家に異世界人が現れた

鈴花

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20. 仲直り

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 夜、ベッドに横になったランバートはなかなか寝付くことが出来ずに何度も寝返りを打っていた。
 窓から生暖かい夜風が入ってきては、ランバートの頬を撫でる。

 木村がいる間は沈静化していたゆかりとの喧嘩も、彼が帰ってしまえば再びピリピリとした空気が流れた。
 食事こそ作ってくれるものの、その間二人の間に会話はなく、用事が済めばすぐにお互いの部屋へと引っ込んだのだった。
 いつもはリビングでソファに座りゆかりとテレビを観ている時刻だが、扉を挟んで向こう側のリビングはしんと静まり返っている。

「……はぁ」

 ランバートは一向にやって来ない眠気に、無理に寝るのを諦め体を起こした。
 電気を消した暗い部屋の中、窓際まで行くと空を見上げる。

(あれは……確か飛行機か)

 輝く星に混じって人工的な光が明滅を繰り返している。
 乗ることこそまだ叶っていないが、ゆかりがインターネット見つけた写真や動画を見せ説明したことで形や速さ、そしてその便利さをランバートは知っていた。

(本当に、この世界の技術は凄い)

 ランバートの世界では魔法で場所を移動することは出来るが、極限られた者だけだ。
 全ての人間が魔法を使えるわけでもなく、そのような者は地道に歩くか、彼らにとっては高価な馬車を乗り継いで目的地へ行くことしか出来ない。

(もしもこの世界の物があちらでも実現出来たなら――)

 ランバートがそう考えたことも一度や二度ではない。
 それ程この世界の技術は魅力的だ。
 知らなければ欲しくもならないのに、ランバートは知ってしまった。
 どうしたらこの技術を持ち帰れるか。どうしたらこの世界のようにみんなが便利な生活が送れるか。どうしたら民が幸せになれるのか――
 ランバートはこの世界に来てからというもの、そんなことばかり考えてきた。

 兄であるレオナルドによって異世界へ飛ばされたときは憤慨したが、絶望することはなかった。
 それはこの世界で最初に会ったゆかりのお陰。
 家に突然現れたランバートに最初こそ警戒していたが、住処を提供し、何も知らない彼にこの世界のことを教えてくれた。
 見ず知らずの他人のために服を洗濯し、寝床を清潔に保つ。品質自体は彼が使っていた物の方が良いはずなのだが、からからに乾き、ほのかに温もりの残る布団はとても落ち着いて寝られる。
 初日なんて、ゆかりが先に起きたのにも気付かないほど深い睡眠に入ってしまっていた。
 騎士にあるまじき失態だ。
 そのときのことを思い出し、ひとり苦笑する。

(……やはり、このままでは良くないな)

 恩に報いるため彼女の護衛を買って出てはいるが、魔物の出ないこの世界では大して役に立てていない。
 逆にアルバイト料として僅かながらではあるが小遣いまで貰っている現状にやるせなさすら感じていた。
 そんな中、修司に釘を刺されカリカリしていたのは事実。
 彼女を護るためと言い訳をして、そのことから目を逸らしていたのだ。
 確かに兄であるレオナルドが何をしでかすか分からないことは脅威で、それに対して焦りもある。だが、それをゆかりに当たるのはお門違いというものだろう。
 どこかで甘えていた部分があったのかもしれない。
 ランバートは深く溜息を吐くと、彼女と話すため、リビングへ続く扉へ手をかけた。


   ◇◇◇


 自分の部屋でベッドに寝転がり、スマホを見ていたゆかりは控えめなノックの音に手を止めた。
 返答しようか迷っているのか、体は起こしたものの視線を彷徨わせている。

「夜分遅くにすまない。ゆかり、起きているか? 少し話したいのだが」
「…………うん」

 小さく返事をすると、扉の向こうからほっと息を吐く音が聞こえた。
 ランバートの態度に不満を持ち起こしたことだったが、正直ゆかり自身もやり過ぎたのではないかと感じていた。
 出されたココアを苛立ちに任せ飲み干す。作った側からしたら少々頭に来る行為だが、確認せずに出された物を飲む程の信頼を裏切ってしまったのだと今では分かる。
 落ち着いた雰囲気で忘れがちだが、彼はまだ十八。少し大人気なかったな、とゆかりは反省していた。
 ランバートの呼びかけに部屋を出ると、テーブルの上に彼が作ったのか、ホットミルクが二つ置いてあった。

(……仕返し、じゃないよね……?)

 一瞬そんな不穏な考えが浮かび、怖々と一口含むが、中身はちゃんと蜂蜜入りの甘いホットミルクだった。

「……すまなかった」
「え?」
「早く戻らねばと焦るあまり、周りが見えていなかった」

 突然の謝罪に、やはり何か入れていたのかと不安になったが、続けられた言葉で違うと分かり、ゆかりはあからさまにほっとした表情を浮かべた。

「いや、うん。あたしもやり過ぎた。ごめん」
「ああ。……俺の世界にあれ程辛いものはない。正直、毒よりもキツかった」

 ゆかりからの謝罪を受けて、険しかったランバートの顔も柔らかなものへと変わる。
 ジョークなのか、唐辛子を毒よりキツいも言うランバートにゆかりは「大袈裟な」と頬を引き攣らせるが、彼は至って真面目な表情である。

「その、ゆかりに話しておかなければならないことがあるのだが」
「うん?」
「俺がこちらにいる間、兄がゆかりに危害を与える可能性がある」
「えっ? 何それ、どういうこと?」

 可能性の話だがと前置きし、話された内容にゆかりは苦い表情を浮かべる。

「あー……まぁ、分かった。だからあんなに焦ってたわけね。でもそもそも向こうは何も出来ない可能性もあるわけでしょ?」
「それは、そうなのだが……」
「今更出て行けとか言わないから安心してよ。乗りかかった船だし、向こうに帰るまではちゃんと世話するから」
「……改めて、よろしく頼む。それと、何かあったとき護れるように、出来るだけ傍にいるようにしてくれ」

 真剣な眼差しで見つめてくるランバートに、ゆかりは若干驚きながらも大人しく頷く。
 ランバートはそれに満足げに頷き返すと、甘いホットミルクを飲み干した。

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