上 下
67 / 71
3章

第45話 鍛錬をしよう

しおりを挟む
「ふぅ……」

 我は朝日を浴びながら、汗を拭った。
 今日もつつがなく日課を終えて、今はアレンティリ家の水場にいる。
 汗が残ったまま上がると、「淑女が汗を掻いて家に上がるものではないのだ」とやや無茶ぶりともいえるターザムの怒号を聞くことになるからだ。

 だから、こうして水場で顔を洗い、水滴を拭い、軽く髪が乾くまで待っていた。

 冬場は冷たいが、夏は気持ちいい。
 秋と春はその中間といったところだろう。

 ところで今日は起きてから驚くべきことがあった。
 気が付いたら、横にハートリーとネレムが寝ていたのだ。
 しかも一緒に手を繋いで……。

 我は嬉しさと驚きで、思わず世界消滅の魔術を使うところを何とか堪えた。

 自分が何も気付かず寝入っていたことには、驚きだが、よもや友とはいえ、これほど人に無防備なところをさらすとは、まだまだ我も未熟だ。
 少々たるんでいるかもしれぬ。
 鍛錬をもう少し増やす必要があるかもしれぬな。

 朝食までまだ少しある。
 もうちょっとだけ、鍛錬をするか。

「あ。ルーちゃんいた!」
「ルヴルの姐貴、探しましたよ」

 ハートリーとネレムがこちらにやってくる。
 どうやら我を探していたらしい。

「びっくりしたよ。朝起きたら、いなくなっていたんだもん」
「またどっかに行ったのかと、ハートリーの姐貴が心配していたんですよ」

「それは……。驚かせてごめんなさい」

 2人が気付かなかったのも無理はあるまい。
 ハートリーとネレムを起こさないように、時間停止の魔術を使って寝室を抜け出してきたのだからな。

「ところで何をしているんですか?」

 尋ねたのはネレムだ。

「朝食までまだ少しあるので、鍛錬を続けようかと」

「え? まだ鍛錬するの?」

「無理すると、身体が壊れちゃいますよ、姐さん」

「別に無理はしてませんよ。5年前から続けていることなので」

 というか。これでも抑えている方だ。
 人間の身体はかなり脆いからな。
 あまり厳しすぎると、ネレムの言う通り壊れてしまう。
 魔王であった頃は、今の1000倍はやっていたはずだ。

「もし良かったら、私の鍛錬に付き合いませんか? 難しいことはありませんよ。単なる実戦形式の組み手です」

「組み手……? えっと……。それって危なくない?」

「大丈夫です。ちょっと地形が変わるぐらいですから」

「地形が変わる?」

「はい! どうですか?」

 我はにこやかにハートリーとネレムを誘う。
 そう言えば、友達と鍛錬したことはないことを今思い出した。
 模擬戦の時、クラスの同級生たちと鍛錬する機会も逸したままだ。

 むしろハートリーとネレムを誘うには絶好の機会だろう。

 ところが……。

「い、いいよ。ルーちゃんの邪魔になったら悪いし」
「あ、あ、あ、あああたいも遠慮しておくっす」

 ハートリーとネレムが血相を変えて首を振った。
 ん? どうして、そんなに怖がっておるのだ。
 また我、なんかした?

「た、鍛錬には付き合えないけど、見学ぐらいなら」

「そ、そうっすね。見学なら」

 まだ夏でもないのに、2人は汗を垂らしている。
 春の朝。肌寒いぐらいだというのに、ハートリーとネレムの反応がおかしい。
 もしかして、病気か?
 なるほど。それで鍛錬を断って、見学すると言っているのか。

「2人とも何か病気ですか? 私の回復魔術がいりますか?」

「だだだだ、大丈夫だよ、ルーちゃん」
「あたいも問題ないッス! 馬鹿は風邪引かないっすよ」

「そうですか……」

 ちょっと残念だ。
 2人に回復魔術いいところを見せるチャンスだったのに。

 だが、それは今からの鍛錬を見てもらってからでも遅くはあるまい。

 我は【閾歩ディスン】を使って、移動する。
 ハートリーとネレムを鍛錬場へと連れてきた。
 そこはアレンティリ領から遥かに離れた盆地だ。
 山に囲まれた平たい大地が広がっている。

「そう言えば、ルヴルの姐さん。組み手と言ってましたね。誰と相手するんですか?」

「ご心配なく……。もうすぐ来ると思いますよ」

 すると、やってきたのは20代前半の男だった。
 明るい黄色の髪に、緑色の瞳をしている。
 筋肉は隆々としているが、タンクトップと動きやすそうなパンツだけで、武器や防具は一切身に着けていない。

「あら、ヴァラグ……。まだ鍛錬していたのですね」

「はっ! それよりもルヴル様、鍛錬を終えたのでは?」

 ヴァラグという男は、我の前に膝を突いた。
 その恭しい態度を見てか、ハートリーとネレムは首を傾げる。

「ルーちゃん、その方は?」

 ハートリーが尋ねると、ヴァラグは目線を動かした。
 その冷たい視線に驚いたのか。
 思わずハートリーは「ひっ!」と悲鳴を上げる。

「ヴァラグ、そんな態度をとってはいけません。2人は私の友達ですよ」

「失礼しました」

「ごめんね、ハーちゃん。まだヴァラグは慣れてなくて」

「いえ。わたしこそ……。それでえっと――――」

「この人はヴァラグ。私の稽古お友達です」

「と、友達?」
「姐さんの?」

「で――」


 魔族です。


 …………。

「ま、ま、ま……」
「ままままま……」


 魔族ぅぅぅぅううううううううううううう!!!!


 2人の絶叫が響き渡るのだった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

理由は次回……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

悪役令嬢は始祖竜の母となる

葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。 しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。 どうせ転生するのであればモブがよかったです。 この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。 精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。 だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・? あれ? そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。 邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

最強幼女のお助け道中〜聖女ですが、自己強化の秘法の副作用で幼女化してしまいました。神器破城槌を振り回しながら、もふもふと一緒に旅を続けます〜

黄舞
ファンタジー
 勇者パーティの支援職だった私は、自己を超々強化する秘法と言われた魔法を使い、幼女になってしまった。  そんな私の姿を見て、パーティメンバーが決めたのは…… 「アリシアちゃん。いい子だからお留守番しててね」  見た目は幼女でも、最強の肉体を手に入れた私は、付いてくるなと言われた手前、こっそりひっそりと陰から元仲間を支援することに決めた。  戦神の愛用していたという神器破城槌を振り回し、神の乗り物だと言うもふもふ神獣と旅を続ける珍道中! 主人公は元は立派な大人ですが、心も体も知能も子供です 基本的にコメディ色が強いです

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

国外追放を受けた聖女ですが、戻ってくるよう懇願されるけどイケメンの国王陛下に愛されてるので拒否します!!

真時ぴえこ
恋愛
「ルーミア、そなたとの婚約は破棄する!出ていけっ今すぐにだ!」  皇太子アレン殿下はそうおっしゃられました。  ならよいでしょう、聖女を捨てるというなら「どうなっても」知りませんからね??  国外追放を受けた聖女の私、ルーミアはイケメンでちょっとツンデレな国王陛下に愛されちゃう・・・♡

処理中です...