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14限目 あーや、出撃!

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 絶対に怪しい……。

 あたし――玄蕃げんば文子あやこは憤っていた。

 誰に?

 それはあたしのお兄ちゃん玄蕃げんば進一しんいちに対してだ。

 きっかけ昨日のお兄ちゃんとの電話だった。
 進一お兄ちゃんが家を出て、一人暮らしをするようになってから、あたしはお兄ちゃんの声を聞くため――じゃなかった――せ、生存報告を聞くため、あたしは3日に1度お兄ちゃんに電話している。
 本当なら毎日でもお兄ちゃんの声を――違う! ――お兄ちゃんが生きているかどうかを確かめたいけど、お兄ちゃんは許してくれない。
 約束を破って、次の日も電話すると、スルーされてしまうのだ。

 べ、別にお兄ちゃんの声が毎日聞けなくても、が、我慢できるから、だだだ大丈夫だから……! はあ、はあ、はあ……(虫の息)。

 と、ともかく……。

 怪しいと思ったのは、昨日のお兄ちゃんとのやりとりだ。

『なあ、あーや』

 ちなみにお兄ちゃんは、あたしのことを「あーや」と呼ぶ。
 年が9歳も離れているせいか。
 いつまで経っても、子ども扱いだ。
 ま、まあ……。あーやっていうのは、お兄ちゃんが付けてくれた愛称だし、気に入ってるから別にいいんだけど。

『この……なんだ? 生存報告っていうのか? 生存報告をRINEでのやりとり変えないか? 3日1回とはいえ、結構長電話になるし。お金だってかかるだろ? この前お袋にも怒られたんだよ。だから――って、おい。あーや? 聞いてる? あーや?』

 その時、あたしは驚きのあまり石化していた。

 お、お兄ちゃんがRINE?
 機械音痴で、社会人になってもいまだパソコンを満足に使えないお兄ちゃんがRINE? 流行り物のものとか超鈍感で、ガラパゴス化してから手に入れるお兄ちゃんが、RINEって?
 ううううう、嘘でしょ!

「ちょ、ちょっと待って、お兄ちゃん。ごめん。あたし、思考が追いつかないんだけど。た、確かお兄ちゃんって、ガラケーじゃなかったっけ?」

『ああ。そういえば、言い忘れてたな。携帯買い換えたんだ。スマホになって、RINEもできるようになったぞ』

 少し得意げな声が返ってくる。
 今時スマホを持ってるだけで得意げになる人が、この世にどれだけいるのかは知らないけど、ともかくあたしにとっては青天の霹靂だった。

 お兄ちゃんがRINEするって言いだしたのにさえ、世界滅亡の予言を聞かされたぐらい衝撃なのに、いつの間にかスマホまで持ってるなんて。

 おかしい……。

 絶対におかしい。
 電話の向こうにいるのは、本当にお兄ちゃんなのだろうか。
 そう疑うレベルぐらいおかしい。
 実は詐欺グループから電話で、今から「還付金の手続きとして、30万必要なので口座に振り込んで下さい」とかいう話を始めるのではないかと、あたしは本気で疑っていた。

 いや、その程度ならまだマシだ。

 機械音痴で、流行音痴なお兄ちゃんが、何故今頃になってRINEとスマホの話をしだしたかということだ。

 あたしはある推測のもと、思い切って尋ねてみた。

「あ、あのね、進一お兄ちゃん」

『ん? なんだ、あーや。改まって……。もしかして、進路相談か? 来年、お前も受験生だからな。悩みがあるなら相談しろよ』

「え? あ、ありがとう」

 思わずじーんとしてしまった。
 やはり進一お兄ちゃんは仏様みたいに優しい。


 ――じゃなくて!


「ちょ、ちょっと聞きたいことがあって」

『なんだ? 勉強のことか?』

「だから、そういうことじゃなくて……」

 あたしはずっと座っていたベッドのシーツをぎゅっと掴む。
 胸にすとんと落ちてきた恐怖に怯えながら、思い切って質問した。

「おおおおおおお、お兄ちゃんさ。こ、ここ、ここここ恋人とか、で……できたりと…………か、なんとか………………す、する?」

 …………。

『……は、はあ?』

 ちょっと待って!
 その一拍の沈黙は何!!
 そして、その『はあ?』っていう中途半端な返しも何??

 どういうこと!? お兄ちゃん!!

『そ、そんなわけないだろ。仕事で忙しくて、それどころじゃないよ』

「ふ、ふーん」

 ふーんって何?
 そこはもうちょっと突っ込む所でしょ、あたし!
 聞け! 聞くのよ、あーや!
 もう1度、勇気を絞って。

『あーやこそどうなんだ? 彼氏の1人や2人……』


「はああああああああああああああ!! そんなのいるわけないじゃん!!!!」


 あたしはつい思いっきりお兄ちゃんに向かって叫んでしまった。
 お、お兄ちゃん、ごめん。
 悪気はないの。
 でも、お兄ちゃんが悪いの。

 あーやはお兄ちゃん一筋なの!!

『お、おう。す、すまん。お前が変なことを聞くからさ。もしかしてっと思って』

「あ、あたしの方こそごめん。大声出しちゃって……」

 その日は電話はそこで終了した。
 RINEのやりとりもうやむやになった。
 RINEでのやりとりも楽しそうだけど、あたし的にはお兄ちゃんの声が聞きたいし。

 今は、そのことはいい。

 問題はお兄ちゃんに女の影があるかもしれないということだ。

「行こう……。お兄ちゃんが住んでるアパートに」

 あたしはスマホのカレンダーを見つめる。
 幸い明日は学校の創立記念日で休みだし、1人暮らししているアパートもそう遠くはない。善は急げっていうし。明日早速行ってみよう。

 それにしても、お兄ちゃんの彼女ってどんな人だろう。

 綺麗な人かな……。
 そういえば、お兄ちゃんって胸の大きい人が好きなんだよね。
 前に、部屋でエッチなDVDがそれっぽかったし。
 むむむむ……(自分の胸を見て、そっと絶望している)。

「あっ! でも――」

 お兄ちゃん、今先生なんだ。
 もしかして、美人教師とか。
 それとも、生徒に手を出していたりして。

 いや、それはダメよ。絶対にダメ。
 お兄ちゃんが社会的に抹殺されちゃうわ。

 お兄ちゃんが悪の道に染まる前に助けださなくちゃ。
 そう。これは聖戦なの!
 別にお兄ちゃんが他の人に取られるとか、そうじゃなくて。

 ……いや、そうなんだけど。

 とにかくお兄ちゃんを救えるのは、あたししかいないってこと!

「待ってて、お兄ちゃん。あーやがお兄ちゃんから悪の生徒から救ってあげるからね」

 あたしは1人燃え上がるのだった。
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