「さあ、回復してやろう」と全回復させてきた魔王様、ついに聖女に転生する

延野 正行

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3章

第37話 お待ちしてました、魔王様

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「痛い!」

 ハートリーの悲鳴が響く。
 王宮の廊下を歩いていたハートリーは、突然何者かに突き飛ばされる。
 立っていたのは12、3歳ぐらいのまだ子どもといえる男の子だった。

 綺麗な服装に、やや栄養過剰すぎる体型。
 顔には卑しい者を蔑むような目と、歪んだ口角があった。
 王宮では家臣が寝泊まりする場所こそあるが、家族で一緒に住んでいる例は皆無。
 そもそも王族以外、許されていない。

 自然と王宮に住む子どもは限られる。
 この男の子も王族なのだろう、とすぐに察することができた。

「卑しい平民の娘め。父上を騙して、王位をかすめ取ろうなんて」

「わ、私は…………」

「兄様も、姉様も、お前が殺したんだろう。ぼくが成敗してやる」

 名も名乗ろうとしない王子の手には、すでに木刀が握られていた。
 おそらく部屋をこっそり抜けだし、王宮に巣くう殺人者を成敗しようとでも、考えていたのかもしれない。

 すでに目は血走り、子どもなのに殺気が見える。
 余程、兄や姉が殺されたことに対して、憤っているのだろう。

 このままでは殺される。

 ハートリーは察し逃げ出した。
 とにかく近衛を呼ばなければ……。

「…………え?」

 ハートリーは走りながら、あることに気付く。
 陽が落ち、真っ暗になった中庭に出ると、それは確信に変わった。

「いない……。近衛の人が…………いない」

 思えば王族は基本的に自室待機が命じられている。
 こんな子どもが、大人も付けずに出られるはずがない。
 そもそも…………。

「あれ? なんで? わたし、廊下に立っていたんだろう?」

 反射的に近くにあった噴水に、自分の顔を映す。
 そこに映ったのは、ハートリー・クロースの顔だった。
 だけど、否応にも自分ではない自分を感じる。

 まさか、と嫌な予感がした。

「追い詰めたぞ、犯人め」

「違う! わたしじゃない!!」

 ハートリーは訴えかけた。
 その時だ。

 じゃっ!!

 血煙が散った。
 赤い鮮血が一瞬花開いたように、ハートリーの視界に映る。
 目の前の王子の目がぐるりと回った。
 そのまま白目を向くと、あっさり倒れる。
 先ほどまで顔を赤くして勇んでいた王子の顔から、一転して生気が失われていく。

「キャアアアアアアアアアアア!」

 絹を裂くような悲鳴が夜の王宮に響き渡る。
 聖クランソニア学院で何度も怪我人を手当してきた。
 それでも、目の前で人が死にゆく様を見るのは、これが初めてだ。

 ハートリーは半狂乱になる。
 それでも、聖女として奉仕精神は忘れない。
 血を見た瞬間、思った事は一刻も早く治療しなければという思いだった。

 石床を蹴り、ハートリーはドレスの裾をつまみ、駆け出す。
 まるで滑り込むようにして、王子に近づくと、すぐに回復魔術を詠唱した。
 温かな光が王子を包む。
 だが、王子の容態はよくならない。
 それどころか、より土気色に近くなっていく。

「なかなか面白いね、君……。その王子は君を犯人扱いした上に、殺そうとしたんだよ」

 冷たい声が響く。
 それは横に立った殺人鬼の声であった。
 ふとハートリーが顔を上げる。
 夜の闇の中でワインレッドの瞳が妖しく揺らめいていた。

「何故こんなことをしたんですか、ユーリさん?」

 立っていたのは、ユーリ・ガノフ・セレブリヤだった。
 片手に提げた剣には美しい装飾とともに、赤い血がべったりとついている。
 勢いよく振ると、近くの壁に赤い斜線が引かれた。

「何故? 僕は君を助けようとしただけだよ」

「だけど、殺す必要なんてなかった」

「ああ。君にはなかっただろう。だが、僕には殺す必要があったんだ。あの方ヽヽヽのためにね」

あの方ヽヽヽ?」

「いずれ君も知るところになるさ」

「わたしは……。わたしは殺さないのですか?」

「殺さないよ。そんなことをしたら、怒られてしまうからね」

「誰に? ……それもあの方ヽヽヽって人のため?」

「ええ。その通りです。そろそろ来る頃でしょう。あなたの悲鳴を聞いてね。いつかやってくるだろうと思いましたが、こんなにも早くやってきてくれるとは? |あなたをダシにして呼びだした甲斐があったというものです」

「え?」

 その時であった。
 声が聞こえる。
 それはハートリーもよく知る声だった。

「ハーーーーーーーーーーーーーーーーーちゃーーーーーーーーーーーーーん!!」

 自然とハートリーの目に涙が滲んだ。
 懐かしさを余りというのもある。
 でも、恐怖と心細さで冷たくなっていく自分の心が、その一声だけで沸騰していくのを感じた。

 ダンッ!!

 空から振ってくる。
 ふわりと淡い桃色のスカートが舞い、銀髪がまるで天使の翼のようにはためいた。
 そしてついに赤い目が、目の前のハートリーを捉える。

「ルーちゃん!!」

 ハートリーはルヴルを抱きしめる。

「おおっ!」

 ハートリーの速攻にルヴルは戸惑う。
 それでも安心させるようにハートリーを抱きしめ、その髪を撫でた。

「お待たせしました、ハーちゃん」

「ううん。きっと来てくれるって信じてたよ」

 涙を流し、ハートリーは再会を喜ぶ。
 だが、すぐに気付いて、側に倒れた王子を指差した。

「ルーちゃん、早速で悪いんだけど、この子を助けてあげて」

「見たところ王国の王子でしょうか。任せてください」


 さあ、回復してやろう。


 ルヴルが回復魔術を使う。
 土気色だった王子の顔に、みるみる生気が戻ってくる。
 息を吹き返すと、すやすやと安らかな寝息まで聞こえてきた。

「ありがとう、ルーちゃん」

「これぐらいどうということではありませんよ、ハーちゃん。それよりも……」

 ルヴルは側に立っていたユーリを見つめた。
 ハートリーから離れると、ユーリの前に立ちはだかる。

「やはり、あなたが黒幕ですか、ユーリ……」

「どうやら、僕の供物を気に入っていただけたようですね、我が君」

 現れたルヴルにユーリは剣を向けることはなかった。
 口を閉じ、妖しく笑うと、膝を突いて手を胸に置く。
 やがてゆっくりとその金髪を垂らして、頭を下げた。


 大魔王ルヴルヴィム様……。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

一体ユーリは何者??
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