1 / 71
1章
プロローグ(前編)
しおりを挟む
「よくぞ来た、勇者よ!」
纏った羽衣を翻し、手を広げる。
闇に鬼火のように浮かんだのは、頭に羊のような角を生やした異形の容貌。
そして纏う空気は、絶望であった。
大魔王ルブルヴィム――。
異法世界セレブニアに君臨する魔族の王。
そして人類の宿敵……。
その力は圧倒的だ。
剣術・槍術・弓術・拳闘術・魔術――。
あらゆる術理を修め、すでに1000年の月日が経っている。
その強さは熟成され、あらゆる英雄、豪傑、猛将、賢者と呼ばれた名のある傑物たちを粉砕してきた。
そのルブルヴィムに対するは、長年に渡る宿敵『蒼天の勇者』ロロである。
ルブルヴィムを討つために神より力と血を分け与えられた勇者は、言うまでもなく人類を超越した存在であった。
これまで数多の英傑たちがルブルヴィムと切り結んだが、生き残ったのはロロ1人だけ。
それは神から与えられし肉体の恩恵ではあったが、その彼をもってしてもルブルヴィムから逃げ帰ることしかできなかった。
ロロは負ける度に想像を絶するような修行を己に課したが、ルブルヴィムには届かない。
それどころかロロと戦う内に、ルブルヴィムもまた強くなっていく有様だった。
1000年以上の月日が経っても、ルブルヴィムはなお成長を続けていたのだ。
さて、そのルブルヴィムだが、少々難のある性格をしていた。
魔族の王でありながら孤独を好み、人間に悪魔とそしりを受ける種族でありながら、卑怯を何よりも憎んだ。
その性格は、ひとえにストイックであり、前時代的な頑固な老将を思わせる。
故に魔王の間に来るまで数々の魔族を打ち倒し、疲弊した勇者に対してルブルヴィムはこう言って開戦を告げるのが、もはや恒例となっていた。
「さあ、回復してやろう……」
ルブルヴィムの手から放たれたのは、山すら溶かすような灼熱の炎でも、心すら凍り付かせるような極寒の吹雪ではない。
文字通り、回復魔術だ。
それを受けた勇者ロロの傷付いた身体が忽ち回復していく。
疲弊していた体力や魔力まで全快し、ここまで受けた数々の状態異常すら治っていた。
魔王城に踏み込む前、いやそれ以上に身体が軽く感じる。
「ふん……。相変わらず変な魔王だ」
鼻を鳴らしたのは、『緑衣の賢者』クリフトであった。
勇者の師匠にして、エルフの王だ。
「覚悟しなさい! 今度こそあんたを倒して、ロロとハネム――じゃなかった、世界に平和を!!」
勇ましい言葉と大魔石の欠片が付いた杖を振りかざしたのは、『紫晶の魔女』リヴェンナだった。
魔女族の中でも天才といわれる彼女は、元々魔王の下で働いていたが、ロロと戦う内に友情(?)が目覚め、ロロの旅に付き纏うようになったのだ。
「よし! 行くぞ、2人とも!!」
ロロの合図で、3人は一斉に動く。
あっという間にルブルヴィムを取り囲んだ。
それぞれの獲物に魔力と信念、そして魂を込める。
「「「食らえ、ルブルヴィム!!」」」
滅技・神槍燦撃!!
ロロは神から貰った神剣を振り下ろし、クリフトは必殺必中の魔弓を放つ、最後にリヴェンナが特大の爆裂魔術を直撃させた。
3人が打ち込める最大最強の火力。
それを1万分の1も狂いなく同時に打ち込み、ルブルヴィムに叩きつける。
邪知暴虐の魔王でなければ、影すら吹き飛んでいただろう。
そう――大魔王ルブルヴィムでなければ……。
「やったか?」
ロロは言葉を絞り出す。
爆煙の中心地を見つめていると、不意に声が聞こえた。
それは高笑いでもなければ、相手を蔑むような嘲笑というわけでもない。
煙の中から現れたのは、悔しさを滲ませたルブルヴィムだった。
「何故だ……。何故、我は極められない。我が魔王だからか…………」
何故、我は回復魔術を極められぬ!!!!
ルブルヴィムの絶叫は広い空間に響き渡る。
一方、自分たちの最大火力を食らって尚、無傷でいるルブルヴィムを見て、ロロたちは呆気に取られていた。
やがてルブルヴィムが吐いた言葉に、かつての配下リヴェンナが頭を抱える。
「はあ、また始まった……」
ルブルヴィムの回復魔術への固執は、魔族内でも有名だった。
一説に寄れば、外に出て魔王軍の進撃に加わらないのも、自室にこもって回復魔術の研究に専念しているからだと、まことしやかに囁かれている。
「しかし、我々の攻撃を食らって、無傷とは……」
『緑衣の賢者』クリフトは、眼鏡を釣り上げる。
その横でリヴェンナが肩を竦めた。
「しかも本人は自分たちの攻撃よりも、自分がかけた回復魔術の方が気になるようだし」
「それはそうだろう!!」
突然、ルブルヴィムは一喝した。
怒りの表情を浮かべているのかと思えば違う。
大魔王の目から涙が流れていた。
「何故だ! 何故、お前たちは弱いのだ!! 我がこんなにも日夜腐心し、回復魔術の研究をしているのに――――」
何故、お前たちの弱さは治らんのだ!?
最初に言っておくが、ルブルヴィムはロロたちを心底馬鹿にしている訳ではない。
魔王でありながら、お堅い武人でもあるルブルヴィムは、相手に対するリスペクトを決して忘れない。
どんな相手でも全力を以て戦いたい。
そう思うからこそ、戦闘前に必ず対戦相手を全回復させるのである。
つまり、ルブルヴィムは本気だった。
本気でロロ達が弱いのは、自分がかけた回復魔術のせいだと思い込んでいた。
やがて『蒼天の勇者』ロロは息を吐き出す。
戦闘を再開するのかと思ったが、ロロがやったことは全く別のことだった。
両手を上げて、こう言ったのである。
「降参だ、ルブルヴィム」
※ 後編へ続く
纏った羽衣を翻し、手を広げる。
闇に鬼火のように浮かんだのは、頭に羊のような角を生やした異形の容貌。
そして纏う空気は、絶望であった。
大魔王ルブルヴィム――。
異法世界セレブニアに君臨する魔族の王。
そして人類の宿敵……。
その力は圧倒的だ。
剣術・槍術・弓術・拳闘術・魔術――。
あらゆる術理を修め、すでに1000年の月日が経っている。
その強さは熟成され、あらゆる英雄、豪傑、猛将、賢者と呼ばれた名のある傑物たちを粉砕してきた。
そのルブルヴィムに対するは、長年に渡る宿敵『蒼天の勇者』ロロである。
ルブルヴィムを討つために神より力と血を分け与えられた勇者は、言うまでもなく人類を超越した存在であった。
これまで数多の英傑たちがルブルヴィムと切り結んだが、生き残ったのはロロ1人だけ。
それは神から与えられし肉体の恩恵ではあったが、その彼をもってしてもルブルヴィムから逃げ帰ることしかできなかった。
ロロは負ける度に想像を絶するような修行を己に課したが、ルブルヴィムには届かない。
それどころかロロと戦う内に、ルブルヴィムもまた強くなっていく有様だった。
1000年以上の月日が経っても、ルブルヴィムはなお成長を続けていたのだ。
さて、そのルブルヴィムだが、少々難のある性格をしていた。
魔族の王でありながら孤独を好み、人間に悪魔とそしりを受ける種族でありながら、卑怯を何よりも憎んだ。
その性格は、ひとえにストイックであり、前時代的な頑固な老将を思わせる。
故に魔王の間に来るまで数々の魔族を打ち倒し、疲弊した勇者に対してルブルヴィムはこう言って開戦を告げるのが、もはや恒例となっていた。
「さあ、回復してやろう……」
ルブルヴィムの手から放たれたのは、山すら溶かすような灼熱の炎でも、心すら凍り付かせるような極寒の吹雪ではない。
文字通り、回復魔術だ。
それを受けた勇者ロロの傷付いた身体が忽ち回復していく。
疲弊していた体力や魔力まで全快し、ここまで受けた数々の状態異常すら治っていた。
魔王城に踏み込む前、いやそれ以上に身体が軽く感じる。
「ふん……。相変わらず変な魔王だ」
鼻を鳴らしたのは、『緑衣の賢者』クリフトであった。
勇者の師匠にして、エルフの王だ。
「覚悟しなさい! 今度こそあんたを倒して、ロロとハネム――じゃなかった、世界に平和を!!」
勇ましい言葉と大魔石の欠片が付いた杖を振りかざしたのは、『紫晶の魔女』リヴェンナだった。
魔女族の中でも天才といわれる彼女は、元々魔王の下で働いていたが、ロロと戦う内に友情(?)が目覚め、ロロの旅に付き纏うようになったのだ。
「よし! 行くぞ、2人とも!!」
ロロの合図で、3人は一斉に動く。
あっという間にルブルヴィムを取り囲んだ。
それぞれの獲物に魔力と信念、そして魂を込める。
「「「食らえ、ルブルヴィム!!」」」
滅技・神槍燦撃!!
ロロは神から貰った神剣を振り下ろし、クリフトは必殺必中の魔弓を放つ、最後にリヴェンナが特大の爆裂魔術を直撃させた。
3人が打ち込める最大最強の火力。
それを1万分の1も狂いなく同時に打ち込み、ルブルヴィムに叩きつける。
邪知暴虐の魔王でなければ、影すら吹き飛んでいただろう。
そう――大魔王ルブルヴィムでなければ……。
「やったか?」
ロロは言葉を絞り出す。
爆煙の中心地を見つめていると、不意に声が聞こえた。
それは高笑いでもなければ、相手を蔑むような嘲笑というわけでもない。
煙の中から現れたのは、悔しさを滲ませたルブルヴィムだった。
「何故だ……。何故、我は極められない。我が魔王だからか…………」
何故、我は回復魔術を極められぬ!!!!
ルブルヴィムの絶叫は広い空間に響き渡る。
一方、自分たちの最大火力を食らって尚、無傷でいるルブルヴィムを見て、ロロたちは呆気に取られていた。
やがてルブルヴィムが吐いた言葉に、かつての配下リヴェンナが頭を抱える。
「はあ、また始まった……」
ルブルヴィムの回復魔術への固執は、魔族内でも有名だった。
一説に寄れば、外に出て魔王軍の進撃に加わらないのも、自室にこもって回復魔術の研究に専念しているからだと、まことしやかに囁かれている。
「しかし、我々の攻撃を食らって、無傷とは……」
『緑衣の賢者』クリフトは、眼鏡を釣り上げる。
その横でリヴェンナが肩を竦めた。
「しかも本人は自分たちの攻撃よりも、自分がかけた回復魔術の方が気になるようだし」
「それはそうだろう!!」
突然、ルブルヴィムは一喝した。
怒りの表情を浮かべているのかと思えば違う。
大魔王の目から涙が流れていた。
「何故だ! 何故、お前たちは弱いのだ!! 我がこんなにも日夜腐心し、回復魔術の研究をしているのに――――」
何故、お前たちの弱さは治らんのだ!?
最初に言っておくが、ルブルヴィムはロロたちを心底馬鹿にしている訳ではない。
魔王でありながら、お堅い武人でもあるルブルヴィムは、相手に対するリスペクトを決して忘れない。
どんな相手でも全力を以て戦いたい。
そう思うからこそ、戦闘前に必ず対戦相手を全回復させるのである。
つまり、ルブルヴィムは本気だった。
本気でロロ達が弱いのは、自分がかけた回復魔術のせいだと思い込んでいた。
やがて『蒼天の勇者』ロロは息を吐き出す。
戦闘を再開するのかと思ったが、ロロがやったことは全く別のことだった。
両手を上げて、こう言ったのである。
「降参だ、ルブルヴィム」
※ 後編へ続く
0
お気に入りに追加
206
あなたにおすすめの小説
最強の職業は付与魔術師かもしれない
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。
召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。
しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる――
※今月は毎日10時に投稿します。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
ボッチな俺は自宅に出来たダンジョン攻略に励む
佐原
ファンタジー
ボッチの高校生佐藤颯太は庭の草刈りをしようと思い、倉庫に鎌を取りに行くと倉庫は洞窟みたいなっていた。
その洞窟にはファンタジーのようなゴブリンやスライムが居て主人公は自身が強くなって行くことでボッチを卒業する日が来る?
それから世界中でダンジョンが出現し主人公を取り巻く環境も変わっていく。
最強幼女のお助け道中〜聖女ですが、自己強化の秘法の副作用で幼女化してしまいました。神器破城槌を振り回しながら、もふもふと一緒に旅を続けます〜
黄舞
ファンタジー
勇者パーティの支援職だった私は、自己を超々強化する秘法と言われた魔法を使い、幼女になってしまった。
そんな私の姿を見て、パーティメンバーが決めたのは……
「アリシアちゃん。いい子だからお留守番しててね」
見た目は幼女でも、最強の肉体を手に入れた私は、付いてくるなと言われた手前、こっそりひっそりと陰から元仲間を支援することに決めた。
戦神の愛用していたという神器破城槌を振り回し、神の乗り物だと言うもふもふ神獣と旅を続ける珍道中!
主人公は元は立派な大人ですが、心も体も知能も子供です
基本的にコメディ色が強いです
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる