上 下
20 / 27

20. 解決と誤解

しおりを挟む

「えっ……向こうから、ですか?」

 夕方、任務を終えて教会に戻って来たわたしは早速、ランド課長に呼び出された。
 その方法がロッカーに「課長室に来るように」と書いたメモ紙を貼るというものだったため、事情を知らない人からの「何かやらかしたんじゃないのか」という好奇の視線が凄かった。
 ジーナさんなんて事情を知っているはずなのにやたらとニヤニヤした顔で見てくるし、唯一の救いはアリアナ先輩が心配そうに見つめてくれていたことか。

 今朝クリストファーさんと合流してのランド課長との話し合いでは、ランド課長がミーンソー卿を説得してみるということで締め括られた。
 「一応説得はしてみるが、あまり期待はするなよ」と言っていたけど、もしもう結論が出たのなら諦めるのが早すぎる。せめて数日は粘ってほしかった!
 なんて最初から肩を落とした状態で課長室に入ったわたしにかけられたのは、「あちらから断りの連絡が入った」との言葉だった。

 呆気にとられて復唱するわたしに頷くランド課長もどこか腑に落ちない表情をしている。
 何か思い当たることはあるかと聞かれても、わたし自身昨日から不安でいっぱいだったし、特に思い当たることなんてない。
 首を捻るわたしの様子に、何かを思いついたのかランド課長がニヤリと笑う。

「貴族になれなくて残念だったなぁ。貴族になれば意中の男を夫にするのも簡単だったかもしれんぞ?」
「え?」

 貴族になりたくなくて悩んでいたというのに、残念だったとはどういう意味なのだろう。
 しかも意中の男って? と真意を測りかねていると、ランド課長は「ほう」と何やら納得しているご様子。一人で納得してないで、わたしにも分かるように説明してほしい。
 そんなわたしの不満が伝わったのか、ランド課長は苦笑したあと「ああ、すまない」と恰好を崩した。

「君はクリスと仲がいいと聞いていたからな」
「クリストファーさん、ですか? はい、よくしてもらってますけど……?」
「彼はモテる。女性はああいう男が好きなのかと思っていたが……もしかして他に心に決めた男がいるのかな?」
「へ? 心に決めたって……え?」

 話の流れに混乱する。
 いつの間にわたしはランド課長と恋バナをする仲になったというのだ。
 なんて答えようか模索していると、ノックの音が響いた。

「ああ、男前がやって来てしまったようだ。残念だがこの話はまた今度じっくり話すとしよう」
「はぁ。失礼します……?」

 部屋に入ってきたクリストファーさんと入れ替わりに、課長室を退出したわたしはほっと息を吐いた。
 どっと疲れが出てすぐにでも座り込んでしまいたいけれど、今も課長室の中ではランド課長とクリストファーさんが話し込んでいて、ここにいたらなんだか聞き耳を立てているみたいでいやだ。
 決して二人の会話が気になるわけじゃないからね。ただ単に疲れているだけだから!
 ……というか、普通に考えて課長室の前に座り込んでいたら確実に怪しい人だし、しないけど。
 ただでさえランド課長と話すだけで緊張するのに、恋バナなんてどう話していいのか分からない。
 わたしは疲れて重い足取りで談話室へと向かうと、柔らかいソファに身を埋めた。

 今朝、街中で号泣するという失態を犯したわたしを、カイルさんは「仕方ないなぁ」なんて笑いながら最後まで慰めてくれた。
 カイルさんだって用事があってあんなに朝早く家を出ていたんだろうに、申し訳ないことをしてしまった。遅刻していないといいけど。
 そして今日の夜カイルさんが家に来て話を聞いてくれることになっているんだけど……気まずい。
 悩んでいた問題自体は解決したから明るい報告が出来るのは嬉しいんだけど、今までどんな顔をして話していたか分からなくなってしまった。
 今日の仕事は全部終わっていて、あとは帰るだけなのにその一歩を踏み出す前にカイルさんの顔が頭をちらついてなかなか踏み出せない。

「…………はぁああ」
「なーに? 彼氏と喧嘩でもした?」
「わっ、びっくりした。……彼氏なんていませんよー」

 誰もいないと思って吐いた盛大な溜息に返事が返ってきて驚く。
 どこからなのかときょろきょろ見回すと、ジーナさんが向かい側のソファーの影から現れた。手に本を持っているからそこで読んでいたんだろうけど、ちゃんとソファーに座って読めばいいのに。
 わたしの言いたいことに気付いたのか、ジーナさんはニヤリと笑うと「ここにいたらいろんな噂話が聞けんだよねー」とのこと。わたしも注意しないと。

「そんなことより、男だよオトコ。朝っぱらからあつーい抱擁する相手よ!」
「っ!?」

 恥ずかしさからカーッと顔に血が集まるのが分かる。
 まさか見られていたなんて思っていなくて、真っ白になった頭では上手い言い訳が思い付かない。
 「いやあれは」だの「あれは隣の」だのまごつくわたしの肩に、どこか悟った顔のジーナさんがぽんっと手を置いた。

「大丈夫、分かってるから。ちゃぁんとクリスには内緒にしといてあげる」

 絶対分かってないーっ!
 こういう場合に限って何も分かってないのは、クリストファーさんのときに身に染みた。
 なんでクリストファーさんに内緒にするのかは分からない、っていうか道端で泣いていたなんて恥ずかしいこと誰にも言わないでほしいわけで。

 わたしは誤解を正すため、囃し立てるジーナさん相手にこの後何回も今朝の成り行きを説明することになった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ある日、彼女が知らない男と一緒に死んでいた

もりのはし
ホラー
「ある日、アパートの彼女の部屋を訪ねると――彼女と知らない男が一緒に死んでいた」 主人公・僕が、目の前の人物に、彼女が死んでいた時のことを思い出しながら語り始める。 *首吊り・自死表現あります。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

漆黒の悪魔 ~コードネームはG~

ラピスラズリ
ホラー
奴は何処にでも現れる神出鬼没の憎いやつ! ゴキブリが出現したのは約3億年前の古生代石炭紀で、「生きている化石」ともいわれる[1]。日本における最古の昆虫化石は、中生代三畳紀の地層から発見されたゴキブリの前翅である[1]。古生代から絶滅せずに生き残ってきたことから「人類滅亡後はゴキブリが地球を支配する」と言われるほどだが、実際には森林環境に依存している種が多いので、人類が自らの環境破壊によって森林環境を道連れに滅亡した場合には絶滅する種が多いと推測され、人家生活型のコスモポリタン種は依存する人家環境の消滅によって棲息範囲が減少する可能性が高い。 ※この話しはリアルで起きた事をほぼ忠実に基づいて書いています。

汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻
ホラー
両親に見捨てられ、しいたげられる比奈。そんな薄幸の少女比奈を救おうとするパート社員の芙由子と大学生の巧のコンビだったが、やがて事件は、奇怪な連続殺人へと発展し・・・。

【休載中】天国ゲーム

はの
ホラー
ここは、死後の世界。貴方たちは死にました。 今から貴方たちにゲームをしていただきます。天国に誘うべき人間を決めるゲームを。

てのひら

津嶋朋靖(つしまともやす)
ホラー
時は昭和末期。夜中にドライブしていた四人の若者たちが体験した恐怖。 夜間にドライブする時は気を付けましょう。

処理中です...