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16. 乾杯
しおりを挟む二日に一回は来るようになった修司を追い出して、西日の差し込む喫茶店を閉めると階段を上がる。
何度も繰り返され慣れた行動なのに、今日の二人の顔は強ばって見える。
家に入って早々、リビングのテーブルに向かい合って座り、深刻な表情でお互いの顔を見合った。
「で、では早速やってみようと思う」
「うん。……頑張れ」
瞳を閉じて、ランバートは意識を集中させていく。
その様子を心配そうに見つめるが、魔法について分からないゆかりには何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「…………くっ」
三十分程そうしていただろうか。
不意に瞳を開けたランバートが顔を歪ませた。
「……どう?」
状況が分からず静観していたゆかりが恐る恐る問いかけると、ランバートは首を横に振り、悔しげに拳を握り締めた。
「駄目だ。親しい者数名にコンタクトをとってみたのだが、やはり妨害され話すことは叶わなかった」
「……そっか」
「だがフォルテ……その、宮廷魔導士をしている友人なのだが、そいつに意識を向けたとき一瞬だけ繋がったような気配がした」
「そ、それじゃあ!」
「ほんの一瞬だったからな。期待したいところだが、アイツが気付いているかどうか……」
苦い表情を浮かべるランバートに対し、ゆかりは僅かでも収穫があったのだと上機嫌だ。
「宮廷魔導士っていうのがどれくらい凄いのか知らないけど、ランバートが助けを求めるくらいには頼りになる人なんでしょ?」
「む。まあ、魔法のことでアイツに適う者はいないが……」
「それって凄いじゃん。いやー、よかったよかった! 今日はお祝いだね」
ゆかりはすぐに冷蔵庫から缶ビールを二本取り出すと、一本をランバートに握らせ自分の分をこつんと当てた。
「かんぱーい! くーっ! やっぱ夏はビールだよね」
「そ、そうなのか?」
「ほら、早く飲みなよ」
缶を開けることが出来ずに戸惑っているのだろうと、ランバートの蓋を開けて再度促す。
貴族として育ってきたランバートにとって、ビールとは庶民の味。
下町の安い店で出されたぬるいビールをランバートも飲んだことがあったが、今のゆかりのように『美味しい』という感情は湧かなかった。
瞳を輝かせ、彼の反応を待っているゆかりに申し訳なく思い、意を決して一口含むと、そのまま目を見開いた。
「美味い! これは本当にビールなのか!?」
「いや、ちゃんとビールって書いてあるでしょ。発泡酒じゃないよ」
「そうなのだが」
「んー、ご飯どうしよっかな。適当にお肉炒めて……あ、ツマミこんだけだからあとでコンビニ行かなきゃいけないし、お弁当買って来よー」
ゆかりは棚から出したツマミの袋をランバートの前に置くと、半分程になったビールをぐいっと飲み干し、店から持って帰って来たままの小さな鞄を手にした。
「ちょっとコンビニ行って来るから。これ適当に摘んでて」
「俺も行こう」
「え? いやいいよ。すぐ戻って来るし」
「駄目だ。外はもう暗いし、アルコールが入った状態で出歩くなど、何かあったらどうする」
心配性なランバートはこうなったら意地でも着いてくるだろう。ゆかりは苦笑しながら頷く。
「それじゃあコンビニにもお酒いろんな種類置いてあるし、好きなの選んでいいよ」
「そうなのか? 楽しみだ」
着いて行くのを反対されないと分かったランバートがほっとした表情になる。
「ビールまだ入ってる? 貸して? 冷蔵庫入れとくわ」
「ああ、頼む」
ランバートの分のビールを冷蔵庫に入れ、二人でコンビニに向かう途中、ふとゆかりが隣を歩くランバートを見上げた。
「ね、いつもは何飲んでんの? ブランデー?」
「それもあるが、ワインが多いな」
「おお、ワイン! あれって慣れたら香りとかでどこ産とか分かるんでしょ?」
「ああ。紅茶もそうだが、大抵のものは分かる」
「へぇ。凄い。あたし全く分かんないもんなぁ。ちょっと香りが違うな、ってくらい」
「知らないと外交の場で恥をかくことになるからな。……今思えば、俺はとても狭い世界で生きていた」
「ふぅん? 魔法がある時点であたしは羨ましいけど」
何だかランバートは真剣な顔で考え込んでしまったが酒が入って上機嫌なゆかりは気にすることなく、到着したコンビニであれこれ買い漁るのだった。
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