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第五章

第62話

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 お断りします!

 私の言葉は凜と広い謁見の間に響いた。
 家臣たちがざわつき、進行の大臣は顔を青くしている。
 後ろで師団員たちも戸惑っていた。

 そして1番驚愕していたのは、私の前方にいらっしゃる国王陛下だろう。
 目を剥き、玉座から少しお尻を浮かせた状態のまま固まっていた。

「お、王の褒賞を受けぬと言うのか? 金子や……。爵位など意のままだぞ?」

 国王陛下は声を震わせ、尋ねた。
 よっぽど私が褒賞を受け取らないことに驚いているのだろう。

 お金や爵位か。
 確かにお金は欲しい。喉から手が出るほど。
 でも、きっと望めば自分の手に余るほどの額をもらうに違いない。

 手頃なお金ならほしいけど、大量にはいらないっていうか。
 前世でもこういうことは何度かあった。
 多くの褒賞金を貰って、請われるままにあっちこっちから来た寄付に注ぎ込んだ。
 一応聖女だったしね。社会貢献もしなくちゃならないと、私なりに考えたのよ。
 そうすれば、バッドエンドを回避できるんじゃないかって淡い期待もあったわ。

 けれど、旅先で立ち寄った孤児院に、目がこぼれるぐらい高い酒を見た時、私がやってきたってことって何だったんだろうって思った。
 結局、バッドエンドも回避できなかったしね。その孤児院の院長は、私が火あぶりになりそうになった時、鬼の形相で「魔女め!」と訴えていたしね。

 勿論、全部が全部じゃない。
 私の寄付のおかげで、食いつないだ人もたくさんいる。
 けれど、自分の目が届かないお金の使い方って、あまりよくないと思うのよね。

 爵位もあっても煩わしいだけだし。
 私は普通でありたいのよ。普通の魔術師師団員でいいのだ。
 すでに私は爵位やお金よりも、素晴らしいものを持ってるって、厄災竜ジャガーノートとの戦いでよくわかったもの。

「はい。お断りしますと、申し上げました」

「ミレニア・ル・アスカルドよ。確認するが、そなたは民間人でありながら、厄災竜ジャガーノートをなる巨竜を打倒することに尽力し、勇猛なる魔術師を差し置き、もっとも大きな功績を上げたと余は聞いている。間違いないか?」

 国王陛下は改めて尋ねる。
 一国の君主としては褒美を与えたいところだろう。
 しかし、それは私を労いたいというよりは、半分上下関係をはっきりさせておきたいのだと思う。
 実際、私が仕えた君主たちがそうだった。

 金子や爵位を与えても、圧倒的に不足している人員を増やすことはしなかった。
 理由は明確だ。私たちにこれ以上、武力を与えたくないからである。
 傭兵を雇っても、金のために戦っている彼が命がけの戦いについてくるはずもなく、結局私は少数精鋭で魔王に挑むしかなかったのだ。

 とはいえ、国王陛下の機嫌を損ねるわけにはいかない。

「国王陛下、恐れながらそれは違います」

「ん?」

「確かに私は厄災竜ジャガーノート討伐に参加しました。しかし、それはいち民間人として参加しただけにすぎません。功に大小はありません。私は、ここにいるすべての師団員がロードレシア王国に強い忠誠心を持った英雄であると、愚考いたします」

 頭を垂れる。
 まあまあ、うまいことを言えたと思う。
 本心だしね。私だけが英雄なんて認めない。
 こういう時、みんな巻き込まないと……。

 と言っても、結局国王陛下の褒賞を断ったことになる。
 やっぱ怒ってるかな?
 前世で似たようなことを言ったら、すっごく怒られて金貨を投げつけられたことがあったけど……。

 頭を下げながら、私は前方の国王陛下の様子を窺う。

「うおおおおおおお!!」

 な、泣いてる??
 しかも、号泣だ。
 何? 何? 何? 
 褒賞を断ったのが、そんなに悔しかった?
 というか、泣くようなことなの。

「感動した!」

「はっ!?」

「大功を上げながら、その謙虚さ。さらに戦った師団員に対する配慮。心が洗われた。どうやら、目が曇っていたのは余の方だったようだ。押しつけがましいことを言ったな、この通りだ。許してくれ」

 国王陛下は立ち上がると、何を思ったのか頭を垂れた。

 その行動は、謁見の間をさらにざわつかせる。
 それはそうだろう。
 一国の君主が頭を下げたのだ。
 しかも、命乞いするわけでも、国の重大な落ち度を謝罪するわけでもない。

 私の謙虚さに感服したらしい。

「国王陛下が頭を……」
「まさか国王陛下の心すら変えるとは……」
「さすがは聖女の依り代になった少女だけはあるか」
「いや、彼女のような娘こそ聖女ではないのか?」

 ま、まずい!
 なんだか議論が私の正体にまで及んでいる。
 さすがに褒賞を断ったのは、まずかっただろうか。
 今、よく考えたら、普通の人間なら嬉々として受け取るだろうしね。
 でも、それだとまた目立ってしまう。

(ああ! もう! どうしたらいいの、私!!)

 心の中で絶叫した時だった。

 ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンン!!

 けたたましい音を立てて謁見の間のステンドグラスが砕け散る。
 何事か、と衛兵も含めて皆が一斉に構える中、現れたのは小さなドラゴンだった。

「え? あれってもしかして、ジャノ??」

 と言うと、小竜は私の声に反応して、こちらを向く。
 大きな目から涙を噴水のように上げ、ジャノは叫んだ。

『ま、ママアアアアアアアアアアアアア!!』



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

起きちゃった。
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