家に異世界人が現れた

鈴花

文字の大きさ
上 下
16 / 25

16. 乾杯

しおりを挟む

 二日に一回は来るようになった修司を追い出して、西日の差し込む喫茶店を閉めると階段を上がる。
 何度も繰り返され慣れた行動なのに、今日の二人の顔は強ばって見える。
 家に入って早々、リビングのテーブルに向かい合って座り、深刻な表情でお互いの顔を見合った。

「で、では早速やってみようと思う」
「うん。……頑張れ」

 瞳を閉じて、ランバートは意識を集中させていく。
 その様子を心配そうに見つめるが、魔法について分からないゆかりには何がどうなっているのかさっぱり分からない。

「…………くっ」

 三十分程そうしていただろうか。
 不意に瞳を開けたランバートが顔を歪ませた。

「……どう?」

 状況が分からず静観していたゆかりが恐る恐る問いかけると、ランバートは首を横に振り、悔しげに拳を握り締めた。

「駄目だ。親しい者数名にコンタクトをとってみたのだが、やはり妨害され話すことは叶わなかった」
「……そっか」
「だがフォルテ……その、宮廷魔導士をしている友人なのだが、そいつに意識を向けたとき一瞬だけ繋がったような気配がした」
「そ、それじゃあ!」
「ほんの一瞬だったからな。期待したいところだが、アイツが気付いているかどうか……」

 苦い表情を浮かべるランバートに対し、ゆかりは僅かでも収穫があったのだと上機嫌だ。

「宮廷魔導士っていうのがどれくらい凄いのか知らないけど、ランバートが助けを求めるくらいには頼りになる人なんでしょ?」
「む。まあ、魔法のことでアイツに適う者はいないが……」
「それって凄いじゃん。いやー、よかったよかった! 今日はお祝いだね」

 ゆかりはすぐに冷蔵庫から缶ビールを二本取り出すと、一本をランバートに握らせ自分の分をこつんと当てた。

「かんぱーい! くーっ! やっぱ夏はビールだよね」
「そ、そうなのか?」
「ほら、早く飲みなよ」

 缶を開けることが出来ずに戸惑っているのだろうと、ランバートの蓋を開けて再度促す。
 貴族として育ってきたランバートにとって、ビールとは庶民の味。
 下町の安い店で出されたぬるいビールをランバートも飲んだことがあったが、今のゆかりのように『美味しい』という感情は湧かなかった。
 瞳を輝かせ、彼の反応を待っているゆかりに申し訳なく思い、意を決して一口含むと、そのまま目を見開いた。

「美味い! これは本当にビールなのか!?」
「いや、ちゃんとビールって書いてあるでしょ。発泡酒じゃないよ」
「そうなのだが」
「んー、ご飯どうしよっかな。適当にお肉炒めて……あ、ツマミこんだけだからあとでコンビニ行かなきゃいけないし、お弁当買って来よー」

 ゆかりは棚から出したツマミの袋をランバートの前に置くと、半分程になったビールをぐいっと飲み干し、店から持って帰って来たままの小さな鞄を手にした。

「ちょっとコンビニ行って来るから。これ適当に摘んでて」
「俺も行こう」
「え? いやいいよ。すぐ戻って来るし」
「駄目だ。外はもう暗いし、アルコールが入った状態で出歩くなど、何かあったらどうする」

 心配性なランバートはこうなったら意地でも着いてくるだろう。ゆかりは苦笑しながら頷く。

「それじゃあコンビニにもお酒いろんな種類置いてあるし、好きなの選んでいいよ」
「そうなのか? 楽しみだ」

 着いて行くのを反対されないと分かったランバートがほっとした表情になる。

「ビールまだ入ってる? 貸して? 冷蔵庫入れとくわ」
「ああ、頼む」

 ランバートの分のビールを冷蔵庫に入れ、二人でコンビニに向かう途中、ふとゆかりが隣を歩くランバートを見上げた。

「ね、いつもは何飲んでんの? ブランデー?」
「それもあるが、ワインが多いな」
「おお、ワイン! あれって慣れたら香りとかでどこ産とか分かるんでしょ?」
「ああ。紅茶もそうだが、大抵のものは分かる」
「へぇ。凄い。あたし全く分かんないもんなぁ。ちょっと香りが違うな、ってくらい」
「知らないと外交の場で恥をかくことになるからな。……今思えば、俺はとても狭い世界で生きていた」
「ふぅん? 魔法がある時点であたしは羨ましいけど」

 何だかランバートは真剣な顔で考え込んでしまったが酒が入って上機嫌なゆかりは気にすることなく、到着したコンビニであれこれ買い漁るのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

処理中です...