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第四章
第50話
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◆◇◆◇◆ 勇者 視点 ◆◇◆◇◆
勇者アーベルは焦っていた。
戦況は著しくこちらが有利だ。
厄災の竜、終末の笛、ラストピリオド……。
伝説で語られる様々な世界の終焉が、回避されようとしている。
6000人の魔術師による圧力に厄災竜が対応できていない。
自己修復で手一杯で、攻撃が単調になってきている。
おかげで防御陣形が取りやすく、今のところ死傷者はほとんど出ていなかった。
団員や師団長たちの士気も高い。
勝てる要素を並べるなら、いくらでもあげられる。
しかし、矛盾するようだが、このままでは勝てないと確信してしまう。
問題はやはり厄災竜の異常な再生能力だ。
不死というのも厄介だが、それに付随する再生速度も頭の痛いところだった。
6000人という魔術師団を以てしても、その圧力に厄災竜が耐えきっていることこそ、厄災といわれる竜の1番の特徴である。
「神鳥よ。ヤツの弱点を教えてくれないか」
ついにアーベルはムルンに助けを求める。
神鳥も時々攻撃の手伝いをしながら、やや冴えない顔で答えた。
『話してもいいけど、話したところでっていうところもあるんだよね』
「とにかく教えてくれないか。後はこちらで……」
『……厄災竜の弱点はお腹さ』
「お腹……」
アーベルは目を細めて、そのお腹を注視した。
言うまでもなく、厄災竜は巨躯である。
翼を持つが、今のところ飛んだ姿は見たことがない。
だが、これまでずっと獅子が伏せるように腹を付けている。
今いる場所から1歩も動いていないのだ。
『正確にはお腹の下だ。|厄災竜の本体は地下にある。地上に出ている部分は、擬態なんだよ』
「各位聞いたか?」
アーベルは団員それぞれの使い魔を通して話しかける。
無論、先ほどまでのムルンの言葉は全員聞いていた。
弱点を聞いて、1番激昂したのは、ゼクレアだ。
「それを先に言え!!」
ゼクレアは手を掲げる。
長い魔術文字を唱えると、魔力を解き放った。
ゼクレアの得意技は土属性魔術である。
本来地味な魔術でありながら、それでも彼が総帥の次の地位である第一師団師団長となれたのは、彼がやはり希有な才能を持つ魔術師だったからだろう。
その解き放った魔術は、地下の土を隆起させるというもの。
土を掘り起こし、厄災竜の本体とやら露出させるつもりだった。
「なんだと!!」
しかし、ゼクレアの魔術は全く反応しない。
本来、隆起すべき土が魔術の力を借りても動かせないのだ。
『駄目だよ。多分、本体の網の目のように土の中に張りだして、動かせないようにしているんだ。本体を露出させるには、まず本体と繋がっている擬態を動かして、本体を吊るし出さないと』
「まるで芋掘りですわね」
アーベルは真剣な表情で次の手を考える。
「あんな巨体……。総帥の魔術でも動かせないぞ」
ゼクレアも頭を抱えた。
『厄災竜が意外と脆いのも押し出せないようにしているからかもね。感じ悪い……』
「こうなったら俺が……」
ゼクレアの三白眼が光る。
その気配に、アーベルはすぐに反応した。
「ゼクレア、変なことは考えたら駄目だよ」
「考えるさ。……心配するなよ。総帥、いやアーベル――お前が残っていれば、魔術師師団は」
「ゼクレア! それ以上言うと、さすがの僕でも怒るよ」
ゼクレアとアーベルの間に、一触即発の空気が流れる。
そんな時だった。
あの雄叫びが響いたのは――――。
『ぶらあああああああああ!!』
師団の攻撃に攻め立てられていた厄災竜が吠える。
その声はまさしく天地を貫いた。
『ぐあ! ぐらああああああああ!!』
小刻みに吠えている。
何か言葉を喋っているように思うが、アーベルにもゼクレアにも解読不能だ。
ただ側にいたムルンだけは状況を理解しているようで、若干困惑していたのだが、アーベルたちはそこまで気付いていない。
何故なら、厄災竜の目線の先にいたのは、2人がよく知る人物だったからだ。
『ミレニア!!』
アーベルとゼクレアの声が重なる。
すると、あれほど頑なに動かなかった厄災竜に動きが出る。
バタバタと四肢を動かすと、ついにあの巨躯が動き始めたではないか。
「な! 厄災竜が……」
「動いた!!」
2人はまたも驚愕する。
足の悪い少女が突然立ち上がり、歩き始めた。
そんなインパクトがあった。
ドスドスと地響きを上げながら、まるで小城が動くかの如く、ミレニアに迫る。
ミレニアの方も黙って見ているだけではなかった。
迫り来る厄災竜を見て、背を向けて逃げ出す。
「ちょっ! そんなに怒らなくてもいいじゃない!!」
恐怖と言うよりは、どこか不満げだ。
「ミレニア!」
アーベルが助けに入ろうとするが、ゼクレアは少し冷静だった。
「待て! あれを見ろ!!」
ゼクレアが指差す。
ムルンもそれを見て、翼を開いて驚いた。
厄災竜の擬態が動いたことによって、本体である根の部分がついに露出したのだ。
ミレニアが窮地に陥ってはいるが、結果的に厄災竜の本体を引きずり出した。
その動きを見たアーベルは、1つの考えに至る。
(まさか聖女様は、自分が囮になって厄災竜を……)
アーベルはその献身さに泣きそうになるのを堪える。
一方、ゼクレアもミレニアを認めていた。
(相変わらず無茶をするヤツだ。だが、この好機を逃す手はない)
第一師団に攻撃の準備をさせようとしていた。
この時、状況を理解していたのはムルン1人だったが、ミレニアの行動を見て、溜息を吐く。
『やれやれ……。君はどうやら根っからの聖女気質みたいだよ』
みんなにご飯を作るつもりが、厄災竜を挑発することになった主人の予期せぬファインプレーを静かに称賛するのだった。
勇者アーベルは焦っていた。
戦況は著しくこちらが有利だ。
厄災の竜、終末の笛、ラストピリオド……。
伝説で語られる様々な世界の終焉が、回避されようとしている。
6000人の魔術師による圧力に厄災竜が対応できていない。
自己修復で手一杯で、攻撃が単調になってきている。
おかげで防御陣形が取りやすく、今のところ死傷者はほとんど出ていなかった。
団員や師団長たちの士気も高い。
勝てる要素を並べるなら、いくらでもあげられる。
しかし、矛盾するようだが、このままでは勝てないと確信してしまう。
問題はやはり厄災竜の異常な再生能力だ。
不死というのも厄介だが、それに付随する再生速度も頭の痛いところだった。
6000人という魔術師団を以てしても、その圧力に厄災竜が耐えきっていることこそ、厄災といわれる竜の1番の特徴である。
「神鳥よ。ヤツの弱点を教えてくれないか」
ついにアーベルはムルンに助けを求める。
神鳥も時々攻撃の手伝いをしながら、やや冴えない顔で答えた。
『話してもいいけど、話したところでっていうところもあるんだよね』
「とにかく教えてくれないか。後はこちらで……」
『……厄災竜の弱点はお腹さ』
「お腹……」
アーベルは目を細めて、そのお腹を注視した。
言うまでもなく、厄災竜は巨躯である。
翼を持つが、今のところ飛んだ姿は見たことがない。
だが、これまでずっと獅子が伏せるように腹を付けている。
今いる場所から1歩も動いていないのだ。
『正確にはお腹の下だ。|厄災竜の本体は地下にある。地上に出ている部分は、擬態なんだよ』
「各位聞いたか?」
アーベルは団員それぞれの使い魔を通して話しかける。
無論、先ほどまでのムルンの言葉は全員聞いていた。
弱点を聞いて、1番激昂したのは、ゼクレアだ。
「それを先に言え!!」
ゼクレアは手を掲げる。
長い魔術文字を唱えると、魔力を解き放った。
ゼクレアの得意技は土属性魔術である。
本来地味な魔術でありながら、それでも彼が総帥の次の地位である第一師団師団長となれたのは、彼がやはり希有な才能を持つ魔術師だったからだろう。
その解き放った魔術は、地下の土を隆起させるというもの。
土を掘り起こし、厄災竜の本体とやら露出させるつもりだった。
「なんだと!!」
しかし、ゼクレアの魔術は全く反応しない。
本来、隆起すべき土が魔術の力を借りても動かせないのだ。
『駄目だよ。多分、本体の網の目のように土の中に張りだして、動かせないようにしているんだ。本体を露出させるには、まず本体と繋がっている擬態を動かして、本体を吊るし出さないと』
「まるで芋掘りですわね」
アーベルは真剣な表情で次の手を考える。
「あんな巨体……。総帥の魔術でも動かせないぞ」
ゼクレアも頭を抱えた。
『厄災竜が意外と脆いのも押し出せないようにしているからかもね。感じ悪い……』
「こうなったら俺が……」
ゼクレアの三白眼が光る。
その気配に、アーベルはすぐに反応した。
「ゼクレア、変なことは考えたら駄目だよ」
「考えるさ。……心配するなよ。総帥、いやアーベル――お前が残っていれば、魔術師師団は」
「ゼクレア! それ以上言うと、さすがの僕でも怒るよ」
ゼクレアとアーベルの間に、一触即発の空気が流れる。
そんな時だった。
あの雄叫びが響いたのは――――。
『ぶらあああああああああ!!』
師団の攻撃に攻め立てられていた厄災竜が吠える。
その声はまさしく天地を貫いた。
『ぐあ! ぐらああああああああ!!』
小刻みに吠えている。
何か言葉を喋っているように思うが、アーベルにもゼクレアにも解読不能だ。
ただ側にいたムルンだけは状況を理解しているようで、若干困惑していたのだが、アーベルたちはそこまで気付いていない。
何故なら、厄災竜の目線の先にいたのは、2人がよく知る人物だったからだ。
『ミレニア!!』
アーベルとゼクレアの声が重なる。
すると、あれほど頑なに動かなかった厄災竜に動きが出る。
バタバタと四肢を動かすと、ついにあの巨躯が動き始めたではないか。
「な! 厄災竜が……」
「動いた!!」
2人はまたも驚愕する。
足の悪い少女が突然立ち上がり、歩き始めた。
そんなインパクトがあった。
ドスドスと地響きを上げながら、まるで小城が動くかの如く、ミレニアに迫る。
ミレニアの方も黙って見ているだけではなかった。
迫り来る厄災竜を見て、背を向けて逃げ出す。
「ちょっ! そんなに怒らなくてもいいじゃない!!」
恐怖と言うよりは、どこか不満げだ。
「ミレニア!」
アーベルが助けに入ろうとするが、ゼクレアは少し冷静だった。
「待て! あれを見ろ!!」
ゼクレアが指差す。
ムルンもそれを見て、翼を開いて驚いた。
厄災竜の擬態が動いたことによって、本体である根の部分がついに露出したのだ。
ミレニアが窮地に陥ってはいるが、結果的に厄災竜の本体を引きずり出した。
その動きを見たアーベルは、1つの考えに至る。
(まさか聖女様は、自分が囮になって厄災竜を……)
アーベルはその献身さに泣きそうになるのを堪える。
一方、ゼクレアもミレニアを認めていた。
(相変わらず無茶をするヤツだ。だが、この好機を逃す手はない)
第一師団に攻撃の準備をさせようとしていた。
この時、状況を理解していたのはムルン1人だったが、ミレニアの行動を見て、溜息を吐く。
『やれやれ……。君はどうやら根っからの聖女気質みたいだよ』
みんなにご飯を作るつもりが、厄災竜を挑発することになった主人の予期せぬファインプレーを静かに称賛するのだった。
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