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1章
第16.5話 涙が見せる奇跡(後編)
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一体どういうことだろうか。
我には理解ができぬ。
何やら貴族に怯えているようであったが……。
貴族とは平民を守る者ではないのか?
我は父ターザムからそう教わったが、王都では違うのだろうか。
何にせよ。
皆のやる気を回復させねば……。
我は回復魔術を使う。
皆の身体が光に包まれた。
「え? なんで回復魔法?」
「別に俺、怪我してないけど」
「ジャアクの考えていることはわからないな」
「てか、無駄に魔力を使うなよ」
「そんなことどうでもいいでしょ。私たち負けるんだからさ」
はあ……。
また溜息を漏らす。
皆の士気は変わらない。
むしろ、さらに下がっているように見えた。
我の回復魔術でも回復できぬのか。
やはり我は未熟だ。
「ごめんなさい」
その瞬間、皆が凍り付く。
やりとり聞いていたハートリーも息を呑んだ。
「ルーちゃん?」
(え? なんでルヴルさん謝ったの?)
(わかんねえよ)
(なんか不吉の前兆とか?)
(何にしても怖ぇ……)
ひそひそと喋り始めた。
どうやら戸惑っているようだ。
「私の回復魔術はまだ未熟で、みんなの士気を上げることすらできない」
(え? どういうこと?)
(何を言ってるんだ?)
(おい。誰かわかるように説明してくれ)
(おかしい……。ジャアクが落ち込んでいるように見えるぞ)
さらに皆は戸惑う。
我は言葉を続けた。
「私は聖女失格です。……でも、皆には勝ってほしいんです!」
ポタリ……。
気が付けば、地面に水粒が落ちていた。
雨かと思って、つい天井を見上げてしまったが、ここは室内である。
雨など降ろうはずがない。
その時、我は自分の頬が熱いことに気付く。
指先で触ってみると、しっとりと濡れていた。
手でごしごしと拭うが、拭っても拭っても後から垂れてくる。
その出所が目だと気付いて、我はハッとした。
これは我の涙か……。
人に涙という機能があることは、我はよく知っている。
ヤツらが仲間の死を悲しむ時。
命乞いをする時。
あるいは闇雲に我に挑みかかってくる時。
必ず人間たちは涙を流し、我に襲いかかってきたものだ。
魔王足る我にはその機能はない。
だが、今我は人間となった。もうすでに何度か流してきた。
しかし、今日の涙が特別なように感じた。
いつか勇者ロロに聞いたことがある。
人間はいつ如何なる時に、涙を流すのかと。
ロロは「感情が昂ぶる時だと」と答えた。
感情……。
今、我の胸に往来するは、悔しさだ。
目の前にいる仲間たちを回復できない己の未熟。
故に、我は涙を流したのだ。
情けない。
そう思うと同時に、新鮮な驚きもあった。
なるほど。我もよく人間となったものだ。
自嘲気味に笑う。
だが、この涙が奇跡を起こした。
「おい。ジャアクが涙を流してるぞ」
「どういう凶兆の前触れだ?」
「でも、綺麗……」
「やっぱルヴルさんって、可愛いよな」
「なあ。俺たちこのままでいいのか」
「よくないでしょ。女の子をこのまま泣かせておくつもり?」
「だよな――――」
「「「「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
それは突然のことであった。
1度下がった皆の士気が、唐突に跳ね上がったのだ。
我には何が起こったのかわからない。
ただ呆然と皆の趨勢を眺めていた。
「やってやろうじゃないか!」
「で、でも相手は貴族だよ」
「関係ないね!」
「怒られようとも後で罰を受けよう知ったことじゃねぇ」
「そうだ。なんせこっちにはな。ジャアクが付いているんだ」
「いや、俺たちもまた“邪悪”だ!」
「邪悪のFクラスの力を、お高くとまった貴族様に見せてやろうぜ」
「「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」」
もう1度、声を張り上げる。
ついに模擬戦の時間が始まると、意気揚々と同級生たちは控え室から出ていった。
何故か、皆の顔は爽やかというよりは、何か邪な表情をしていた。
「絶対に勝つからね、ルヴルさん」
「あなたにこの命を捧げます」
「捧げるのは、勝利だろ」
「頑張ろうね、ルヴルさん」
「貴族なんてやっつけちゃおう!!」
何が何だかわからぬが、皆は一応に我のことを気遣ってくれる。
勝利を捧げ、我を「ジャアク」と呼ばずに「ルヴル」と呼んでくれた。
これは、もしや我を友と認めてくれたということではないだろうか。
奇跡だ。
奇跡が起こった。
我についに友達というものができたのだ。
未熟さを晒し、涙も見せた。
落ち度ばかりの我を哀れんでのことかもしれぬ。
だとしても、皆が我の名を呼ぶことに、我の心から昂揚していた。
この一戦、勝たねばならぬ。
相手が強かろうと、巨悪であろうと、我はこのクラスで勝ちたい。
気が付けば、目の前にハートリーが立っていた。
その目には我と同様、涙が浮かんでいる。
「何故、ハーちゃんが泣いているの?」
「嬉しいからだよ、ルーちゃん」
「嬉しい?」
そうか。ハートリーも同じ気持ちなのか。
我ら2人、クラスからちょっと浮いた存在であったからな。
ハートリーも友達ができて嬉しいのだろう。
「勝とうね、ルーちゃん」
「うん。勝ちましょう! 皆様の力で……」
勝利に燃える我の目に、すでに1粒の涙も残っていなかった。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
ここまでお読みいただきありがとうございます。
我には理解ができぬ。
何やら貴族に怯えているようであったが……。
貴族とは平民を守る者ではないのか?
我は父ターザムからそう教わったが、王都では違うのだろうか。
何にせよ。
皆のやる気を回復させねば……。
我は回復魔術を使う。
皆の身体が光に包まれた。
「え? なんで回復魔法?」
「別に俺、怪我してないけど」
「ジャアクの考えていることはわからないな」
「てか、無駄に魔力を使うなよ」
「そんなことどうでもいいでしょ。私たち負けるんだからさ」
はあ……。
また溜息を漏らす。
皆の士気は変わらない。
むしろ、さらに下がっているように見えた。
我の回復魔術でも回復できぬのか。
やはり我は未熟だ。
「ごめんなさい」
その瞬間、皆が凍り付く。
やりとり聞いていたハートリーも息を呑んだ。
「ルーちゃん?」
(え? なんでルヴルさん謝ったの?)
(わかんねえよ)
(なんか不吉の前兆とか?)
(何にしても怖ぇ……)
ひそひそと喋り始めた。
どうやら戸惑っているようだ。
「私の回復魔術はまだ未熟で、みんなの士気を上げることすらできない」
(え? どういうこと?)
(何を言ってるんだ?)
(おい。誰かわかるように説明してくれ)
(おかしい……。ジャアクが落ち込んでいるように見えるぞ)
さらに皆は戸惑う。
我は言葉を続けた。
「私は聖女失格です。……でも、皆には勝ってほしいんです!」
ポタリ……。
気が付けば、地面に水粒が落ちていた。
雨かと思って、つい天井を見上げてしまったが、ここは室内である。
雨など降ろうはずがない。
その時、我は自分の頬が熱いことに気付く。
指先で触ってみると、しっとりと濡れていた。
手でごしごしと拭うが、拭っても拭っても後から垂れてくる。
その出所が目だと気付いて、我はハッとした。
これは我の涙か……。
人に涙という機能があることは、我はよく知っている。
ヤツらが仲間の死を悲しむ時。
命乞いをする時。
あるいは闇雲に我に挑みかかってくる時。
必ず人間たちは涙を流し、我に襲いかかってきたものだ。
魔王足る我にはその機能はない。
だが、今我は人間となった。もうすでに何度か流してきた。
しかし、今日の涙が特別なように感じた。
いつか勇者ロロに聞いたことがある。
人間はいつ如何なる時に、涙を流すのかと。
ロロは「感情が昂ぶる時だと」と答えた。
感情……。
今、我の胸に往来するは、悔しさだ。
目の前にいる仲間たちを回復できない己の未熟。
故に、我は涙を流したのだ。
情けない。
そう思うと同時に、新鮮な驚きもあった。
なるほど。我もよく人間となったものだ。
自嘲気味に笑う。
だが、この涙が奇跡を起こした。
「おい。ジャアクが涙を流してるぞ」
「どういう凶兆の前触れだ?」
「でも、綺麗……」
「やっぱルヴルさんって、可愛いよな」
「なあ。俺たちこのままでいいのか」
「よくないでしょ。女の子をこのまま泣かせておくつもり?」
「だよな――――」
「「「「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
それは突然のことであった。
1度下がった皆の士気が、唐突に跳ね上がったのだ。
我には何が起こったのかわからない。
ただ呆然と皆の趨勢を眺めていた。
「やってやろうじゃないか!」
「で、でも相手は貴族だよ」
「関係ないね!」
「怒られようとも後で罰を受けよう知ったことじゃねぇ」
「そうだ。なんせこっちにはな。ジャアクが付いているんだ」
「いや、俺たちもまた“邪悪”だ!」
「邪悪のFクラスの力を、お高くとまった貴族様に見せてやろうぜ」
「「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」」
もう1度、声を張り上げる。
ついに模擬戦の時間が始まると、意気揚々と同級生たちは控え室から出ていった。
何故か、皆の顔は爽やかというよりは、何か邪な表情をしていた。
「絶対に勝つからね、ルヴルさん」
「あなたにこの命を捧げます」
「捧げるのは、勝利だろ」
「頑張ろうね、ルヴルさん」
「貴族なんてやっつけちゃおう!!」
何が何だかわからぬが、皆は一応に我のことを気遣ってくれる。
勝利を捧げ、我を「ジャアク」と呼ばずに「ルヴル」と呼んでくれた。
これは、もしや我を友と認めてくれたということではないだろうか。
奇跡だ。
奇跡が起こった。
我についに友達というものができたのだ。
未熟さを晒し、涙も見せた。
落ち度ばかりの我を哀れんでのことかもしれぬ。
だとしても、皆が我の名を呼ぶことに、我の心から昂揚していた。
この一戦、勝たねばならぬ。
相手が強かろうと、巨悪であろうと、我はこのクラスで勝ちたい。
気が付けば、目の前にハートリーが立っていた。
その目には我と同様、涙が浮かんでいる。
「何故、ハーちゃんが泣いているの?」
「嬉しいからだよ、ルーちゃん」
「嬉しい?」
そうか。ハートリーも同じ気持ちなのか。
我ら2人、クラスからちょっと浮いた存在であったからな。
ハートリーも友達ができて嬉しいのだろう。
「勝とうね、ルーちゃん」
「うん。勝ちましょう! 皆様の力で……」
勝利に燃える我の目に、すでに1粒の涙も残っていなかった。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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