永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~

畔本グラヤノン

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18.シェーラ④

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 そういえば……ジェシカ様は「レイモンド・ラスタヒュース」からの二度目の手紙が来た頃、ちょうどお茶会があってお忙しい様子でしたので、私が代わりに手紙を書いて早馬で出していたのです。

『――現在、ジェシカ様には他の方とのご縁がございまして、こればかりは巡りあわせとしか申し上げることができません。レイモンド様の将来がより良いものとなられますよう、お祈り申し上げる次第でございます』

 当たり障りのないことを書くようジェシカ様から頼まれていたので、大変心苦しかったのですが、暗に「縁がなかった」と伝える内容で送りました。

 私としてはフォークナー公爵家のご令息だろうとレイモンド様だろうと、ジェシカ様を幸せにしてくださるのならばどちらでも構わないのです。ただ二股ふたまたをかけていたとみなされては貴族の令嬢として致命的なきずとなりますので、とりあえず接する機会のある公爵令息に注力すべきだと考えました。
 これでレイモンド様が諦めるなら、そこまでのご縁だと思います。

 ラスタヒュース領まで馬車で一ヶ月ということですから、早馬でいつ頃その手紙が届いたのかはわかりませんが……。

「シェーラと申します。レイモンド様、手紙はご覧になられましたか」

 私は門番が近くにいないのを確認して声をかけました。

「……シェーラ殿か。あの手紙を読んで、急いで馬を走らせた。途中の町で噂を聞いたんだが……」

 レイモンド様は疲れた様子で、よろめきながら馬から降りてきます。彼が手紙を読んだ上でここまでやってきたということは、ジェシカ様に対する強い気持ちがあるのだと私は理解しました。

「噂とは、どのような?」

 だいたいは想像できましたがあえての質問です。レイモンド様は少しためらう様子を見せたあと口を開きました。

「ジェシカが、……公爵家の息子と、婚約する、と」
「そうですか。それは――」

 想像していた通りの噂です。
 私は叔父さんに襟首をつかまれているティムと目を合わせました。

「ジェシカ様本人からお聞きになるのが、一番でございましょうね」

 貴族らしい身なりの男性が現れたことに驚いたのか、ティムは今にも死にそうな顔をしていました。





 ベソベソ泣きながら言い訳を口にするティムを引きずり、ジェシカ様を連れて行ったという地下牢まで案内させました。
 飼い葉の倉庫はあまり掃除しないのかひどく汚れていて、お屋敷の馬は本当にここの飼い葉を食べているのかと心配になるほどでした。
 さらにその奥の扉など、長年誰も使っていないのがありありと察せられます。

 ギーイィィィィ……――

 唸り声のような恐ろしい音を立てて開いた扉の内部はカビ臭く、ジメジメした冷たい空気が漂っていました。こんなところに放り込まれたら誰でも病気になるに決まっています。私は思わずティムの頭を殴っていました。

「い、痛い!」
「殴りましたからね。当たり前です」
「僕は命令に従っただけなのに……」
「ジェシカ様に何かあったら、あなたも、あなたの家族も終わりですよ」

 ようやく事の重大さがわかったらしく、ティムは「うぅう」と変な声を出してうずくまりました。

「シェーラ殿」

 やり取りを聞いていたレイモンド様は穏やかでない顔つきになっています。

「どうしてジェシカはこんな場所に?」
「エイミィ様の仕業です。ジェシカ様を婚約式に出席させたくなかったのでしょう」

 幼い頃のジェシカ様とエイミィの関係を知っているレイモンド様であれば、この言葉だけでわかるはず……と考えて説明を短くしたのですが、やはり彼にも思い当たる節があったようです。

「そこまでになっているのか……」

 レイモンド様はつぶやきました。

 おそらく彼は勘違いをしています。
 ジェシカ様とエイミィは長い年月の中でこじれていったわけではありません。エイミィが隠していた本性がむき出しになっただけで、彼女は昔からこういうことをしてもおかしくない性格をしていました。

 地下へと続く階段は真っ暗だったので、ティムにランプを持ってこさせてから扉をくぐりました。地下牢は三つに分かれており、ティムによるとジェシカ様は一番奥の牢に入れられたということです。

 石の床が黒くなるほどカビが生えていて、どこからともなく水滴の落ちる音が響いてきます。ジメジメしてホコリっぽい空気はまともに吸ったら変な咳が出ます。早くジェシカ様を見つけなければ……と気は焦るのですが、なかなか前へ進めません。

「確か、この辺りで……」

 ティムが指さした場所は、ランプで照らしても鉄格子の中が見えないほど真っ暗でした。暗すぎて黒い布を壁に張り付けたようにも見えます。どうしたものか迷っていると、レイモンド様がランプを高く掲げて牢の中に声をかけました。

「ジェシカ」

 それは優しい声でした。ジェシカ様と二人で仲良く遊んでいた幼い頃を思い出させるような――きっとジェシカ様もそう思ったに違いありません。

 どさり、と何かが倒れる音がしました。

 ジェシカ様はここにいる。
 私は急いで鉄格子を開けようとしましたが、鍵がかかっていてガチャガチャと音を立てるばかりです。
 ティムが『地下牢の鍵はエイミィしか持っていない』と言っていたのを思い出し、耐え難い怒りを感じました。

「鍵は――」
「あのっ、この鉄格子、思い切り蹴っていただいても?」

 レイモンド様の言葉に被せてしまったのは、はしたなくも焦っていたからです。

「こんなにジメジメしているのですから、百年前の物が朽ちてないとは思えません」
「それはそうだな!」

 叔父さんが勢いのある返事をして、合図もしていないのにレイモンド様と同時に鉄格子を蹴りました。驚くほど大きな音が響き、まるでクッキーのように鉄格子がバラバラと崩れていきました。
 自分で提案しておいてなんですが、こんなに錆びていたとは思っていませんでした。今まで形を保っていたのが嘘のようです。

 蹴った勢いで牢の中に倒れ込んだ叔父さんたちをねぎらいつつ、奥にいたジェシカ様を抱き起こすと、呼吸が浅く熱があるようでした。
 この淀んだ空気と気温の低さで病気にかかってしまったのか、それとも脱水症状を起こしているのか……。どこかで休ませるにしても、このお屋敷では難しいでしょう。

「叔父さん、お屋敷以外でどこかにジェシカ様を看病できる場所はありますか?」

 薄暗いランプの光の中、私の問いに叔父さんは難しい顔をしました。このままお屋敷に留まって使用人にでも見つかれば旦那様へ知らせが行き、やがてエイミィの耳に入ることになります。

 弱っているジェシカ様に対してエイミィが何もしてこないと言えるかどうか……私はそこまで能天気ではありませんし、何よりクビになっていますからこのお屋敷ではお世話をすることができません。

「俺の家は貴族街の外なんだ。この状態のジェシカ様をそこまで運ぶのは……」
「それなら、私の家の方が近い」

 叔父さんがブツブツつぶやいていると、レイモンド様がよく通る声を上げました。

「詳しく話も聞きたいし、一緒に来てもらえないか?」

 願ってもないお話に私たちは一も二もなくうなずきました。今はとにかくジェシカ様のお身体の回復が最優先です。

 レイモンド様はジェシカ様を抱えて運びたがりましたが、それではあまりにも目立って誰かに見とがめられてしまいますので、我慢していただかざるを得ませんでした。

 叔父さんの背にぐったりしたジェシカ様を乗せて、その額の汗をそっとハンカチで拭き取ると「ありがとう……」とジェシカ様がうわごとでつぶやくのが聞こえました。
 彼女は昔から熱で寝込んでいても必ずお礼を言う子だったのを思い出し、私は自分が笑っていることに気が付きました。



 ――母さん。
 幸せとは、こんな感覚だったのでしょうか。
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