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10章

第68話 ぶれいな きゃく が あらわれた

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「ダイチ様、早速ですが来てるアルよ」

 チンさんがすっくと立ち上がって、伝えた。
 俺は眉をひそめる。

「客人?」
「デスエヴィル族のシードラと名乗っていたアル。城の外にある仮の応接室に待たせてるアルが、どうするアルか?」
「チンさん、今デスエヴィル族と名乗ったアルか?」

 他の者と同様に、平伏していたメーリンが立ち上がる。

「知っているのか、メーリン」
「よーーーーーく知ってるアルよ。とっっっってもケチで傲慢な種族アル」

 メーリンは顔を赤くして、その場で地団駄を踏む。
 どうやら商売の方で、一杯食わされたのだろう。
 確かにデスエヴィル族は狡猾な一族だ。
 選民意識が強く、自分たちが1番だという自負を持っている。

 シードラというのは覚えていないのだけど、デスエヴィル族の族長は俺もよく知っている。
 憎たらしいほど狡猾で、常に人族である俺を侮っていたような気がする。
 まあ、俺の方が身分は上ということだったので、全部無視してきたけどな。

「デスエヴィル族がわざわざ暗黒大陸にまで足を運び、やってきた理由は何だと思う?」
「デスエヴィル族の領地は、直線距離で言うと暗黒大陸から1番近い領地アル。もしかして、領地同士の通商を結びたいかもしれないアル」
「あり得るな。商売がしたいなら、どの商品が魅力的だと思う?」
「ふふふ……」

 突然、メーリンは笑った。

「メーリン?」
「いやいや、ダイチは謙虚アルね。この暗黒大陸にはもう魅力的な商品満載よ。武具も、農産物も、それにあのダイチが考案した絹織物は、魔族の間でブームになってると聞くね」
「え? そんなに!?」

 思わず俺は大きな声を上げてしまった。
 割と思いつきで考案したのだけど、まさかブームになってるとは思わなかった。

「十中八九、デスエヴィル族の狙いは宝石染めだな」
「間違いないアルね。商売の交渉なら、私やるアルよ」
「いや、わざわざ暗黒大陸まで来てくれたんだ。俺が対応しないのは失礼に当たるだろ」
「それもそうアルね。ダイチ、わかってるネ」

 ま、これでも元日本の企業戦士だからね。
 俺は苦笑で返すのだった。


 ◆◇◆◇◆


 メーリンに案内されてやってきたシードラは、作りかけの城を見て、圧倒されていた。
 ほう、と口を開けたまま、やってきたのは、魔王の間だ。
 その荘厳で、威厳に満ちた部屋と、その玉座に座る俺を見て、背筋を伸ばした。

 部屋には俺、メーリン、ルナとチッタ、ミャア、ステノが残った。
 入ってきたシードラを出迎える。

 デスエヴィル族の特徴は、なんと言っても角だろう。
 頭髪はなく、その代わり水牛と同じたくましい角が、横に向かって張りだしている。
 眉はなく、それ故鋭い三白眼は、より鋭利に光っているように見えた。

 シードラもおそらく俺が名前を付けた一体だろう。
 そのステータスは覚えていないけど、デスエヴィル族の能力値は総じて高かったことを覚えている。

「ご無沙汰しております、大魔王グランドブラッド様」
「シードラだったか。悪いな、あまりお前のことは覚えていないんだ」
「左様で。仕方ありますまい。名前を付けていただいた時以来ですからな」
「あと、俺のことはダイチでいい」
「かしこまりました、ダイチ様」

 シードラは膝を突き、頭を下げる。

 気持ち悪いぐらい素直だな。
 デスエヴィル族って、もっと傲慢だと思っていたのに。
 俺がよく知るデスエヴィル族が異端なんだろうか。

「それで、今日はどんな用件で、わざわざ暗黒大陸までやってきたんだ?」
「ダイチ様が、この暗黒大陸の領主になられたとお伺いしました。その祝意を述べることが1つ」
「ありがとう。他には?」
「暗黒大陸と我が領地は海こそ隔てていますが、距離としては近い。ならば、領地間の通商は必定かと……」
「必定と来たか……」
「何か、私はおかしなことを言ったでしょうか?」

 ああ。めちゃくちゃおかしいことを言ってる。
 実は、ゴーレム騎士との試合の前に、メーリンを通して近くの3つの領地に、農作物を分けてほしいとお願いした。むろん、有償でだ。
 3つのうち、2つの領地からは丁寧にお断りの連絡が来た。
 大魔王おれからの直々の手紙を無下にできなかったのだろう。
 それに手紙に書いてあった「暗黒大陸がまだ領地として定まっておらず(中略)通商規定を設けずに、農作物の売買はできない」というのも、断り方としては筋が通っていた。

 そして、最後に残った領地からは返事が来なかった。
 それがデスエヴィル族が治める領地だったのだ。

 手紙を送らなかった理由はいくらでも推測はできるが、結局のところわからない。
 ただ1つ言えることは、他の領地が手紙を以て断りを入れにきたのに対して、デスエヴィル族は何も返事をしなかった。
 これで心証を悪くしない者はいないだろう。

 ま――今、そのことを問い詰めても、すげなく躱されるだけに違いない。
 一応、こうやってまず使者を立ててきたのだ。
「商売をするから、お前の方から来い」と言われるよりは、マシだろう。

「いや、別に……」
「そうですか」
「ところで、俺は回りくどいのは嫌いなんだ。商売の話をしよう」
「奇遇ですね。私もです」
「それで、デスエヴィル族は何をご所望だ?」
「あなた方が『宝石染め』と呼んでる絹織物を、独占的に我らが買い取らせていただきたい」
「うちと独占契約を結びたいと?」
「あくまで『宝石染め』の1点ですがね」

 おいしいところだけ持っていきたいということか。

 なるほど。
 ようやく俺が知るデスエヴィル族らしくなってきたな。

「面白い」
「そうでしょう」

 シードラは薄く笑う。

「独占契約はいいが、あんたたちは一体何を俺たちに納めてくれる? 生憎と金貨は有り余っている。出来れば、現物で交換したい。例えば農作物とかな」

 かなり農地改革は進み、一応冬を過ごせる安全圏まで蓄えができた。
 けれど、まだみんなが満足して食えるほどじゃない。
 育ち盛りのルナやミャアにも、一杯食べさせて上げたいし。
 そのためには、現状他の領地から買い取る以外、方法はなかった。

 すると、シードラはぽつりとこう言った。

「何も……」

 一瞬、俺は目が点になる。
 俺以外にこの場にいる女性陣も驚いていた。

 続けざまに、シードラは告げる。

「あえて言うならば、名声を手に入れることができるでしょう」
「はあ? 何を言っているんだ?」
「何を言っているのは、私の台詞ですよ、ダイチ様」
「どういうことだ?」

 聞き返すと、シードラは大げさに溜息を吐いた。

「ダイチ様はどうやらわかっておられないのですね。所詮は人族か」

「シードラ殿。その態度は失礼じゃないアルか?」
「そうです! 今、目の前にいるのは大魔王様なのですよ」
「そうみゃ! もっと礼儀正しくするみゃ」
「…………控えめに言って、殺します」

 殺しちゃダメ。
 ステノ、抑えて。
 ナイフを収めて。
 気持ちはわかるけど。

「失礼しました。ですが、これもダイチ様のためなのですよ」
「俺のため?」
「この『宝石染め』は素晴らしい。……だが、このままでは商品を潰してしまうでしょう」
「魔族の間でブームになっていると聞いたが……」
「確かに。それは否定しません。ですが、皆様まだ知らないのですよ。この『宝石染め』が汚らわしい他種族の手で作られたものだと」
「なんだと…………」
「魔族の中には、他種族を侮る者もいる」

 自分の舌の根も乾かぬうちに、シードラは断じた。

「『宝石染め』の正体を知れば、必ず買え控えが始まるでしょう。しかし、ご安心ください、ダイチ様。我らがデスエヴィル族の販路を使えば、そのような心配はなくなると思われます」

 シードラは持ってきた鞄を開ける。
 中から1枚の『宝石染め』をした絹織物を俺に見せた。
 よく確認すると、絹の端に『デスエヴィル族』と名前が刻まれている。
 絹の上から書いたのだろう。
 黒く、モダンな字で書かれているが、綺麗な『宝石染め』が台無しだ。

「このように『宝石染め』の絹織物に、我らの種族のロゴを入れさせてもらいます。つまり、我らが作ったことにし、さらに多くの魔族にこの織物を買ってもらうのです!」

 最初は静かに話し始めたシードラだったが、次第に熱を帯び始めると、ついにその声を広い魔王の間に響かせた。

 しかし、次に待っていたのは、静寂だ。
 俺も、ルナたちも一言も発しない。
 ただ暗い瞳で、弁舌を披露した使者を見つめるだけだった。

「…………シードラ」
「はっ? いかがでしょうか、ダイチ様」
「お前は言ったな。我らに与えるのは名声だと。お前たちが作ったことにすれば、俺たちの名声は伝わらないと思うが」
「ご心配なく。デスエヴィル族は、あなた方の功績を高く評価するでしょう。それに人族の手垢がついた絹織物が、我ら魔族に使ってもらえる。それだけで十分というものしょう。さあ、ダイチ様。答えをお聞かせください」

 さあ……。さあ! とシードラはやや熱くなって、俺から答えを引き出そうとする。

 だが、俺の言葉は決まっていた。
 まずは深いため息を漏らす。

「た、溜息? なんですか、その態度は?」
「態度? お前こそ、その態度はなんだ?」
「え?」

 俺は玉座の肘掛けに肘を置き、足を組む。
 やや見下ろすように、シードラに告げた。


 俺は大魔王だぞ……。


「――――――ッ!!」

 その瞬間、シードラはピンと背筋を伸ばした。
 続いて慌てて膝を折り、頭を垂れる。

「お前が俺をどのように見ているかは些末なことだ。……だが、俺はかの魔王エヴノスに認められ、魔族の法律上においても『大魔王』として認められている。その者に対して、頭の高いまま弁を打っただけではなく、俺にとってつまらない商売の話をするとは……」


 お前は、一体何様のつもりなのだ?


「ひっ!」
「その非礼。大魔王を冠するものとして、万死に値する」
「死ぃ……? ふ、ふざけるな! 何が大魔王だ! お前には角もなければ、翼もない!
 ただの人族ふぜいがちょっとエヴノス様に認められたから調子に乗りおって! 私が罪というならば、人族でありながらエヴノス様をたぶらかし、大魔王としてあぐらをかいているお前の方こそ、死罰に値する」
「ほう……。なら、どうする?」
「こうするのだ!!」

 シードラはジャキリと音を立て、拳骨の先から爪を伸ばす。
 憤怒の面を浮かべて、俺に迫った。
 だが――――。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオンンンンンン!!


 そのシードラから振り下ろされたのは、巨大な釘バットであった。
 地面に叩きつけられたシードラは、ぺしゃんこになる。
 それでもさすがはデスエヴィル族。
 しぶとく意識は残していた。
 どうやら、うちの優しい聖女様が手心を加えてくれたようである。

 いくら無礼な使者でも、さすがに死者にするわけにはいかないからな。

「ダイチ様に危害を加える者は、何人であろうと容赦はしません」

 ルナは深緑の瞳を光らせ、宣言する。
 そのルナの身体を小突いたのは、ミャアだった。

「ルナ~。手を出すのが早いみゃよ」
「え? すみません」
「でも、ルナ。グッジョブ。私なら殺してた」

 ステノはぶれないなあ。

 俺はシードラのところまで近づき、告げる。

「今日はこのくらいで許してやる。領地へ帰ったら領主に伝えてくれ。今後、あなたと取引するつもりは一切ない。……あと、うちの領地の防衛能力も伝えておいてくれよ。見ただろう立派な城壁に、お城。そしてうちの聖女」


 滅ぼされたくなければ、黙ってろってな。


 シードラはドワーフに担がれ、退出していく。
 身体を回復させた後で、船で送り返すことにした。

「さすが、大魔王あるな」
「あれで良かったかな?」
「とても格好良かったですよ」
「むしろ怖かったみゃ。本物の大魔王みたいで」
「ミャア、ダイチは本物の大魔王……」

 正直に言うと、自分でも驚いている。
 そんなに好戦的な人間じゃないはずなんだけどな。
 あんな上から目線の発言したのも初めてだ。

 俺は後ろを振り返った。
 そこには玉座が置かれている。

「もしかして、これのおかげかな」

 王として威張らなきゃならないとか、そういう気持ちはなかった。
 ただあそこに座ってるかぎり、俺はルナたちの領主だ。
 だから、しっかりしなければという思いが、あの一連の発言になったのだろう。

「ところで、大丈夫アルか? シードラの言うこと、あながち間違ってないアルよ」
「他種族が作ったっていうのか、メーリン」
「そうアル。今は知られていなくても、いずれわかるアルよ」
「それなら、大丈夫だ。1ついい考えを思い付いた」

 俺はニヤリと笑って、次の行動を始めるのだった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

小説家になろうにて、新作「魔物を狩るな、とハンターギルドに言われたので、料理ギルドに転職したら、好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです。魔物が増えたから復帰してくれと言われたけど、もう遅い。」という作品を書きました!

日間総合1位、週間総合1位になった作品です。
是非応援いただきますようお願いします。
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