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1章

第11話 不良聖女

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 ◆◇◆◇◆  another side  ◆◇◆◇◆


「くそ……。聖女候補如きに……」

 言葉を絞り出したのは、聖クランソニア学院の生徒だった。
 封印された武器を携帯しているところを見ると、聖騎士候補生らしい。
 制服の胸には、Dクラスを示す徽章が輝いていた。

 半ば意識を失いかけている生徒の顔を、足蹴にする。
 サラブレッドのように鍛え上げられた足首を辿ると、1人の少女の顔に行き当たった。
 息を飲むような金色の髪を後ろに束ね、その髪に隠れた耳は燕の翼のように横に開いている。
 引き締まった手足と細いくびれは、鍛錬の賜物だろう。

 残念なのは、獣の如き青い目の三白眼と、一息吐きたくなるような物足りぬ胸であった。

「その聖女候補に、聖騎士候補生ごときヽヽヽがやられてるんじゃねぇ」

 さらにお腹に一蹴り喰らわせる。
 ついに聖騎士候補は意識を失った。

 少女は振り返る。
 そこには死屍累々とばかりに、同じ聖騎士候補生が倒れていた。
 どうやら皆、彼女がやったらしい。

「最近の聖騎士候補生はなってねぇ。まあ、貴族のボンボンばかりが、高クラスであぐらを掻いているんだから仕方ねぇか。それにしても、聖騎士候補が歩いているエルフをナンパするかよ、普通。だから、聖女なんかに喧嘩で負けてしまうんだよ」

 少女は最後に唾を吐き捨てると、街の路地裏を出る。
 表で待っていたのは、3人の同じ聖女候補生だった。

「ネレムの姐貴、お勤めご苦労さまでした」

 一番チビの候補生が、ネレムと呼ばれた少女にハンカチを渡す。
 その後も、ネレムの前で腰を低くして、愛想笑いを浮かべていた。

 彼らはネレムの取り巻きだ。
 同じEクラスに所属する聖女候補生たちで、男爵か子爵の令嬢だという。
 かくいうネレムも同じで、ザイエス子爵家の三女に当たる。

 取り巻きたちは、一応家名と正式な名前もあるのだが、ネレムは忘れてしまった。
 便宜上、チビがトム、デカいのがヤン、ひょろをクンと呼んでいた。

「さすがです、アネキ」
「聖騎士候補生をのしちゃうとは、しししし……」

 ヤンが呟き、ひょろが独特の声で笑う。
 だが、ネレムは頬1つ赤らめることなく、踵を返し、学院がある方へと歩き出した。

 その表情は浮かないというよりは、何か怒っているように見える。

「褒められても何も嬉しくねぇよ」

 むしろネレムの心は空虚だった。

 実はネレムは女だてらに聖騎士を目指していた。
 家が騎士の家系というのも往々にしてあるが、彼女に1人目標となる人がいた。

 それが英雄ゴッズバルトである。

 小さい頃、父の書斎にある伝記を読み、彼のようになりたいと思った。
 父にそれを告げた時は、大層喜び、激しい訓練に付き合ってくれた。
 来る日も来る日も、雨の日も風の日も、ネレムは聖騎士になりたい一心で剣を振るい続けた。

 そして入学試験、10日前。
 ネレムは訓練中に大怪我を負った。
 幸い命に別状はなかったが、利き腕である右肩が上がらなくなってしまう。

 その状態では剣も振れない。

 結局、ネレムは聖騎士になることを諦めなければならなかった。
 それでも胸に秘す思いを完全に消すまでには至らなかった。
 急遽、聖女候補生の方を受験することにし、合格したというわけだ。

 だが、ネレムは後悔していた。

 少しでも聖騎士の側にいたい。
 自分が追いかけていた夢の側にいたいと思ったが、溢れ出てくるのは、ただただ羨望のみだった。

 鬱屈した気持ちは、暴力に走り、ネレムはすっかり不良聖女と蔑まれるに至る。
 今や彼女を慕うのは、その力に屈した3人だけだった。

「ところで、ネレムの姐貴。ジャアクヽヽヽヽの噂を聞きました?」

 唐突に話題を振ってきたのは、トムだった。

「ジャアク? ああ……。確か、ルヴルっていうFクラスの聖女のことだっけ? それがどうしたんだよ」

「そう。それっすよ。あいつも色々やらかしてるんですけど、今回のとびっきりですよ」

「とびっきり?」

「なんと、あの英雄ゴッズバルトを泣かせたらしいんすよ」

 トムが口にした瞬間、高速で腕が伸びてきた。
 そのまま胸ぐらを掴まれ、捻り上げられる。
 目を見開いた時には、ネレムの鋭い三白眼が目の前にあった。

 すでに眉間に青筋が浮かんでいる。

「てめぇ、ふざけたことを抜かしてるんじゃねぇぞ」

「落ち着いて下さい、姐貴。マジの話なんですって」

「クン……。てめぇもボコられたいのかい?」

「ホントっす! おで、見てたっす!」

「はあ??」

 自分を指差すヤンを見て、ネレムはまだ信じられない。
 だが、ヤンは性格上嘘が下手だ。
 周りの反応からしても、嘘を言っているように見えない。

「ヤン……。お前が話せ」

 ようやくトムを地面に下ろした。

「おでも信じられないけど……。ゴッズバルトさん、泣きながら土下座もしてて。あとお金も……。とにかくジャアクに向かって、謝ってた」

「マジかよ……」

 何か崖からポンと突き飛ばされたような気分だった。

 ネレムにとって、ゴッズバルトは憧れの人だ。
 目標そのものだと言っていい。
 聖騎士でありながら、幾多の戦場に参戦し無辜むこの民を救った英雄。
 自分が1人前になる前に退役されたが、その憧憬の念は捨てきっていない。
 今、こんな身体になってもだ。

 なのに……。

「許せねぇ……」

 ネレムは拳を握る。
 自然と身体が震え、怒りを露わにした。

「トム……。ジャアクを明日裏庭に呼び出せ。ゴッズバルトさんと何があったか知らねぇけど、あたいがきっちりシメてやる!!」

 パシッと拳を打ち鳴らし、ネレムは打倒ルヴルを誓うのだった。




 一方、その頃ルヴルは……。

(くくく……。放課後が待ちきれぬな)

 授業そっちのけで、にやついていた。
 いつになく上機嫌のルヴルを見た教室の生徒の反応は――。

「なに? 今日のジャアク……」
「むちゃくちゃ機嫌が良さそうだけど」
「逆にそれが怖い……」
「絶対目を合わさないでおこう」

 相変わらず恐れられていた。


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不良聖女って、もはや聖女ではないのではと、作者も思わん訳じゃないw
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