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1st season 第一章
016 虚脱
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カインは歩き続けていた。
喉はカラカラに渇ききり、脚は棒のようで頭もフラフラ、座り込む事を咎めるものなど誰もいないのだが、そうする事が出来ない。
次の行動が決められないのだ。
『座る』といった呑気な決断を行う前に、今現在襲いかかっている火急の事態に対して、何らかの決断をしなければならないという強迫観念に追い立てられるのだ。
火急の事態というのは勿論『金鶏亭での一連の出来事』であり『ユリアを失ってしまった』という事実だ。
これが捨てられた側であれば『諦める』の一択で話は早いのだが、捨ててしまった側には『やり直す』という選択肢がある分タチが悪い。
そしてその選択肢は、時間の経過ととも失われてゆく。
一瞬の猶予もならないのだ・・・故に、座れない。
『戻る』を選ぼうとすれば、無様に股を広げ、他のオスの精を蕩ける表情で受け入れる様が脳裏を埋め尽くし、『戻らない』を選ぼうとすれば、愛しい笑顔、優しかった時間が急速に遠ざかっていく。
つまるところこの葛藤は『戻る』を選ぶまで尽きる事が無いのだが、それを理解して行動に反映させるにはカインは余りにも若く、純粋だった。
~~~~~
どのくらい経ったのかわからない。
そう、カインは未だ銀の剣亭に戻れていなかった。
金鶏亭へ戻るのか、銀の剣亭へ戻るのか、即ちそれは『やり直す』のか『やり直さない』のかという決断に他ならない。
他人から見れば何を映画の主人公みたいなことをと思われるのだが、当の本人はまさに物語のど真ん中で翻弄されているのだからどうしようもない。
それでもカインはいくつかの決断を行っていた。
それは酒場のカウンターに鉄貨を叩きつけて安酒を煽るというものであったり、スラムのゴロツキに怒声を浴びせながら殴りかかったりという些細なモノだったが、重篤な決断の前に些細な決断を割り込ませる事に成功したことで、自らの吐瀉物にまみれながらも、なんとか道端のゴミに埋もれて眠ることが出来たのだ。
その、数日ぶりに得られた眠りも結局、目覚めているときと同じように、ユリアの痴態を上演される事で妨げられるのだが・・・
~~~~~
更に数日が過ぎた。
驚いたことにカインはまだ路地裏を彷徨っていた。
が、その心中には僅かばかりの変化があった。
当初のカインを支配していたのはその多くが『怒り』であった。
自分に与えられるべきモノが他者に与えられていた不条理への怒り。
それを与えた者の裏切り行為への怒り。
そしてその行為が、著しく己の誇りを損なう事への怒り。
狡い・酷い・馬鹿にするな!
しかし怒りというのは炎であり、薪をくべ続けなければ次第に勢いを失う。
そうなると『怒り』によって抑えつけられていた『愛しさ』に天秤が傾く。
カインの言動は怒りにとっては快挙であったが、愛しさにとっては失態であった。
白昼夢の内容も応じて変化を遂げる。
ユリアの痴態も2回に1回は共演相手がカインとなり、あの、去り際の、世界が終わってしまったかのような絶望の表情がときおり混じる。
ユリア・・・ユリア・・・ユリア・・・
気づけば冒険者ギルドへと向かっていた。
金鶏亭に戻れるほどには怒りがおさまっていなかったからだ。
もしかしたら依頼を受けに来てるんじゃないか?
偶然を装って再会する事ができるんじゃないか?
慣れ親しんだギルドのドアを開ける。
刹那、ここ数日の放浪が終わり、急速に思考が冷めてゆく。
俺は何をやっているんだ?
会ってどうする?
ユリアはもう他の男達のものだ。
シシラル村の愛すべき幼馴染はもう居ないのだ。
「よぅ、カイン、酷いざまだな。一人かよ?遂にユリアちゃんに捨てられたか?」
素行の悪い冒険者が、絡んでくる。
いつもなら睨み返すが、もう、怒りのエネルギーは売り切れだ。
「ああ・・・まぁ、そんなところだ。聞かないでくれると助かる」
「お、おぅ・・・なんつーか、元気だせや」
驚きと不信と憐れみ、そんな視線が集中する。
居心地が悪い。
かと言ってこのまま帰るのも・・・なんとなく流れに押されて受付に立ってしまう。
「カインさん、本日はお一人ですか?ご用件は?」
「あ、ああ。そうだな。パーティーの解散手続きを頼みます。」
ざわ、ざわざわ、ひそひそ、ざわざわ
聞こえてしまった者たちからざわめきの波紋が広がってゆく
「ユリアちゃん、これでフリーか!」
「中古でもいい、俺、ガチでいくぜ!?」
「ざまぁ」
「ちょっと、やめなさいよ」
戸惑いながら受付スタッフが確認する。
「解散ですか?よ、よろしい、のですか?」
「はい、おねがいします」
「賜りました。少々お待ち下さい」
座りの悪いカインはあらためてギルドの中を見渡す。
居酒屋スペースにはコチラを眺め、ニヤニヤと肴にする冒険者達。
解体スペースのある裏口付近ではスタッフが肉の塊を抱えて右往左往。
依頼カウンターでは依頼者らしき女がスタッフに頭を下げている。
いつも通りの光景だ・・・カインの横に誰も居ないのを除けばだが。
「お待たせしました。パーティー口座の残高2,130レアは引き出しでよろしいですか?」
「あー、そうか、そうだな。それはユリアの口座に移しておいて貰えますか?」
「わかりました・・・はい。これで手続きは完了です。あ、あの・・・頑張って下さい!」
「ありがとう」
これからどうする?
革袋の中には数日分の宿代しか残っていない。
生きるためには依頼を受けるべきだが・・・生きてどうするんだ?
そもそも冒険者になったのはユリアの為だ。
シシラルへ帰るか?
いや、無理だ。
おじさんおばさんにユリアとの事を話せるわけがない。
ほんとうに俺は何をやってるんだ?
考えてみれば親しい友人も誰も居ない。
俺にはユリア以外に何も無かったんだ。
潔く、このまま森へ行って終わりにするか?
女に捨てられて自殺か・・・情けないな。
せめて派手な依頼でもあれば・・・Fランクにそんな依頼は無いよな。
「はぁ・・・・」
深い溜め息をつく。
考えがまとまらず、とりあえず歩こうと出口へ向かおうとすると、ホールの真ん中で女が土下座していた。
喉はカラカラに渇ききり、脚は棒のようで頭もフラフラ、座り込む事を咎めるものなど誰もいないのだが、そうする事が出来ない。
次の行動が決められないのだ。
『座る』といった呑気な決断を行う前に、今現在襲いかかっている火急の事態に対して、何らかの決断をしなければならないという強迫観念に追い立てられるのだ。
火急の事態というのは勿論『金鶏亭での一連の出来事』であり『ユリアを失ってしまった』という事実だ。
これが捨てられた側であれば『諦める』の一択で話は早いのだが、捨ててしまった側には『やり直す』という選択肢がある分タチが悪い。
そしてその選択肢は、時間の経過ととも失われてゆく。
一瞬の猶予もならないのだ・・・故に、座れない。
『戻る』を選ぼうとすれば、無様に股を広げ、他のオスの精を蕩ける表情で受け入れる様が脳裏を埋め尽くし、『戻らない』を選ぼうとすれば、愛しい笑顔、優しかった時間が急速に遠ざかっていく。
つまるところこの葛藤は『戻る』を選ぶまで尽きる事が無いのだが、それを理解して行動に反映させるにはカインは余りにも若く、純粋だった。
~~~~~
どのくらい経ったのかわからない。
そう、カインは未だ銀の剣亭に戻れていなかった。
金鶏亭へ戻るのか、銀の剣亭へ戻るのか、即ちそれは『やり直す』のか『やり直さない』のかという決断に他ならない。
他人から見れば何を映画の主人公みたいなことをと思われるのだが、当の本人はまさに物語のど真ん中で翻弄されているのだからどうしようもない。
それでもカインはいくつかの決断を行っていた。
それは酒場のカウンターに鉄貨を叩きつけて安酒を煽るというものであったり、スラムのゴロツキに怒声を浴びせながら殴りかかったりという些細なモノだったが、重篤な決断の前に些細な決断を割り込ませる事に成功したことで、自らの吐瀉物にまみれながらも、なんとか道端のゴミに埋もれて眠ることが出来たのだ。
その、数日ぶりに得られた眠りも結局、目覚めているときと同じように、ユリアの痴態を上演される事で妨げられるのだが・・・
~~~~~
更に数日が過ぎた。
驚いたことにカインはまだ路地裏を彷徨っていた。
が、その心中には僅かばかりの変化があった。
当初のカインを支配していたのはその多くが『怒り』であった。
自分に与えられるべきモノが他者に与えられていた不条理への怒り。
それを与えた者の裏切り行為への怒り。
そしてその行為が、著しく己の誇りを損なう事への怒り。
狡い・酷い・馬鹿にするな!
しかし怒りというのは炎であり、薪をくべ続けなければ次第に勢いを失う。
そうなると『怒り』によって抑えつけられていた『愛しさ』に天秤が傾く。
カインの言動は怒りにとっては快挙であったが、愛しさにとっては失態であった。
白昼夢の内容も応じて変化を遂げる。
ユリアの痴態も2回に1回は共演相手がカインとなり、あの、去り際の、世界が終わってしまったかのような絶望の表情がときおり混じる。
ユリア・・・ユリア・・・ユリア・・・
気づけば冒険者ギルドへと向かっていた。
金鶏亭に戻れるほどには怒りがおさまっていなかったからだ。
もしかしたら依頼を受けに来てるんじゃないか?
偶然を装って再会する事ができるんじゃないか?
慣れ親しんだギルドのドアを開ける。
刹那、ここ数日の放浪が終わり、急速に思考が冷めてゆく。
俺は何をやっているんだ?
会ってどうする?
ユリアはもう他の男達のものだ。
シシラル村の愛すべき幼馴染はもう居ないのだ。
「よぅ、カイン、酷いざまだな。一人かよ?遂にユリアちゃんに捨てられたか?」
素行の悪い冒険者が、絡んでくる。
いつもなら睨み返すが、もう、怒りのエネルギーは売り切れだ。
「ああ・・・まぁ、そんなところだ。聞かないでくれると助かる」
「お、おぅ・・・なんつーか、元気だせや」
驚きと不信と憐れみ、そんな視線が集中する。
居心地が悪い。
かと言ってこのまま帰るのも・・・なんとなく流れに押されて受付に立ってしまう。
「カインさん、本日はお一人ですか?ご用件は?」
「あ、ああ。そうだな。パーティーの解散手続きを頼みます。」
ざわ、ざわざわ、ひそひそ、ざわざわ
聞こえてしまった者たちからざわめきの波紋が広がってゆく
「ユリアちゃん、これでフリーか!」
「中古でもいい、俺、ガチでいくぜ!?」
「ざまぁ」
「ちょっと、やめなさいよ」
戸惑いながら受付スタッフが確認する。
「解散ですか?よ、よろしい、のですか?」
「はい、おねがいします」
「賜りました。少々お待ち下さい」
座りの悪いカインはあらためてギルドの中を見渡す。
居酒屋スペースにはコチラを眺め、ニヤニヤと肴にする冒険者達。
解体スペースのある裏口付近ではスタッフが肉の塊を抱えて右往左往。
依頼カウンターでは依頼者らしき女がスタッフに頭を下げている。
いつも通りの光景だ・・・カインの横に誰も居ないのを除けばだが。
「お待たせしました。パーティー口座の残高2,130レアは引き出しでよろしいですか?」
「あー、そうか、そうだな。それはユリアの口座に移しておいて貰えますか?」
「わかりました・・・はい。これで手続きは完了です。あ、あの・・・頑張って下さい!」
「ありがとう」
これからどうする?
革袋の中には数日分の宿代しか残っていない。
生きるためには依頼を受けるべきだが・・・生きてどうするんだ?
そもそも冒険者になったのはユリアの為だ。
シシラルへ帰るか?
いや、無理だ。
おじさんおばさんにユリアとの事を話せるわけがない。
ほんとうに俺は何をやってるんだ?
考えてみれば親しい友人も誰も居ない。
俺にはユリア以外に何も無かったんだ。
潔く、このまま森へ行って終わりにするか?
女に捨てられて自殺か・・・情けないな。
せめて派手な依頼でもあれば・・・Fランクにそんな依頼は無いよな。
「はぁ・・・・」
深い溜め息をつく。
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