベッドがあり、その周りに今浩司が座っている1人がけのソファが二つ置いてあったり、荷物をおくシェルフがあったりしてウキウキした。
「グランピングいいね。楽しい」
 ベッドに上がって、枕を抱きしめると至は寝転がる。
「天井もいい感じ。異空間だよ。こんな光景普通にはない」
 じっと天井を見つめて、感慨に耽る。
「来年はどこのキャンプ場にいこうか?」
 不意に起き上がって、気の早いことを言い出す至に笑って、浩司がコーヒーをテーブルに置いてベッドへ乗ってきた。
「気が早すぎだ」
 引き寄せて、肩に至の頭を乗せる。
「2人だけの旅行も、色々考えような」
 至は頭を上げて浩司を見つめ
「それは当然でしょ」
 と、唇を合わせに行った…時だった。
 
シューーーーーーー

 と外壁を擦る音が聞こえてきた。
「ん?なんだ?」
 あと1cmで唇がつこうと言う時にそれに気づいて、2人はベッドの上で音の方向を見つめる。
 入り口から数メートル左あたりから聞こえ始め、その音はテントの外壁を擦りながら移動していた。スピードはちょうど人が歩く速さくらいだ。
「え?なになに?誰かが外の壁擦ってる?」
 至は思わず浩司の手を握ってしまい、浩司もそれに応えて握り返す。
 
シューーーーーーーーー

 その音は、人が布を触りながら歩いているようにも感じられるのだが、多角形のこの外壁で繋ぎ目も全く関係なく、滑らかにずっと「シューーー」となり続けてるのも不思議だ。
 浩司の頭にはー熊かもしれないーと言うのがあり、闇雲に外に出るのは危険か…とか、武器となるもの…包丁とかは…ああしまった外だ…いざとなったらあのソファで防いで至だけでも…とかとか、色々が巡っていた。
「なんの音だろう…」
 その音はずうっと移動を続け、入り口数メートルから、今ではベッドの後ろあたりを移動している。
 しかし熊にしては、足音もしなければ、息遣いも何も聞こえない。
 それでも浩司は油断をせずにその音の行方をずっと頭を回らせて追っていたが、ゆっくりとベッドを降りてソファに向かい椅子に手をかけていつでも持ち上げられるように待機をした。
 
シューーーーーーーーーー
 
 至はベッドの上に1人が怖くて浩司の元へ行ったが、移動している音がひと回りをしてきて、もうすぐ入り口に辿り着く…と思った時、入り口を見たら鍵が開いていた。
 至は
「鍵が!」
 と入り口に走り、鍵なんか閉めて何か通用するのかなと思いながらも、

カチャリ

 と音をたてて鍵をかけた。
 その瞬間音は止み、静寂が2人を包んだ。
「え…止んだ…?」
 2人はしばらく耳をすませるようにじっとしていたが、浩司が至を迎えにゆき、ソファへと座らせた。
「今のは何…」
 至も持ってきたコーヒーを、自分を落ち着かせるように口にして少し震える手でカップを握る。
「わからん…熊かと思ったんだが…それにしては足音も息遣いも何も聞こえなかったしな…全くわからんな…」
 至の震える手をカップを置かせて握ってやり、しばらく外に意識を向けるが、どうやらもう何事もないっぽい。
「ね…お化け…って事は…」
 熊の方が現実的だが、その可能性も否定は…。
「あ、でもさ。さっき向こうのテントの家族づれさんたち、ワンちゃん連れてたよね!そのワンちゃんがテントの周り回ってたんじゃないかな」
 至がお化け説は認めたくないようにそう言って、無理に笑ってくる。
 お化けより寄り現実的な話だ。
「ああ…それもあるな…」
 浩司はその話に乗ってやることにした。そのほうが、これからここに一泊するのに建設的な考えだから。
 そう思えたら少しは楽になったのか、至は再びベッドへと向かったが、そこへ座ってつまらなそうに言ってきた。
「『その気』なくなっちゃった…万が一何かあった時、裸で飛び出さなきゃなのはいやだし…」
 至も残念そうではあるが、浩司は内心ーなにもんだかわからないけど邪魔しやがってーと、かなり憤ってはいた。しかし無理強いもしたくはないから
「至が嫌なら、今日は腕枕で寝るか?」
 そう言いながら浩司もベッドへ戻る。
「そうしよ。まだちょっと怖いし。そばにいて」
 至が抱きついてきて、そのままベッドへと寝転んだ。
「もう眠れるのか?」
「少し話していよう。来年のキャンプとか2人旅行とか」
ー生殺しだ…ー
 浩司はそう思いながらも、至の髪を撫でながら先々の楽しい予定を空想しながら夜を迎えていった。


 朝、浩司は少々寝坊をしてしまい、外へゆくと岸谷と一馬と大輔が朝食の準備をしてくれていた。
「よー、激しかったのか?昨夜は」
 ニヤニヤしながら相変わらず下品なジョークを飛ばしてくる岸谷に、
「それどころじゃなくてですね…」
 とあまり眠れなかった目を、近くの水道で流し戻ってくる。
 3人の手元を見て、浩司はホットサンドの鉄板とパン等を準備し始めながら、昨夜の話を2人に聞かせた。
「うわ、おっかね。なにそれ」
 フライパンで3皿目のハムエッグを焼きながら、岸谷が嫌な顔をする。
「俺はお化けの話は苦手なんだが」
「そう言うのかどうかもわからないんですよね。熊かと思ってたんですけど、違うとなったらじゃあなんだ?って所で」
 浩司は、テントを一周した『何か』がいたとして、どうやって…と朝イチでテントの周りを回ってみようとしたが、入り口がある面?以外はウッドフェンスで囲まれていて、テントに触れながら歩くことはできなかったのだ。
 たとえ熊でも犬でもだ…
「それ見た時に、じゃあ昨夜のはなんなんだろう…って思ったらやっぱり…」
 岸谷が大袈裟に身体を震わせて
「やめろよマジで!俺はほんとにそう言うのは」
「あの…」
 それまで黙って聴いていた一馬が声をあげた。
「昨夜ラインでもしようと思ってはいたんですけど、夜中だったし怖がらせてもあれかなとおも…って朝言おうと思ったんですけど…ね?」
 大輔に確認をとりながらも言い淀む一馬の言葉に、言い知れない恐怖感が湧いてくる。
「俺たち、昨夜 星が余りに綺麗だったんで、みんなで部屋に入った後部屋の前で星見てたんですよ…」
「うんうん」
 岸谷も既に聞く気満々。
「で、ふとね…ふとみなさんのテントを本当に何気なく見たんです。そうしたら…浩司さんたちのテントの周りに、青い光…?炎?みたいなのがふわふわと飛んでて…それがゆっくり何周も周ってたんです…そしてある瞬間にパッ!って消えました」
 何周も?中の自分達にはゆっくりと一周した感じしかしていなかったが…。
 浩司は色々考えて背筋が寒くなった。
 4人は鳥肌を立てたままその場で凍りつき、体感では10分くらいそうしていた気がしたが、
「何してんです?」
 という麻衣子の声に我に帰ると、ハムエッグの焦げ具合から数秒だと悟る。
「あ、いや…一馬が怖い話するからさ、ビビってた」
 引き攣った笑いでフライパンの中身を皿に開けて、またハムと卵をフライパンへと入れ込む。
 3人は、これは至と麻衣子には言わないほうがいい…と暗黙で決め、朝食の準備を再開した。
「怖い話好き!どんな話?」
「お前聞いたらちびっちゃうからダメ」
「またそういうこと言う!根本が下品だよね!キシタニめっ!」
 相変わらずの喧騒に笑いながら至もやってきて、キャンプ最終日の帰り道、どこに行こうかの相談が始まった。






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後がき

実は、それほど怖くはなかったこの話は実話なのです。
私が実体験したもので、グランピングではなく実家の庭に建てた居住式のプレハブに住んでいるときに起こった出来事です。
最後に一馬が言った青い光はフィクションです。だって誰も外から私の部屋を見ていた人はいなかったのですから
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