ボスは1人でいいと、魔王軍の裏ボスなのに暗黒大陸に追放されたので、適当に開拓してたら最強領地と嫁を手に入れた

延野 正行

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3章

第18話 まけいぞく あんやくする

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 ◆◇◆◇◆  ブラムゴン side  ◆◇◆◇◆


 暗黒大陸から本土に帰参したブラムゴンは、王都の端にある実家に立ち寄った。
 明日には本国勤務の辞令が言い渡される。
 その栄誉を両親に報告することが目的だ。

 早速、家に帰り、父バラムゴンに話をする。
 バラムゴンは大層喜んだが、ブラムゴンが暗黒大陸で出会った裏ボス――つまり大魔王グランドブラッド久代ダイチに話が及ぶと、濁った目をさらに曇らせた。

「まさか大魔王様自ら、暗黒大陸に赴任するとはな」

 威厳たっぷりに声を上げたのは、バラムゴンだ。
 白い体皮に、顎の下からは白髭を垂らしている。
 目を患っているのか、ほとんど白目だ。
 しかし、漂う雰囲気は魔蛙族を治める長にふさわしく、覇気を身に纏っていた。

「親父様、大魔王様は我ら魔蛙族しいては魔族をも侮辱された。この上は、エヴノス様にこのことを報告し、我ら魔族を侮辱した大魔王を――――」
「ならん……」
「え? 今、なんと言ったのです、親父様」
「ならんといった。エヴノス様に伝えてはならん」
「何故ですか?」

 バラムゴンは1度白髭を撫でてから言った。

「エヴノス様と大魔王様は仲が良いと聞いている。お前が大魔王様に手をかけるようなことをすれば、きっとお前を咎めるだろう」
「し、しかし、父上。仲が良いというなら、何故エヴノス様は大魔王をかの暗黒大陸に差し向けたのですか?」

 ブラムゴンは少し食い気味に、実の父に迫った。

「落ち着け、我が息子よ。私にもわからんことがある。だが、暗黒大陸は我ら魔蛙族にとっていささかややこしい土地でもある」
「人身売買のことですな」
「そうだ……」

 魔蛙族は魔族の中で、マナストリアではすっかり珍しくなった人族や獣人族などを売り買いすることによって、勢力を拡大してきた一族である。

 そして実を言えば、魔族は人身売買を禁止していた。

 それは魔王エヴノスの方針である。
 エヴノスは純血派と呼ばれる魔族だ。
 かなり極端に他の種を忌避しており、他の魔族にも徹底させている。

 大魔王のダイチを召喚する際、かなりの葛藤があったことはエヴノスが最後まで異世界召喚を拒んでいたことからも明らかだった。
 ダイチと関わることで、その考えは変節されるかにみえたが、結局人身売買の禁止する御触れが撤廃されていないところをみると、依然として考えは変わっていないらしい。

 だが、魔族の中でも人族や獣人族を欲するものが少なからずいる。
 例えばヴァンパイアと呼ばれる魔族だ。
 血を主食とする彼らにとって、人間の生き血は最高の贅沢だという。
 さらには人間を不死化させることによって、種族を増やすアンデッド族、スケルトン族。
 ブラムゴンのように、人族を性のはけ口にする種も少なくない。

 そうした魔族のニーズを理解し、闇で売買を行ってきたのが、魔蛙族なのだ。

 しかし、いくらニーズがあるといえど、エヴノスの命令に背いていることは事実である。
 白日の下にさらされれば、最悪死罪もありうる。

「しかし、親父様。このままではエヴノス様と仲が良い大魔王様から告げ口される恐れも」
「噂ではその関係性は決裂したと聞いておるが……」
「我が輩にはそのようには見えませんでした。あの暗黒大陸を褒賞としてもらっても、感謝しておりましたし」
「では、ブラムゴンよ。大魔王様を抹殺せよ」

 ブラムゴンはハッと顔を上げた。
 見ると、バラムゴンが濁った目に殺気を込めて、息子を睨んでいる。
 あまりの気配に、ブラムゴンは慌てて顔を伏せた。

「ですが、親父様。大魔王を討てば……」
「お前もその気だったのだろう? なに案ずるな。大魔王も所詮は人族よ。如何様にも処理することができよう」
「ならば、暗黒大陸の人族どもに殺されたことにしましょうか? ついでにその危険な人族を我ら魔蛙族で捕まえてしまえば、エヴノス様もお喜びに」
「それは名案だ、我が息子よ。なかなかお前も悪よのぅ」
「いえいえ。親父様ほどでは……」


「ゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッ!」
「ゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッ!」


 親子のいやらしい笑い声が重なるのだった。


 ◆◇◆◇◆  魔王 side  ◆◇◆◇◆


 本日、エヴノスの姿は執務室にあった。
 魔王城の再建も目処が立ち、真新しくなった執務室で真面目に執務をこなしているかといえば、そうではない。
 お気に入りのサキュバス――アリュシュアを連れ込み、自分の膝においてイチャついていた。

 コンコン……。

 突如ノックが鳴る。
 最初は無視してアリュシュアの首筋を舐めていたが、外から聞こえる声を聞いてエヴノスの態度が一変した。

「ローデシアでございます、魔王様。お目通りをお願いします」

 厳かな声を聞いて、エヴノスは眉を顰めた。
 軽く舌打ちした後、膝の上に置いていたアリュシュアを立たせる。
 名残惜しそうにアリュシュアは目を細めた後、エヴノスと一緒に乱れた衣服を直した。

「入れ」

 入ってきたのは、黒い甲冑を身に纏った魔族だった。
 全身をすっぽりと覆い、独特の気配を辺りに放っている。
 フルフェイスの兜を脱いだ後、闇色の髪が広がった。

「執務中、失礼いたします」

 声と同時に閃いたのは、氷のように青い瞳だった。
 殺意にも似た気配に、側で見ていたアリュシュアの顔が一瞬強ばる。
 エヴノスもまた神妙な顔を浮かべるだけだった。

「よい。何用だ、ローデシア」

 暗黒騎士族ローデシア。
 法の番人でもある彼女は、魔王軍内部での不正を調査する任務も帯びており、度々こうしてエヴノスの前に現れては、報告に訪れる。
 非常に実直で厳格な性格を持ち、どんな種族の魔族を前にしても揺らぐことはない。
 それはエヴノスだとしても容赦しないといわれ、ローデシアは心臓まで甲冑を帯びていると、影で囁く者もいるほどだ。

 当然、エヴノスも一目を置いている。

「お耳に入れていただきたいことがあり、参上しました」
「何だ? 手短いに話すがよい」
「ではそのように……。魔族の中で人身売買が横行しております」

 エヴノスは椅子を蹴って立ち上がる。
 その眉間にみるみる皺が刻まれていった。

「誠か?」
「はっ! 間違いありません。スケルトン族と、ヴァンパイア族から数名利用者を捕らえました」
「そいつらが下手人という可能性は……」
「目下調査中です。ですが、おそらく両種族とは別の種族が手引きしているかと。しかも、かなり大規模な組織犯罪だと思われます」
「おのれ!!」

 エヴノスは机の上のものを手で全て払う。
 それでも怒りを収めることはなかった。

「ヤツらには魔族の埃はないのか。他種族の血を飲み、仲間に加えるなど汚らわしい」

 エヴノスはギリギリと歯を鳴らした。

 その時エヴノスの脳裏に浮かんだのは、ダイチの顔だ。
 他種族を極端に嫌うエヴノスにとって、ダイチとの生活は黒歴史以外の何ものでもない。
 ダイチの能力の有用性にはすぐ気付いたが、結局エヴノスが他種族を認めることはなかった。

 エヴノスが一番熱心にダイチの育成を受けていたのも、早くダイチを自分から遠ざけたかったからだ。

 だが、ダイチを殺さず、暗黒大陸に島流しをしたのには、エヴノスなりの理由があった。

「ローデシアよ。よくぞ報告してくれた。捜査を続けよ。人身売買の下手人を捕まえるのだ」
「かしこまりました。ところで魔王様。大魔王様のことですが」

 エヴノスの眉がピクリと動く。
 先ほどまで怒り狂っていたエヴノスの顔が、波が引いていくように青白くなっていく。
 落ち着きを払い椅子に座ると、何もなくなってしまった机の上に手を置いた。

「暗黒大陸に行かれたと耳にしました。一体どのような用件でしょうか? あそこには、他種族以外何もないはずですが……」

 ローデシアの眼光が鋭く光る。

 実は魔族の中には、大魔王グランドブラッド――つまり裏ボスダイチをを信奉する者も少なくない。
 ローデシアはその急先鋒だった。
 魔族の中に横行する不正を浄化する知恵を与えたのが、異世界人であったダイチであったからだ。

 厄介なことに、ローデシアのように有力な魔族に信奉者は多い。
 故に、如何にエヴノスとてダイチを安易に手をかけるわけにはいかなかったのである。

 ローデシアの眼光を真正面から受け止めたエヴノスは、表情を変えずに答えた。

「いつもの戯れだ。あいつが暗黒大陸を見たいと言い出してな。お前も知っているだろう、ローデシア。あいつの好奇心の強さは」
「なるほど。つまり、ダイチ様は物見遊山のために暗黒大陸に赴いたということですね」
「その通りだ。あいつの好奇心の強さには参ったものだ。なあ、アリュシュア」
「え? そ、そうですね。おほ……おほほほほほほほほほほ」

 誤魔化すように笑う。
 エヴノスも低く笑ったが、ローデシアは眉1つ動かさなかった。

「わかりました。人身売買の件についてご相談をしたかったのですが、暗黒大陸では致し方ないですね。ああ……。いっそわたくしが赴けば」
「待て待て待て待て。ローデシア、それはやめろ」
「何故ですか?」

 再びローデシアの氷の瞳が光る。
 さすがのエヴノスも抗しきれず、うっと言葉を詰まらせた。

「これはヤツの息抜きだ。我らのような異形のものがいては、あやつも息が詰まるであろう?」
「確かに……。そう言えば、ダイチ様も言っておりました。休暇中にカイシャから呼び出しを喰らうのが一番辛かったと。さすがエヴノス様。ダイチ様のことをよくお考えになっておりますね」
「そ、そうであろう」

 他種族嫌いのエヴノスからすれば、耳が腐るような台詞であったが、なんとか苦笑いだけで耐えきることができた。

「それでは失礼します」

 最後に一礼すると、ローデシアは部屋の外に出て行った。

「全く息が詰まる魔族だ」
「ご苦労様でした。何か飲み物でもお持ちしましょう」
「頼む」

 続いてアリュシュアも部屋から出て行く。
 エヴノスは無意識に爪を噛んだ。

「ダイチめ。いなくなっても、我に迷惑をかけおって」

 怒りを露わにするのだった。
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