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第1章

第1話 外れ勇者と縛りプレイ①

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 あれ?
 ここはどこだ?
 確か俺は……。

 あれ?

 思い出せない。
 落ち着け。
 こういう時は、深呼吸だ。
 そしてゆっくりと思い出せ。

 俺の名前は?

 じょうりく

 うん。それは覚えている。
 けれど……。

 その後が続かない。
 家族の名前……いや、俺に家族がいたのかすら思い出せない。
 俺が何者で、どうしてこんなところにいるのか。

 俺がいたのは、暗い居室である。
 結構狭い。円筒状で大人10人も入れないだろう。
 ゴツゴツとした壁は石を積み重ねて作られている。
 天井を見上げれば、暗い闇しか見えなかった。

 まるで中世のお城――その牢獄のようだ。

「なんだ?」

 足下を見ると、おかしな落書きが書かれていた。
 たくさんの幾何学模様。
 なんというか、よく漫画やラノベにある魔法陣みたいに見える。

 うん? 漫画やラノベってなんだ?
 まあ、いいや……。

 突然、カチャリと音がして背後の鉄板の扉が開いた。
 入ってきたのは、数人の大人たちだ。
 何かの宗教の司祭が着るような服を着ている。
 手足を覆い、見えるのは顔だけだ。

 その1人が俺に言った。

「おお! 勇者様! どうか世界をお救い下さい」

「ゆ、勇者?」

 俺は平伏する大人たちに向かって首を傾げるしかない。

 聞けば、俺は異世界マーゴルドに召喚されてきた勇者なのだという。
 俺は違うと言ったが、召喚士と身分を明かした大人たちは信じて疑わない。
 黒い髪に黒の瞳は勇者の証で、マーゴルドにはそんな人種はいないのだそうだ。

 なんだ、この展開は……!
 まるで漫画かラノベの世界じゃないか。
 いや、だから漫画かラノベってなんだよ……。

 俺は国の王様に会うことになった。

 国の名前はメシェンド王国。
 そこそこに大きく、それなりに裕福な国らしい。

 王様の名前はデラータス・ギラム・メシェンド。
 真っ白な髪に、胸元まで髭が伸びた――如何にもエラそう爺さんである。

 王様に会っても事態はあまり進展しなかった。
 召喚士たちと言っていることは同じだ。
 俺はとにかく勇者ではないと主張した。
 そもそも記憶がないとも……。

 王はその記憶がない理由を教えてくれた。

「異世界から召喚したものには、記憶の消去する魔法が付加される。向こうの世界との未練を断つためだ。そもそもお主はどこの世界から来たのか覚えていないだろう」

 その通りだ。
 俺は元いた世界に戻ることはおろか、一体どこに戻ったらいいのかもわからなかった。

 おそらく俺の思考の端々に出てくる単語は、記憶の残りカスなのだろう。
 きっと俺にとって、大事なものだったに違いない。

「記憶を戻すことはできないんですか?」

「残念ながら無理だ。今の人類の魔法技術ではな。しかし、お主が世界を救えば、望み通りの生活を約束しよう」

「勝手に人を呼び出して、勝手に人の記憶をいじって……。それで世界を救えって随分身勝手じゃないですか?」

「こら! 貴様! 陛下になんという口の利き方をするのだ!?」

 俺を叱責したのは、大臣らしき男だった。
 すごい剣幕で俺を睨む。
 一瞬怯みそうになったが、こっちだって必死だ。
 なんとしてでも、俺は元の世界に戻る。
 そのために記憶を取り戻さないと……。

「もしかしたら、魔王ならば知っているかも知れぬ」

「魔王……!」

「魔族は我らよりも進んだ魔法技術を持っておる。勇者様の記憶を取り戻し、元の世界に戻る技術を持っているかもしれぬ」

「それはいいが、名前からして……」

「その通りだ、勇者様。魔王は我ら人類の怨敵。あなた様が倒さなければならぬ相手だ」

 めちゃくちゃだな。
 相手の胸ぐらを掴みながら、教えを請えというのか。
 まったく……。この世界の人間は、魔族とやら以上に性根が腐ってるんじゃないのか。

 いずれにしろ、俺は勇者になるしかないらしい。

「わかった。なるよ、あんたらの“勇者様”に」

「おお。ありがとうございます、勇者様」

「で、どうしたらいいんだ?」

「まずステータスをご確認ください」

「ステータス?」

「目を瞑り、集中すると何か文字や数字が出てくるはずです」

 王様に言われるまま実践してみた。

 おお。確かに何か文字が見えてくる。
 ご丁寧に記憶がない俺でも読める文字でだ。


  名前    四條 陸 
  年齢    22
  種族    人間
  職業    勇者
 ――――――――――――――
  レベル    1
  攻撃力   12
  防御力    6
  素早さ    7
  スタミナ   3
  状態耐性   5
 ――――――――――――――
  スキル   縛りプレイ
 ――――――――――――――
  現在の縛り なし


 なんだ、これは?
 『状態耐性』の項目までは、なんとなく察しがつくが……。

 このスキルの項目にある『縛りプレイ』ってなんだ?

「見えましたか、勇者様」

「あ、ああ……」

「おそらく『スキル』という項目があったはずだ。それは勇者様しか使えない貴重な能力。そして魔王に唯一対抗できるのも、スキルの力だと言われている」

「そ、そうなのか……」

 『縛りプレイ』が魔王に有効?
 なんだ、それは?
 魔王様のご趣味が『縛りプレイ』とか?
 いやいや、そんな訳ないだろ。

「して――。勇者様、一体どんなスキルなのだ?」

「言っていいのか?」

「もちろんだとも」

「本当に?」

「少々くどいぞ、勇者様」

 王様はギロリと俺を睨み、脅した。
 大臣も兵士も召喚士も、じっと俺の様子をうかがっている。

 なんとなくわかった。
 みんな疑っているのだ。
 俺が本当に勇者なのか。

「わかった。言うよ。俺のスキルの名前は『縛りプレイ』だ」

 …………。

 沈黙が降りた。
 皆が呆気に取られている。
 そりゃそうだろ。
 俺だって同じような反応をする。

 すると、王はわざとらしく咳を払った。

「冗談にしては少々悪質ではないか?」

「冗談でこんな恥ずかしいこと言えるかよ」

「ああ……。なんということだ!」

 王はいきなり顔を伏せた。
 すると、おもむろに大臣は手をあげる。
 周りの兵士たちが、いきなり槍を向けてきた。
 俺はたちまち囲まれてしまう。

 え? ちょっとなんだよ。
 いくらスキル『縛りプレイ』って、ちょっと言葉が卑猥だからって……。
 そんな理由で、槍を向けられるの。
 王に下ネタ耐性がなかったのか。
 もうちょっとオブラートに言うべきだったのだろうか。

 しばらくし、王は顔を上げた。
 その表情は一変している。
 まるで俺を哀れむように見下していた。

「まさか……。外れ勇者とはな」

「外れ……。勇者……」

「貴様には用はない。どこにでも行くが良い」

「ちょっと待てよ! 勝手に呼び出しておいてそりゃないだろ!! せめて俺を元の世界へ!」

 俺の抗議もむなしく、王様は下がっていく。
 去り際「また5年も待たなければならないではないか」と、何故か俺以上に憤慨した様子で謁見の間を出て行った。


 (②へ続く)
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