「さあ、回復してやろう」と全回復させてきた魔王様、ついに聖女に転生する

延野 正行

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3章

第32話 魔王、敵を望む

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 学院に出かける前の朝。
 いつも通り朝食を摂っていると、普段は黙って食事を摂るターザムが、この日珍しく口を開いた。

「ルヴルよ。最近王都で連続殺人事件が起こっているそうだ」

「連続殺人事件……」

「まあ、怖いわねぇ」

 マリルは顔を曇らせる。

「ルヴルちゃん、授業が終わったら真っ直ぐうちに帰ってきなさい」

「その方がいい。道草など食っては行かんぞ」

 別に道草など食うほど、腹を空かしてはおらんが……。
 とはいえ、ターザムに自主練をしているというと、烈火のごとく怒るからな。
 「淑女はマリルのように少しふくよかな方が良いのだ」と公言しているし。

 我はどちらかと言えば、引き締まった感じの女子おなごの方が好みだが……。

「とはいえ。ルヴルが標的になることはないがな」

「どういうことですか、あなた?」

「公には連続殺人事件の被害者は公表されておらんが、よからぬ噂は聞いた」

「よからぬ噂?」

 我は眉宇を動かす。

「被害者が全員、王族だそうだ」

「王族? 王族って、王様の親族ってことよね。まあ、王様も心を痛めておいででしょう」

「王宮は犯人捜しで大騒ぎだそうだ」

 なるほど。
 それで噂が広まったということか。

 王宮とは人類にとって最後の砦となる。
 君主や多くの権力者の住み処。
 当然衛兵の数は並みではなく、そこで殺人を起こすのは容易ではない。
 そのプロテクトを破り、殺人に及ぶことができる者は早々いるものではないだろう。

 1つ身内の犯行だ。
 9割がこれだろう。
 だが、1割ともなれば、話は別。
 相当な使い手であることは察せられる。

「どうしたの、ルヴルちゃん? なんか怖い顔をして」

 気付いた時にはマリルが心配そうな目で見ていた。

「また良からぬことを企んでいるのではないか、ルヴル」

 ターザムもギロリと我を睨む。

「そ、そんなことはありません、父上。そろそろ出立する時間なので、私はこれで」

 そそくさとその場を後にし、家を出るのだった。



 聖クランソニア学院に続く赤煉瓦の道を歩きながら、我は少し物思いに耽っていた。

 自分の生活は充実していると思う。
 常に回復魔術の深奥の座に身を置き、加えて語らう友達もできた。
 玉座に座っていては体験できなかったであろう経験も積み、心技体ともに研鑽の日々を送れている。

 ただ時々、ぽっかりと心に穴が空いたような気分になる。

 十分すぎるほど、学院や友、クラスメイトから心の対価をもらっているというのにだ。
 原因はわかっている。
 おそらく敵なのだ。

 この大魔王ルヴルヴィムは、敵を欲しているのだ。
 それも生半可な相手ではない。
 好敵手を……

 だが、そんな逸材に出会うことはなかなかない。
 聖クランソニア学院でトップクラスに強いという『八剣エイバー』という輩も、学生の領分を抜けていなかった。

 ロロクラスとは言わぬ。
 せめて、我に明確な殺意を持って挑み、ギリギリのところで斬り結んでみたい。
 ふと、そういう欲に囚われることがあるのだ。

 そういう意味で気になったのが、王宮で殺人事件を起こしている犯人であろう。
 身内の犯行の可能性は大いにある。
 だが、仮に王宮のプロテクトを突破し、犯行に及んでいるものがいるとすれば……。


 それは間違いなく、我にとって良質な餌となろう……。


「ひぃいいぃぃいぃいぃい!!」

 なんか聞き覚えのある悲鳴が、側で響いた。
 見ると、ハートリーはスッ転んでいる。
 朝からドジだな、ハーちゃんは。

「大丈夫ですか、ハーちゃん」

 我は手を差し伸べる。
 同時に回復魔術をかけた。


 さあ、回復してやろう。


 ハートリーの膝小僧にできた傷がみるみる治っていく。
 うむ。今日の回復魔術はなかなか調子が良さそうだ。

「…………」

「ん? ハーちゃん、どうしたの?」

 何かハートリーが呆然としている。
 寝不足? それとも病気?
 くっ! いずれにしてもハートリーを全回復できていない時点で、我の回復魔術は未熟ということではあるが……。

 調子良さそうなどと、油断してしまった。
 もっと気を引き締めなければ。

「ありがとう。でも、久しぶりにビックリしちゃった。ルーちゃん、また以前みたいに悪い顔をしてるんだもの」

「う! また私、ジャアク顔になってました?」

 ハーちゃんに聞いて知ったのだが、私には通常の笑顔と、ジャアクな笑顔があるらしい。
 友達が出来てからは、なりを潜めていたのだが……。
 まあ、魔王の頃のことを考えていたからであろう。

 そもそも今は我は人間で、聖女の候補生だ。
 敵を求めること自体ナンセンスと言える。

「ごめんなさい、ハーちゃん。驚かせて」

「ううん。いいのいいの。むしろ昔を思い出して、懐かしくなっちゃった」

 ハートリーは首を振り、煉瓦道の方へ視線を向けた。

「ルーちゃん、覚えてる? ルーちゃんが、ここで友達になってよ、と言ったの」

「勿論覚えてますよ」

 今思うと、少し恥ずかしい。
 が、あの時の歓喜は生涯忘れぬだろう。
 何せ、今世において我の初めての友達だったのだからな。

「あの時、すっごくビックリしたよ。いきなり押し倒すんだから」

「あ、あれは…………マリルがそうしろと」

「え? マリルおばさんが? そっか……。でも、それが良かったのかも」

「押し倒したのが?」

「わたし、引っ込み事案だから。誰かが友達になろうっていうのを待つことしかできなかったの。だから、全然学院で友達ができなくて。そしたら、ルーちゃんが」

「ご、ご迷惑だったでしょうか?」

「ううん。すごく嬉しかったよ。ルーちゃん」

「はい?」

「わたしの友達になってくれて、ありがとう」

 ハートリーは笑顔で感謝を伝えた。

 何を言うハートリー。
 感謝すべきは我も一緒だ。
 周りからジャアクと恐れられている中、ハートリーは我の友達になってくれた。

 周囲からの視線を無視し、我の友となってくれたこと、相当な勇気が必要だ。
 そなたは友達で、そして我の勇者だ。

 そうだ。
 何も強さが我を満足させるのではない。
 ハートリーのような心の強きものこそ、我が欲する強者ではないだろうか。

「私の方こそ感謝いたします、ハーちゃん」

 我は笑みを見せる。
 普段、自覚はないが、この時ばかりはジャアクではない笑みを見せれたと思う。

 その時であった。
 聖クランソニア学院が誇る赤煉瓦に、馬車が乗り付ける。
 校舎の方へと向かっていくのかと思いきや、馬車は我らの前で止まった。

 瀟洒な木細工が彫られた客車の中から1人の紳士が現れる。
 撫でつけられたブロンドの髪に、ワインレッドの瞳が冷たく光る優男であった。

 こちらにやってくると、ハートリーの前で止まる。
 膝を突き、優男は言った。


「お迎えに上がりました。ハートリー王女……」


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

最終章は中編ぐらいの長さになってしまいました。
いつもより長くて、シリアスな風味なお話ですが、楽しんでいただければ幸いです。
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