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第7話 〜経験〜

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 てつやが『誠一郎の女』というのが半年の間に随分知れ渡ってきていて、5月頃からやたらと妬みや嫉みの対象になることが増えてきていた。
 だんだんわかってきたことだが、誠一郎とどんなでも関係を繋げようとしたい人物は多く、それをフラッときたど素人に掻っ攫われたら、面白くない人間も多いはずである。
 一目置かれる立場である反面、そういう目で見る輩も増えてきている。てつやにしてみたら、俺に言われても…なことではあるが、誠一郎には向けられない感情が全部てつやに向かっているのも事実だ。
 時々わざとぶつかられたりした時に喧嘩になったりするが、今のてつやでは全く歯が立たない相手ばかりで、悔しい思いをした。
 負けず嫌いなてつやは、取り敢えず喧嘩は勝てるようにならないといかんと思い、売られた喧嘩は全て買って、暫く喧嘩に明け暮れる日々が続いた時期もあった。誠一郎の威光を借りる以上、弱い人間ではいけないとも思っていたのも事実だ。
 その頃のてつやに毎週傷が増えているのを、まっさん始め銀次や京介も心配したが、勤め出して一年もした頃にはすっかり傷などなくなっていた。
 一度だけ傷だらけの顔で誠一郎にあった時に
「お前負けず嫌いだろ」
 と笑われたが、誠一郎はやめろともダメだとも言わずただ笑っていただけだ。
 育てられてることもてつやにはわかっていたから頑張れた。
 そして一年経った今は、ケンカの腕も知れ渡りよっぽどの物知らずか新入りくらいしか、てつやにちょっかいをかけて来なくなっている。
 店ではカウンターはてつやが任される事になり、丈瑠と稜は気が向いた時に入るというシステムに変わっていた。
 裏で待機している男の子たちの全部も把握し、誰が今詰めているかも全て頭に入れて仕事ができている。随分と慣れたものだ。
 17歳になった時、てつやは髪をほぼ銀色に近いアッシュグレーに染め髪型も元々の癖を利用してウルフテイストのマッシュになっていた。
 学校に行く時は、黒のスプレーをかけまくり、時々塗り漏れがあるのを京介に振り撒いてもらったりして難を逃れたりしている。
「そんな苦労すんなら染めなきゃよかったんじゃねえのか?」
 もっともなことを言われたが、てつやにしてみたら背負ってる誠一郎の威光がでかいのだ。
「色々あんだよなー」
 と笑って、サンキューとスプレーを受け取る。
「最近、日曜も集まらねえけど勉強大丈夫か?そろそろ模試も受けねえとだし。3年になってからじゃおせえぞ」
 久しぶりに一緒に帰っている京介とそんな話になった。
「うん。模試の予定は見てる。あれ日曜だから助かるよな。みんなと一緒に受けるから、大丈夫だよ」
ーそうじゃなくて勉強の話な…ーとは思うが、なんだか最近は忙しそうだ。
「バイトもあんま無理すんなよな」
「大丈夫だよ。ここのところ任されることが増えたから、帰りがちょっと遅くなってるだけだから」
 今日は丈瑠が早く入れるというので、最後まで残るてつやは8時入りでいいと言われ、久しぶりにみんなで晩飯でも、ともなっていたのだ。
 旧市街のお天気商店街というアーケードの中にあるファミレスに着くと、まっさんが先に席を取ってくれていた。
「はやいなまっさん」
 カバンを置いててつやと京介が並んでまっさんの前に座る。
「委員会が潰れたんだ。銀次は委員会で遅くなるって」
 おっけーと2人で同時に言って、メニューを取った。
「なんか久しぶりだな~」
 毎日時間に追われる生活をしていて、この時間にこんなゆっくりしたのは本当に久しぶりだし、みんなと食事をするのも久しぶり。
 なんかいいことあったか?から始まり受験のこと、銀次が来てからは生徒指導の森山との戦いとか面白い話を聞かされて、友人と笑い合うこの時間がなんだか貴重に思えてきた。
「そう言えば…お前ら…まだ童貞?」
 銀次が声を顰めて言ってきた。
 どうやら銀次は思う人がいるらしく、童貞の自分だとダメかなと密かに悩んでいるらしかった。
「いや?」
「違うけど?」
「俺も」
 3人の返答はは銀次が思っていたものと違ったらしく、銀次はヒッ!と声をあげて固まってしまう。
「お…お前らいつの間に…」
「「「成り行き…?」」」
ーまあそろそろ捨てとこうかなって思ってさーが3人の大体の意見だった。銀次もやっとけ?彼女以前にさ。
「好きな子とかじゃなくていいのかよお前ら」
 やはり銀次は純粋だ。
「好きな子だよなー?」
「その瞬間は」
 京介の言葉を受けてまっさんがそう言って、3人は爆笑した。
 ちょっとアダルトなギャグについて行けず、銀次は憤る。
「相手って誰なんだよー」
 京介は
「俺は部活の先輩の彼女の友達…一応付き合う前提だったけど、彼氏持ちで俺に興味があるだけだったらしくそれっきり」
 まっさんは
「俺、3組の矢田だな。取り敢えず今も付き合ってはいるけど、ちょっとメンヘラ入っててそろそろいいかなと思ってる」
 と、陰でロイ・マスタングに非常に似ているという髪型と顔で、メロンソーダを啜った。
 てつやは
「俺も店の先輩が、いつまでも大事にしないほうがいいって言うから、その先輩の紹介で…かな。25歳の人だったぜ」
「うぅわ、エロ!お姉さまに教わった感エロいな。どうだった?」
 京介が隣でてつやに向き直ってそんなことをきいてくる。
「初々しさのカケラもなかった僕の喪失物語…」
 その言葉に京介とマッサンは大爆笑。
「だろうなあ。相手がこなれてると、がんばるってより流されてる感有るかもな。想像しかできないけど」
「そうそう、まさにそんな感じ…どんどん進めてっちゃうからさあ」
 どんどん進んでいっちゃう初体験!2人は『腹いて』ってほど笑っている。
「なんだよなんだよお前ら、わっわかんねえ話するなよ!揃って裏切りもんか⁉︎ まっさんなんかいまだに付き合ってるなんて知らなかったぞ」
 銀次が絞り出すような声で悔しがっている。
「まあまあ、そんな怒るほどでもねえだろう」
 まっさんが慰めるが、銀次は
「俺がどんなに悩んでるか…」
 両拳を握りしめて涙に耐える銀次。
「いや、好きな子とやりたいなら、その子に告るのが最善だと思うんだけど」
 真っ当な意見がてつやから出るとは…
「俺もそう思うわ」
 京介も賛同するが
「振られたらどうすんだよ!俺は一生童貞か⁉︎」
『うわ、最初から拗らせてるわこいつ…』
 3人が一斉に思った感想。
「魔法使い狙うとか?」
 にやけたまっさんの言葉に
「冗談でも言うなー」 
 と、銀次はとうとう机に突っ伏してしまった
「まあ俺らだし仕方ねえけど…やりたいが先走った告白はうまくいかねえぞ。てか一体誰よ好きなやつって」
てつやが問うと
「1組の…笹井…」
 素直に教えてくれた。
「おお、あの…」 
 言いかけててつやは言葉を止める。
 笹井さんはムチムチボインのボディを持つ委員長タイプの真面目女子。
 派手ではないが、そのボディがなんとも目立って、『そういう意味』で男子には陰で人気はある。
 しかし銀次はどうやらその子の人となりにきちんと恋してるらしく、でもそのボディではきっと経験があって自分が童貞ではもし付き合えてもがっかりさせてしまうかも、と考えているらしかった。
「なあ」
「んー?」
 京介の言葉にぶっきらぼうな返事が返ってくる。 
「お前って、前から『まず悩む』から入るの多いけど…好きな子と最初をやりたければ、さっきてつやも言ってたけどまず告らないと。振られる可能性にビビってたら先行けないだろ」
 まっさんもてつやもうんうんとうなづいている。
「なあ、よく考えてみろ?お前好きな子と最初がしたいんだろ?じゃあ童貞捨てて彼女にアタック!ってさ、それって結局最初は好きな子じゃなくね?」
 銀次は気づいたらしい。
「ほんまや…」
 そこから、銀次の壮行会が始まった(w)

「なんてことがあったんすよね」
 土曜の夜。グラスを拭きながら、てつやは丈瑠たけるに銀次の話を聞かせていた。
「へえ~、てつやの友達っぽくないねえ」
「ええ~?そうですかね…。まあ銀次あいつは、結構男気の強いやつなんで、中途半端なこと嫌う傾向あるんすけどね」
 グラスをライトに当てて、曇りを確認する。
「で、結局どうなったわけ?」
「さっきメール入ってきましたよ。これ」
 携帯のメッセージを開いて丈瑠に向けた。
『✌️✌️✌️やったぜ!🩷✌️✌️✌️ ついでに付き合えた👍明日お前んち集合♪』
 それを見て丈瑠は声を出して笑う。
「いや、やっぱてつやの友達だわ。行動はえ~しやり遂げるし」
 カウンターの中で楽しそうな丈瑠に、お客の重田しげたさんが
「楽しそうだね、丈瑠くん。山崎シングルモルトロックでもらえるかい?」
「いらっしゃいませ。かしこまりです。いや~てつやの友達が面白くて」
 裾に切子柄の入ったロックグラスをだして、中に丸い氷をいれた。
「ダブルでいいですか?」 
 上目遣いで重田をみて 丈瑠は瓶を傾ける。
「相変わらず上手だね。いいよダブルでもらおう」
 中堅の会社の社長さんだという重田は、品のいいスーツを着て、品のいい言葉を使う。
「ありがとうございます」
 丈瑠も微笑んで、丸い氷の下2cmくらいが埋まるくらいの山崎を注いだ。
「重田さんは山崎お好きですよね、いつも最初はこれだ」
 コースターを出し、その上にロックグラスをおく。 
「親父と初めて飲んだ洋酒がこれなんだよ。だから最初はこれを飲む事にしてるんだ」
 懐かしそうにグラスに注がれた山崎を見つめる重田を見て、てつやは
『やっぱり、親父…いて欲しかったな…』などと少し感傷的になった。
「いい思い出ですね」
 サービスですーと言って丈瑠は、キスチョコをカクテルグラスに入れて重田へ差し出す。
「お、ありがとう。ここのこのチョコ美味しいんだよね」
 嬉しそうにひとつ摘んで口に入れた。
「今日は、遊びはなしなんですか?」
 てつやが、グラスを並べながら重田へ尋ねる。
「いや、きっといないだろうなと思ってね」
「誰です?」
紅羽くれはくんなんだけど」
 丈瑠が少し考えて
「来てた気がしますけど…」
「はい、来てましたね。電話予約とかだとわからないけど、どうします?確認しますか?」
 紅羽くれはは、黒いストレートショートのクールな大学一年生だ。
「え?いるのかい?是非お願いするよ」
 渋いおじさまの表情が、こう変わる瞬間を見るのも最近のてつやの楽しみにもなっていた。
 てつやはインカムのマイクを口元に寄せて
「紅羽くんいますか?重田さんお見えです。店に出られますか」
 と、話すとインカムのイヤホンに
『います~。重田さんか…オッケー出ます』
 との返事が入った。
「来るそうです」
「本当に?うれしいなぁ。久しぶりなんだよ紅羽くん。ああ、どこ行こうかな」
 グラスを持って、たった今のことなのに、待ち遠しそうにお酒を口に含む姿はどうにも可愛らしい。
「てつやのば~か」
 カウンターの下にしゃがんだ丈瑠が、恨めしそうにてつや を見上げてきた。
「なんですか?なんでそんなこという?」
 見下ろして、ダメでしょ、的な言い方を丈瑠に向かって言うと、丈瑠は
「遊びの話、てつやが持ち出さなければ、今日俺が誘いたかったのに…重田さん」
「え?そうだったの?」
「そうだよ。あのまま話し込んで、今日俺空いてますって言うつもりだったのに!」
 まあ、重田が紅羽くれはに夢中なのはわかってはいたが、紅羽は来ない日も多いし、結構出払ってしまうことも多い子なので、代わりになるチャンスはいくらでもあるのだ。
「それはごめんなさい。でもね~」
「なによ」
「知らんがな、ですよそんなのは」
 にっと笑って、膝で丈瑠をこづく。
「あ、お前~先輩に向かって!」
笑いながら立ち上がり、てつやの髪をグシャグシャと混ぜ返した。
「ああ、やめて!せっかく決めてたのに」
「決まってねえんだよ、お前今日は仕事終わり俺に付き合うこと!いいな!暇にした責任取れ!」
 キュッと髪を握って
「もちろん、奢りでな」
と手を話すと、そこには髪を逆立てたサイヤ人が居た。
 ちょうど入ってきた紅羽くれは
「ぶはっ!サイヤ人いる」
 と指を指して笑い、その声で他のお客もサイヤ人てつや に気づいてしまう。
「もーっ!」
 てつやは慌ててバックへ逃げ込み、事務所で髪を直そうと戻ってゆくと、そこにいた柏木も
「なんだ?俺いつサイヤ人雇ったっけ」
 と笑いを堪えていいのけた。
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