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1章
第19話 八剣
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「何をしているんだ、ミカギリ君!?」
審判が詰め寄る。
周りの教官たちも集まってきた。
取り押さえようと構えるも、ミカギリという輩は構えもせずに、ただ悠然としている。
「教官殿。これはしつけです」
「しつけ?」
「オレはAクラスの聖剣候補生。それも第3候補生です。上級生として、下級生を指導するのは、当たり前のことです」
「しかし、手を切るなど」
「手を切ったぐらいじゃ死にませんよ。今は回復魔術の技術が進んでいる。そもそも、そのための聖女じゃないですか? まあ、筋や神経まで治るかわからないですけどね。ですが、才能のない者に引導を渡すのも、上級生の勤めかと」
「し、しかし――――」
声を荒らげる教官の前に突きつけられたのは、大太刀だった。
「それ以上、何か言うのであれば、教会法廷にかけるなりなんなりしてください。まあ、貴重な聖剣候補生を、こんな雑事で失うほどあなたたちは愚かではないでしょうからね」
ミカギリは低く笑う。
教官はそれ以上何も言わなかった。
ゆっくりと後ろに下がって、様子を見ていることしかできない。
教官殿は悪くない。
このミカギリという輩は強い。
ここにいる教官たちは、第一候補生のBクラス程度なら黙らせるぐらいの素養しかない。
だが、このミカギリはそれ以上の逸材だ。
聖剣候補生というのも、嘘ではなかろう。
そのミカギリは得意げに鼻を鳴らし、視線を変えた。
「よし。これでいいでしょう」
「ん?」
ミカギリは振り返る。
ちょうど我がルマンドの腕が、回復魔術で治した所だった。
「ジャアク……。君は、一体何をやっているんだい?」
睨んだのは、ルマンド自身だった。
他のBクラスの連中も驚いている。
我は構わず、ルマンドの手の甲をつねった。
「痛ったっっっっっっ!!」
ルマンドの顔が苦悶に変わる。
「どうやら、神経も無事通ってるようですね」
「そんなあの大怪我を一瞬で」
「しかも神経はおろか、筋肉や骨まで完璧に再生させるなんて」
「すごい……」
Bクラスの聖女たちは目を剥く。
一番呆然としていたのは、ルマンドだった。
何度も手を開いたり閉じたりしながら、手の感触を確かめている。
ルマンドの傷が治ったのを見届けた我は、振り返る。
その瞬間、我の額にあの大太刀が突きつけられていた。
「動くな。それ以上、勝手なことをするんじゃない」
「勝手なこととは何ですか? 私は聖女候補生、傷を負っている者がいれば、癒やすのが聖女としての務めではないですか?」
「大層な志だ。立派です。しかし、そこにいるビー君はあなたたちを脅迫してきたのではないのですか? そんな相手でも、君は回復させると?」
「そ、そうだよ、ルヴルさん」
「ルマンドは俺たちを脅したんだ」
「むしろざまーみろだろ」
「上級生の言う通りだ!」
今度はFクラスの方から声が上がる。
それを聞いて、ミカギリはニヤリと笑った。
「ほら。お友達もこう言ってますよ」
「何度も申し上げましょう。傷を癒やすのが聖女の務めです。私はこの学校に来て、そう学びました」
回復魔術は、己の欲や権力を満たすため、まして施し与えるものではない。
傷を負っている者、病魔に冒された者を人種階級関係なく、癒やす奇跡である。
聖クランソニア学院に来て、最初の授業で習うことだ。
それは聖騎士も神官も同様のはず。
教官殿たちからの金言を、どうしてこの者たちは忘れられるのか。
不思議でならぬ。
「本当にそう思っているのですか?」
「むしろあなたたちはこの掟を守らず、好き勝手していることに瞠目することを禁じ得ません。ただここまでFクラスと平民と蔑んだ者に施しを受けた誇り高き王国貴族が、醜い仕返しを繰り返すとは思いませんが」
我がそういうと、ルマンドは俯いた。
その姿に、復讐してやると息巻いた貴族の姿はない。
「フフフ……。面白い。君が噂のジャアクですか。聞いてたよりも、ずっと賢そうな方なんですね」
「恐れ入ります。ですが、私はあなたに対し失望を禁じ得ません」
「は?」
「聖剣候補生と謳われ、成績優良な生徒が下位クラスの生徒を奇襲する卑怯者とは思いませんでした」
殺気が満ちる。
ミカギリの髪がぞわりと動いたような気がした。
「誰が卑怯者だと……」
「あなたのことですよ、ミカギリ・ザザ」
「Fクラス風情が――――」
ミカギリは大太刀を振り上げる。
だが、振り下ろされることはなかった。
我がその前に、ミカギリにピッタリと貼り付き、間合いを潰したからだ。
「どうしました、ミカギリ?」
「――――ッ!!」
ミカギリは反射的に後退する。
我は無理に追わなかった。
次にミカギリが吐き出す言葉を待つ。
「勝負しなさい、ジャアク」
「いいですよ」
我は即答した。
にわかに周囲の教官たちが騒ぎ出す。
「やめろ! 生徒同士の私闘は禁じられている」
「これは私闘ではありません、教官」
「ジャ――――ルヴルさんまで何を言ってるんですか?」
「我々はBクラスの生徒を倒しました。次の模擬戦の相手はAクラスのはずですが」
我が尋ねると、最初に反応したのはミカギリだった。
「フフフ……。AクラスがB以下の雑魚なんか相手にしませんよ。Aクラスには、オレを含めた他の『八剣』や次期候補となる第一候補生もいるんです。あなたたち如きが適うはずがありません」
ミカギリは肩を竦める。
「そうですか? でも、あなたは相手をしてくれるのでしょう?」
「いいでしょう。特別に講義してあげますよ」
ミカギリは大太刀を掴み直して、構えた。
教官たちは何も言わない。
ただ膨れ行くミカギリの殺気に戦くだけだ。
自然と人の気配が遠ざかっていった。
「ルーちゃん……」
ハートリーの声が聞こえた。
心配そうに我の方を見つめている。
「大丈夫だよ、ルーちゃん」
我は腕を掲げて、言葉に応えた。
ハートリーが競技場から出て行くのと入れ替わるように、審判役の教官が話しかけてきた。
「る、ルヴルさん……。こうなった以上、もうあなたに任せます」
「ご心労をおかけして申し訳ありません、教官」
「何か我々ができることは? 例えば、剣とか?」
教官はミカギリの大太刀を見つめる。
我も視線を送りながら、ゆっくりと銀髪を揺らした。
「必要ありません」
「剣相手に、無手で挑むのですか?」
「剣を持っている相手に、剣で相手をするなんて未熟者がすることです」
「み、未熟?」
「はい。ご心配なく……。私は回復魔術においては未熟者ですが……」
剣術においては、少々自信がありますので。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
ちょっとバトル漫画みたいな展開になってきたw
審判が詰め寄る。
周りの教官たちも集まってきた。
取り押さえようと構えるも、ミカギリという輩は構えもせずに、ただ悠然としている。
「教官殿。これはしつけです」
「しつけ?」
「オレはAクラスの聖剣候補生。それも第3候補生です。上級生として、下級生を指導するのは、当たり前のことです」
「しかし、手を切るなど」
「手を切ったぐらいじゃ死にませんよ。今は回復魔術の技術が進んでいる。そもそも、そのための聖女じゃないですか? まあ、筋や神経まで治るかわからないですけどね。ですが、才能のない者に引導を渡すのも、上級生の勤めかと」
「し、しかし――――」
声を荒らげる教官の前に突きつけられたのは、大太刀だった。
「それ以上、何か言うのであれば、教会法廷にかけるなりなんなりしてください。まあ、貴重な聖剣候補生を、こんな雑事で失うほどあなたたちは愚かではないでしょうからね」
ミカギリは低く笑う。
教官はそれ以上何も言わなかった。
ゆっくりと後ろに下がって、様子を見ていることしかできない。
教官殿は悪くない。
このミカギリという輩は強い。
ここにいる教官たちは、第一候補生のBクラス程度なら黙らせるぐらいの素養しかない。
だが、このミカギリはそれ以上の逸材だ。
聖剣候補生というのも、嘘ではなかろう。
そのミカギリは得意げに鼻を鳴らし、視線を変えた。
「よし。これでいいでしょう」
「ん?」
ミカギリは振り返る。
ちょうど我がルマンドの腕が、回復魔術で治した所だった。
「ジャアク……。君は、一体何をやっているんだい?」
睨んだのは、ルマンド自身だった。
他のBクラスの連中も驚いている。
我は構わず、ルマンドの手の甲をつねった。
「痛ったっっっっっっ!!」
ルマンドの顔が苦悶に変わる。
「どうやら、神経も無事通ってるようですね」
「そんなあの大怪我を一瞬で」
「しかも神経はおろか、筋肉や骨まで完璧に再生させるなんて」
「すごい……」
Bクラスの聖女たちは目を剥く。
一番呆然としていたのは、ルマンドだった。
何度も手を開いたり閉じたりしながら、手の感触を確かめている。
ルマンドの傷が治ったのを見届けた我は、振り返る。
その瞬間、我の額にあの大太刀が突きつけられていた。
「動くな。それ以上、勝手なことをするんじゃない」
「勝手なこととは何ですか? 私は聖女候補生、傷を負っている者がいれば、癒やすのが聖女としての務めではないですか?」
「大層な志だ。立派です。しかし、そこにいるビー君はあなたたちを脅迫してきたのではないのですか? そんな相手でも、君は回復させると?」
「そ、そうだよ、ルヴルさん」
「ルマンドは俺たちを脅したんだ」
「むしろざまーみろだろ」
「上級生の言う通りだ!」
今度はFクラスの方から声が上がる。
それを聞いて、ミカギリはニヤリと笑った。
「ほら。お友達もこう言ってますよ」
「何度も申し上げましょう。傷を癒やすのが聖女の務めです。私はこの学校に来て、そう学びました」
回復魔術は、己の欲や権力を満たすため、まして施し与えるものではない。
傷を負っている者、病魔に冒された者を人種階級関係なく、癒やす奇跡である。
聖クランソニア学院に来て、最初の授業で習うことだ。
それは聖騎士も神官も同様のはず。
教官殿たちからの金言を、どうしてこの者たちは忘れられるのか。
不思議でならぬ。
「本当にそう思っているのですか?」
「むしろあなたたちはこの掟を守らず、好き勝手していることに瞠目することを禁じ得ません。ただここまでFクラスと平民と蔑んだ者に施しを受けた誇り高き王国貴族が、醜い仕返しを繰り返すとは思いませんが」
我がそういうと、ルマンドは俯いた。
その姿に、復讐してやると息巻いた貴族の姿はない。
「フフフ……。面白い。君が噂のジャアクですか。聞いてたよりも、ずっと賢そうな方なんですね」
「恐れ入ります。ですが、私はあなたに対し失望を禁じ得ません」
「は?」
「聖剣候補生と謳われ、成績優良な生徒が下位クラスの生徒を奇襲する卑怯者とは思いませんでした」
殺気が満ちる。
ミカギリの髪がぞわりと動いたような気がした。
「誰が卑怯者だと……」
「あなたのことですよ、ミカギリ・ザザ」
「Fクラス風情が――――」
ミカギリは大太刀を振り上げる。
だが、振り下ろされることはなかった。
我がその前に、ミカギリにピッタリと貼り付き、間合いを潰したからだ。
「どうしました、ミカギリ?」
「――――ッ!!」
ミカギリは反射的に後退する。
我は無理に追わなかった。
次にミカギリが吐き出す言葉を待つ。
「勝負しなさい、ジャアク」
「いいですよ」
我は即答した。
にわかに周囲の教官たちが騒ぎ出す。
「やめろ! 生徒同士の私闘は禁じられている」
「これは私闘ではありません、教官」
「ジャ――――ルヴルさんまで何を言ってるんですか?」
「我々はBクラスの生徒を倒しました。次の模擬戦の相手はAクラスのはずですが」
我が尋ねると、最初に反応したのはミカギリだった。
「フフフ……。AクラスがB以下の雑魚なんか相手にしませんよ。Aクラスには、オレを含めた他の『八剣』や次期候補となる第一候補生もいるんです。あなたたち如きが適うはずがありません」
ミカギリは肩を竦める。
「そうですか? でも、あなたは相手をしてくれるのでしょう?」
「いいでしょう。特別に講義してあげますよ」
ミカギリは大太刀を掴み直して、構えた。
教官たちは何も言わない。
ただ膨れ行くミカギリの殺気に戦くだけだ。
自然と人の気配が遠ざかっていった。
「ルーちゃん……」
ハートリーの声が聞こえた。
心配そうに我の方を見つめている。
「大丈夫だよ、ルーちゃん」
我は腕を掲げて、言葉に応えた。
ハートリーが競技場から出て行くのと入れ替わるように、審判役の教官が話しかけてきた。
「る、ルヴルさん……。こうなった以上、もうあなたに任せます」
「ご心労をおかけして申し訳ありません、教官」
「何か我々ができることは? 例えば、剣とか?」
教官はミカギリの大太刀を見つめる。
我も視線を送りながら、ゆっくりと銀髪を揺らした。
「必要ありません」
「剣相手に、無手で挑むのですか?」
「剣を持っている相手に、剣で相手をするなんて未熟者がすることです」
「み、未熟?」
「はい。ご心配なく……。私は回復魔術においては未熟者ですが……」
剣術においては、少々自信がありますので。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
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