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1章

プロローグ(前編)

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「よくぞ来た、勇者よ!」

 纏った羽衣を翻し、手を広げる。
 闇に鬼火のように浮かんだのは、頭に羊のような角を生やした異形の容貌。
 そして纏う空気は、絶望であった。

 大魔王ルブルヴィム――。

 異法世界セレブニアに君臨する魔族の王。
 そして人類の宿敵……。
 その力は圧倒的だ。
 剣術・槍術・弓術・拳闘術・魔術――。
 あらゆる術理を修め、すでに1000年の月日が経っている。

 その強さは熟成され、あらゆる英雄、豪傑、猛将、賢者と呼ばれた名のある傑物たちを粉砕してきた。

 そのルブルヴィムに対するは、長年に渡る宿敵『蒼天の勇者』ロロである。

 ルブルヴィムを討つために神より力と血を分け与えられた勇者は、言うまでもなく人類を超越した存在であった。
 これまで数多の英傑たちがルブルヴィムと切り結んだが、生き残ったのはロロ1人だけ。

 それは神から与えられし肉体の恩恵ではあったが、その彼をもってしてもルブルヴィムから逃げ帰ることしかできなかった。
 ロロは負ける度に想像を絶するような修行を己に課したが、ルブルヴィムには届かない。
 それどころかロロと戦う内に、ルブルヴィムもまた強くなっていく有様だった。

 1000年以上の月日が経っても、ルブルヴィムはなお成長を続けていたのだ。



 さて、そのルブルヴィムだが、少々難のある性格をしていた。
 魔族の王でありながら孤独を好み、人間に悪魔とそしりを受ける種族でありながら、卑怯を何よりも憎んだ。

 その性格は、ひとえにストイックであり、前時代的な頑固な老将を思わせる。
 故に魔王の間に来るまで数々の魔族を打ち倒し、疲弊した勇者に対してルブルヴィムはこう言って開戦を告げるのが、もはや恒例となっていた。


「さあ、回復してやろう……」


 ルブルヴィムの手から放たれたのは、山すら溶かすような灼熱の炎でも、心すら凍り付かせるような極寒の吹雪ではない。

 文字通り、回復魔術だ。
 それを受けた勇者ロロの傷付いた身体が忽ち回復していく。
 疲弊していた体力や魔力まで全快し、ここまで受けた数々の状態異常すら治っていた。
 魔王城に踏み込む前、いやそれ以上に身体が軽く感じる。

「ふん……。相変わらず変な魔王だ」

 鼻を鳴らしたのは、『緑衣の賢者』クリフトであった。
 勇者の師匠にして、エルフの王だ。

「覚悟しなさい! 今度こそあんたを倒して、ロロとハネム――じゃなかった、世界に平和を!!」

 勇ましい言葉と大魔石の欠片が付いた杖を振りかざしたのは、『紫晶の魔女』リヴェンナだった。
 魔女族の中でも天才といわれる彼女は、元々魔王の下で働いていたが、ロロと戦う内に友情(?)が目覚め、ロロの旅に付き纏うヽヽヽヽようになったのだ。

「よし! 行くぞ、2人とも!!」

 ロロの合図で、3人は一斉に動く。
 あっという間にルブルヴィムを取り囲んだ。
 それぞれの獲物に魔力と信念、そして魂を込める。

「「「食らえ、ルブルヴィム!!」」」



 滅技トライデント神槍燦撃ブラスター!!



 ロロは神から貰った神剣を振り下ろし、クリフトは必殺必中の魔弓を放つ、最後にリヴェンナが特大の爆裂魔術を直撃させた。

 3人が打ち込める最大最強の火力。
 それを1万分の1も狂いなく同時に打ち込み、ルブルヴィムに叩きつける。
 邪知暴虐の魔王でなければ、影すら吹き飛んでいただろう。

 そう――大魔王ルブルヴィムでなければ……。

「やったか?」

 ロロは言葉を絞り出す。
 爆煙の中心地を見つめていると、不意に声が聞こえた。
 それは高笑いでもなければ、相手を蔑むような嘲笑というわけでもない。

 煙の中から現れたのは、悔しさを滲ませたルブルヴィムだった。

「何故だ……。何故、我は極められない。我が魔王だからか…………」



 何故、我は回復魔術を極められぬ!!!!



 ルブルヴィムの絶叫は広い空間に響き渡る。

 一方、自分たちの最大火力を食らって尚、無傷でいるルブルヴィムを見て、ロロたちは呆気に取られていた。
 やがてルブルヴィムが吐いた言葉に、かつての配下リヴェンナが頭を抱える。

「はあ、また始まった……」

 ルブルヴィムの回復魔術への固執は、魔族内でも有名だった。
 一説に寄れば、外に出て魔王軍の進撃に加わらないのも、自室にこもって回復魔術の研究に専念しているからだと、まことしやかに囁かれている。

「しかし、我々の攻撃を食らって、無傷とは……」

 『緑衣の賢者』クリフトは、眼鏡を釣り上げる。
 その横でリヴェンナが肩を竦めた。

「しかも本人は自分たちの攻撃よりも、自分がかけた回復魔術の方が気になるようだし」

「それはそうだろう!!」

 突然、ルブルヴィムは一喝した。
 怒りの表情を浮かべているのかと思えば違う。
 大魔王の目から涙が流れていた。

「何故だ! 何故、お前たちは弱いのだ!! 我がこんなにも日夜腐心し、回復魔術の研究をしているのに――――」



 何故、お前たちの弱さは治らんのだヽヽヽヽヽ!?



 最初に言っておくが、ルブルヴィムはロロたちを心底馬鹿にしている訳ではない。

 魔王でありながら、お堅い武人でもあるルブルヴィムは、相手に対するリスペクトを決して忘れない。
 どんな相手でも全力を以て戦いたい。
 そう思うからこそ、戦闘前に必ず対戦相手を全回復させるのである。

 つまり、ルブルヴィムは本気だった。

 本気でロロ達が弱いのは、自分がかけた回復魔術のせいだと思い込んでいた。

 やがて『蒼天の勇者』ロロは息を吐き出す。
 戦闘を再開するのかと思ったが、ロロがやったことは全く別のことだった。
 両手を上げて、こう言ったのである。

「降参だ、ルブルヴィム」



※ 後編へ続く
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